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chapter 1-6「追憶する掃除番」

 どうすればこの偏屈な少年を動かせるのかしら?


 エドは報酬がなければ動かない。でも私にお金はない。


 だったらお金以外に価値のあるものを払うしかないわね。私に払える価値のあるものといえば――やっぱりご奉仕かな。そうよ、労働よ。労働を提供すればいいのよ。


「えっと、この小さいネズミはラットで、こっちのお馬さんはロバアよ」

「誰が小さいネズミだ! これでもちょっと身長伸びたんだぞ!」

「エド、家に掃除番が欲しいって思った事ない?」

「あーあ、聞こえてねえや」

「ないこともないけど」

「ピクトアルバまで案内してくれたら、その代金分掃除番として働くわ」

「ふーん……じゃあ1週間だ」


 エドが右手人差し指を上に立て、私の目の前に示した。


「1週間?」

「それだけあれば十分だろ。1週間うちの家事を全部やってもらう。その間に準備を整えたら、とっとと王都まで帰ることだな」


 随分と高くついたわね。まあでも、この寒い冬空で野宿するよりマシね。


 だけど――。


「……もう帰る場所なんてないわ」

「?」


 ふと、私は思い出してしまった。王宮に入るまでの日々を――。


 道案内をしてもらいながら、ここまでの私の話をエドに話した。


 私は物心がついた時にはブリストル孤児院に預けられており、そこで幼少期を過ごした。両親の顔は今も知らぬまま。


 メルへニカはとても豊かな国、でもその恩恵を受けているのは人口の1%しかいない王族と貴族のみ。平民は商売を禁じられているため、王族や貴族に気に入られるか、就職して出世するしか恩恵を受ける道はない。


 ましてや私のような孤児院の人間には選択肢なんてなかった。


「天井を雑巾で拭けって言われたから、試しに近くにあった雑巾に天井を拭くように心の中で念じてみたら、本当に動いて天井を掃除し始めたの」

「なるほど、トラブルを起こした罰として掃除させられている時に、【掃除(スイープ)】を固有魔法として使えるようになったわけか。大したもんだよ」


 荷台の上に乗り、私の隣に座りながらつまんなそうな顔で景色を眺めているエドが言った。


「それが元で掃除番としての才能を買われて、ちょうど掃除番が不足していた王宮にメイドとして就職したわけよ。運が良かったのかは分からないけど――」

「……アリス、何で王宮があんなにメイドを雇っているのか知ってるか?」


 思いつめた表情のエドが私に尋ねた。


 とても不穏そうな顔になってるけど、彼にも何かあったのかしら?


「王族と貴族の数が多くて、掃除面積が広いからじゃないの?」

「それもあるけど違うな。余分に人を雇っているのは魔法実験のためだ」

「魔法実験!?」


 彼がそう言った瞬間、全身に鳥肌が立った。


 突然何を言い出すかと思えば――魔法実験ってどういうこと?


 これは絶対に何かあるわ。エドが何故ここまで王宮に詳しいのかも気になるところだけど、今は王宮の事情を知ることを優先するべきね。


「王都のあの豊かさは、人知れず魔法実験に使われたメイドたちの犠牲の上に成り立っている」

「そりゃおっかねえ話だな」

「ああ、全くだ」

「アリス、時々君の同僚がいなくなることはなかったか?」

「同僚がいなくなる? ――!」

「心当たりはあるみたいだな」


 広い王宮の内外には1万人を超えるメイドたちが住んでいる。


 同じ部屋の同僚が補充で入れ替わるのは特別珍しいことではなかった。主な理由といえば、家業を継ぐための帰郷、時々王都に侵入してくるモンスターに襲われて殉職、あとは王族や貴族に嫁いだ場合がほとんどね。


 そういえば、たまにではあるけど――いくら時間が経っても戻ってこないまま除名された人も何人かいたわね。


 ……もしかしてその人たちが!?


 急に怖気が走った。考えるのが段々嫌になってきたわ。


「魔法実験は他国を圧倒するための兵器を作るために行われる。その効果を試すには()が必要だ」

「……そんな……嘘よ! 仮にもメルへニカの鏡である王宮がそんなことするわけ――」

「僕はその現場を見て消されかけた!」

「!」


 消されかけた? じゃあエドも王宮にいたの?


 ますます分からないわ。本当にこの人何者なの?


「何故常時募集中か分かっただろ?」

「……」

「さっきの答え合わせだ。君は何で追放されたのかな?」


 王宮の実態を知って落ち込んでるのに質問するなんて、この人は何を考えているのやら。王宮以上にエドの方が謎ね。


 私は追放の詳細をエドに話した。


「……つまり話をまとめると、君はそのバーバラっていうメイド長に嫉妬を買い、君が振ったことで逆上したポールっていう貴族と結託して君を追放するように仕向けたってわけだ」

「証拠はないけど、あの2人が結託していたのは確かよ」

「確かに君の話を聞く限りだと、口裏を合わせたとしか思えないタイミングで王冠を持ってきたように思える。結果的に君のやったこと全てが裏目に出たわけだ」

「もういいのよ。今の私は王宮メイドじゃないから」

「……」


 エドが落ち込み気味な私を真顔で見つめている。


 何でこの人に過去のことなんか話してしまったんだろう。でもこの時ばかりは、誰かに話さないと気が済まなかった。きっと自分に共感してほしかったのかもしれないわ。


 でも王宮がそんな恐ろしいことをしていたなんて信じられない。


 秘密裏に兵器を開発するにしたって、何の罪もないメイドたちを犠牲にするなんて。


「この平原を超えればピクトアルバだ」

「おっ、やっと着くのか?」


 ラットが私の頭の上に乗りながら少し遠くに見える平原を見て言った。


「ラット、お世話になるんだから大人しくしてるのよ」

「分かってるって。でもさ、これからどうすんだ?」

「……ピクトアルバに着いてから考えるわ。見えない未来のことなんて、考えてもしょうがないから」


 まずはやるべきことをやらないと。

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読んでいただきありがとうございます。

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