chapter 5-10「戻っていく歴史」
私は女王陛下を下がらせると、すぐに持っていた剣を闇の魔力に向けた。
エドが言っていた通りだわ。フォガットと呼ばれる忘却の木には忘却の実が生え、その実には悪魔が宿っていると言われている。
彼は女王陛下の中にいるフォガットを【分析】によって調べ尽くし、すぐにその危険性に気づいた。おおよそオブリビオスが言っていたことと一致するけど、それなら王都の料理の方がずっとマシよ。
黒い古城が段々と崩れていくと共にこの部屋も大きく揺れている。
「あなたはダークデッドの植物に宿る悪魔で、体内から人の歴史を食べることで意識を乗っ取り、その人がいる世界を支配し、目的を達成したらその場所にも自身の種を植えつけることを目的としているようだけど、随分と姑息な生き方ね」
「俺たちフォガットはいつも死神たちの供物として燃やされ、長い間その魔力を押さえつけられてきた。だがその女が忘却の実を食べたことで、ようやくこの世界の表舞台に立てると思った。そのためには……人の夢にまで割り込んでくる貴様がどうしても邪魔だ!」
「だったらどうする?」
「貴様をここで倒し、再びその女の夢に戻るまでだぁ!」
フォガットが殺意を露わにしながら私に襲いかかってくる。
人の夢を乗っ取り、人の歴史を抹消し、挙句の果てには全てを破壊し尽くそうとする。
全会一致で呆れるくらいに傲慢な存在だから、死神にさえ嫌われるのよ。
そう思った時、私が両手で強く握りしめていた剣が眩い光を放ち、見覚えのある立派な剣へとその姿を変えていった。
私は確信した――。
「お掃除の時間よ」
この時既に……必要な武器を持っていたということを――。
「【幻想掃除】」
向かってくるフォガットに剣を勢いよく突き刺し、刃先からは聖なる光が勢いよく全方向へと眩しさを放っていく。
「ぐわあああああぁぁぁぁぁっ!」
フォガットの霊体が聖なる光の力によって断末魔と共に爆発し消滅した。
その瞬間、さっきまで崩れかけ、部屋中にひびが入っていた光景が一変し、気がつけば私はブレードモードとなった【女神の箒】を突き刺すような恰好で構えていた。
周囲を見渡すと、そこは黄袋の中であるとすぐに気づいた。
後ろには微笑みを浮かべた女王陛下、そのそばにはさっきまで女王陛下が入っていた棺があり、中に入っていた黒薔薇は全て枯れてしまっていた。
どうやら間に合ったようね。
「アリス、ありがとう。そなたならきっと妾を助け出してくれると信じておった」
「女王陛下はずっと夢の中で、フォガットと戦っていたのですね」
「ああ、妾が天から聞いたお告げは正しかったようだ」
私は赤袋に棺を入れると、女王陛下と共に黄袋の外へ飛び出た。
ここは私の部屋だった。エドは私を信じていたのか、黄袋を遠い場所へ持ち出すことはしなかった。窓越しに外を包んでいる夕焼けの空は、もう少しで女王陛下の意識がフォガットに乗っ取られていたことを意味している。
目の前には女王陛下の前にひざまずくエドの姿があった。
「お久しぶりでございます、女王陛下」
「エド、随分と久しいな。こんなに大きくなって」
「女王陛下と知り合いなの?」
「知り合いも何も、僕は王室御用達の帽子屋だ」
「帽子屋!?」
あぁ~、そういうことね。だからエドの家に来た時、帽子がたくさん置いていたのね。
どうやらエドも全てを思い出したみたい。ということは……他の人たちも全てを思い出したのね。歴史が元に戻ったかどうかを確認しないと。
「女王陛下、ご無沙汰しております」
リンネが少し距離を置いた場所から言った。そのそばにはビット、タビーもいた。
「みな無事だったのだな。生きていてくれて何よりだ」
「もったいなきお言葉」
私たちはしばらくしてピクトアルバの街へと繰り出した。
頭上にはいつものようにラットが乗っている。
女王陛下はロバアに騎乗し、街の人々にその無事を知らせている。
私はいつもの服装に戻り、ようやく心の落ち着きを取り戻していた。やっぱり私にはドレスよりもこの可愛らしい作業服の方がずっと似合っているわ。
街の人々も手のひらを返したように女王陛下を思い出しており、その美しい宝石のような顔を見るや否や、道を通る誰もが女王陛下の前にひざまずいた。
エドが言うには、ピクトアルバは反乱軍と呼ばれたエドたちにとって最後の砦であり、歴史を書き換えられていた間は勝手に作り上げた街として扱われていた。
「じゃあシモナたちは元々王国軍の兵士で、女王陛下の親衛隊を務めていたってこと?」
「そうよ。いつの間にか忘れていたけど、今日みんなしていきなり思い出したの。まるで夢から覚めたみたいに……問題はこいつね」
「……」
私たちの目の前には住民たちに囲まれているハンナの姿がある。
ずっとエドたちを苦しめていた天空の魔王を住民全員が完全に思い出したことで、ハンナは害虫のように嫌われていた。
ここの人たちからすれば、むしろ自分たちこそが王国軍であり、メアリー女王の配下に入る軍の方が反乱軍という認識だった。
「私はハンナを信じるわ。どういう経緯であれ、彼女も女王陛下を助けるために尽力してくれた。それは紛れもない事実よ」
「アリス……」
「ハンナ、是非ともそなたに我が軍の指揮を頼みたい。アリスがここまで信頼を置くのなら、妾もそなたを信じよう。どうだ?」
「――このハンナ・ルーデン、女王陛下のために尽くすことを誓います」
まるで一目ぼれしたかのような表情になると、ハンナも女王陛下にひざまずき、事実上の寝返りがここに成立した。
この物腰柔らかな気品の前には誰も勝てなかった。
私もエドもそんな女王陛下の晴れ姿を2人して見つめていた。
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