chapter 5-7「黒薔薇の芳香」
ピクトアルバに着くと、エドの分析が終わった。
でもエドは女王陛下のことを何1つ思い出せなかった。
分かったことと言えば、この日の夕方までに体内にある闇の魔力を取り除かなければ、女王陛下が自我を失い暴れだしてしまうという事実のみ。こんなことを思っては失礼だけど、爆弾を持って帰ってきたような気分だわ。
その頃、黄袋の中にて――。
私はエドと2人きりであり、他には誰もいない。黒薔薇に覆われた棺の中で目を瞑ったまま動かない女王陛下をエドが興味深いと言わんばかりに見つめている。
「妙だな。初対面のはずなのに、何度も会ったことがあるように思えてくる」
「このお方はエリザベス・メルへニカ。メアリー女王の妹なの」
「メアリー女王は一人っ子のはずだが、アリスが言っていた忘却の実をこのお方が食べたことで全員がこのお方の記憶をなくしたという話だったな」
「ええ、そうよ」
「つまり君の話をまとめると、このお方は王位継承戦争に敗れた後、処刑を免れようと洞窟に逃げ込んだが、洞窟内にあった時空の穴を通り抜けたことで、闇の星ダークデッドに迷い込んでしまった。そこで忘却の実を食べてしまったことで、全員が徐々にこのお方にまつわる記憶を失っていった。だが皮肉にも全員がこのお方の記憶をなくしたことで、それ以上は追っ手がこなかった。忘却の実を食べたのは腹が減っていたからだろう。メルへニカの捕虜収容所は捕虜が餓死することで有名だ」
エドが私の証言をもとに女王陛下の過去を組み立てていく。
【分析】からの推論によって、このお方の正体や過去が全て判明した。
でも……この闇の魔力を取り除かない限り、私以外の人にとっては初対面の他人でしかない。確かにいるけど誰も覚えていない存在。凶暴化の副作用が、このどうしようもない寂しさを誤魔化すためのものだとさえ思えてくるわ。
「エド、このままだと女王陛下が暴れだしてしまうわ。眠ったまま死なせるわけにもいかないし、元の場所に戻すのも気が引けるし、一体どうすればいいの?」
ついエドに聞いてしまった。こうなることくらい分かってたはずなのに――。
「アリス、君が持つ【掃除】の力でどうにかできないか?」
「――正直怖いの。それで闇の魔力を取り除けなかったらと思うと」
「でもこのままだと、夕方には確実に起きるぞ」
「その時は……最悪人里離れた場所へ持って行って、そこで決着をつけるわ」
「確か君は【解体掃除】が使えたはずだ。一度それを試してみろ。案外どうにかなるかもしれないぞ」
エドがそう言うと、私は箒を召喚して構えた。
「そうね。やってみるわ。【解体掃除】」
箒から魔法陣が放出され、それが女王陛下を覆っていく。
お願い。これで何とか――。
しかし、エドの予想に反して魔法陣が闇の魔力を解体することなく消滅する。
「そんな!」
……嘘……よね?
「想定外だな。闇の魔力を掃除できないということは、そこに闇の魔力がないのかもしれない」
「どういうこと?」
「闇の魔力はこのお方の中で眠っている。それは確かだ。つまり、眠っているということは表に現れていないということだ」
じゃあ、私の魔法は闇の魔力をお掃除すべき対象であると判定しなかったってこと。
だとすれば厄介ね。私の【掃除】はお掃除しなくてもいい存在を自動的にお掃除の対象から外すという便利な効果があるのだけど、それがここで大きな足かせになるなんて。
闇の魔力がお掃除の対象にならないなら、一体どうやってお掃除すればいいのよ?
「次はどうすればいいの?」
「アリスの【掃除】が効かないということは、掃除すべき対象がそこにはないということかもしれない。つまり、闇の魔力を掃除できる場所まで潜るか、闇の魔力が表に解放されるまで待ち続ける必要があるということだ」
「そんなの待てないわ! 暴走を抑えられたとしても、女王陛下のお体が持つかどうか分からない」
「ならアリスの方から出向くしかないな」
「出向く? どこに?」
私はエドの目をジッと見た。エドは帽子に手を当てて頭を悩ませた。
ちゃんと考えてるのかどうか全然分からない。時々ふざけたような言動を見ることがあるけど、こういう時くらい真面目にやってほしいものだわ。
「闇の魔力が眠っている場所……かな」
「その場所を聞いてるんじゃない」
「よく考えてみろ。どこかにあるはずだ」
「……」
私はエドの言う通り、闇の魔力が眠っていそうな場所を考えた。
でも全然思いつかない。ダークデッドの死神でも闇の魔力は取り除けない。
ということは、死神でも干渉することができない場所ということね。
「どうしても分からないなら本人に聞いてみたらどうだ? 確かこのホワイトスタードレスには、同じドレスを着た者同士を巡り会わせるという言い伝えがあるんだろ?」
「――! それだわ!」
そうよ! その手があったわ! ホワイトスタードレスを着て女王陛下の夢に潜り込めば。
でもこの前から全然それができない……ここは一か八かよ。
「この黒薔薇の芳香で眠ってみるわ」
「正気か? この黒薔薇の芳香には強力な睡眠作用がある。一度眠ったら当分は起きられないぞ」
「女王陛下と同じ夢を見れば、そこに眠る闇の魔力をお掃除できれば問題ないわ。それに私、このドレスを着たことで、本当に女王陛下と巡り会えた。今こそこのドレスを信じる時よ」
あの時の私には信じる力がなかった。女王陛下に会いたい。その気持ちが足りなかった。
今はこんなにも近くにいる。だからもう信じるとかじゃない。もうこの気持ちは確信へと変わっているのだから。
「アリス、夕方までにこのお方の中に眠る闇の魔力を取り除いてこい。それ以上は待てない。時間切れになったら、最悪の事態に備えて黄袋ごと外から封印せざるを得なくなる」
「その時は……女王陛下を倒してから戻ってくるわ」
「君ならきっとできる。僕はアリスを信じてる」
「エド……」
エドが自信満々の笑みを浮かべた。
それは私をどん底から救い上げてくれるような眼差しだった。
「どうしてそこまで信じてくれるの?」
「……大事な友達だから」
「ふふっ……私にとっても、エドは大事な友達よ」
「アリス、僕が外で見張ってるから、行ってこい」
「ええ、分かったわ」
エドが黄袋の外へと飛び出すと、私はホワイトスタードレスに着替え、さっきまで遠ざけていた棺の黒薔薇の臭いを嗅いだ。
すると、その強烈な芳香によって段々と意識が遠のいていった――。
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