chapter 5-2「和解と耳掃除」
2人とも本当に辛かったのね。やりたくもない汚れ仕事まで引き受けて。
「スーザン、セシリア、もう苦しむ必要はないの。ちょうど人手が足りないから、他に行く当てがないなら、うちで働いてくれない? 今は衣食住の保証くらいしかできないけど」
「――アリスぅ、ありがとう……それと……さっきはごめんなさい」
「ごめんなさい。私たちが悪かったわ。私、自分が恥ずかしい」
スーザンもセシリアも転職を受け入れてくれた。1ヵ月も過ぎれば除名処分になるそうだし、このまま放っておくのも可愛そうだわ。
その様子をクリス様たちがジッと見つめている。
王宮のメイド事情を知ってしまった今、彼女は何を思うのかしら?
それにしても――許せないのはバーバラよ。もうこうなったら絶対に戻らないわ。
「アリス、物は相談なのだけど、わたくし、ここに来るまでにずっと色んな街で寝泊まりしてきたのだけど、もう持ち金が底を尽きてしまったの。しばらく泊めていただけるかしら?」
「それは構わないけど、王宮には戻らなくていいの?」
「構わないわ。だってわたくし、王宮の大臣に嫁ぐ気なんてありませんもの。それより……わたくしはアリスの方がずーっと好きですものー!」
「「「「「!?」」」」」
クリス様がそう言いながらまたしても私に抱きつき、私のブロンドの髪を花の香りを楽しむかのように嗅いでいる。
この大観衆の中で髪を嗅がれるの恥ずかしいんですけど……。
クリス様って……意外とジョークがお好きなお方なのね。
「よかったじゃない。アリスにもこんなに友達がいたのね」
「友達?」
「そうよ。わたくしたちはもう立派な友達よ。アリスがよければだけど」
「……私なんかで……いいの?」
「もちろんよ。アリスはとっても優しくて、モンスターにも勝てるくらい強くて、常に弱い者の味方ができて、王族や貴族たちだけでなく、平民たちにまで気配りができるところをわたくしはずっと見てきたのよ。ずっと王宮に住んでいたけど、信頼できるのはあなたしかいなかったわ。だから追いかけてきたの」
「クリス」
今気づいた。私には既に……こんなにも私を大切に思ってくれる友達がいたんだ。
平民の私にはもったいないとは思うけど、人生初の友達にしてはかなりエレガントね。
そっか……単に私が心を開いていなかっただけなのね。
世の中には意地悪な人ばかりだと思っていたけど、こんなにいい人たちもたくさんいることを知った。ちゃんといい人を選んでつき合えば、それでいいのかもしれないわ。
「人間も捨てたもんじゃねえな。まっ、お前ら2人はアリスに免じて許してやる」
「何でラットが決めるのよ?」
「アリスの敵は俺の敵だからだ。もうこれに懲りたら悪いことはするんじゃねえぞ」
「分かってるわよ。生意気なネズミね」
「ていうか何でアリスの頭に乗ってるの?」
「眺めがいいからに決まってんだろ」
ラットが腕を組みながら言った。
クリス様たちが無害であることが分かると、エドたちが次々と自己紹介をしていく。
私がここで色んな活動をしながら街に貢献していることを知ると、クリス様は心底私に惚れている様子で子犬のようにすり寄ってくる。このお方は気に入らない人には滅法厳しいけど、一度気に入った相手にはとことん尽くすお方。
彼女は王宮メイドの事情を知り、すっかり王宮に愛想が尽きたんだとか。
「なるほど、つまり君たちはバーバラの無茶な要望に従うふりをして逃げるところをクリスに見つかってしまい、クリスからアリスの居場所を聞かれ、ピクトアルバの地にいることを知るや否や、ここまで案内させたってわけか。北には凶暴なモンスターがいるって知らなかったのか?」
「それが、モンスターは全てクリス様が倒してしまったのです」
「意外とあっけなかったけどね」
「エド、どうしてクリスはモンスターに勝てたの?」
「彼女の固有魔法【刀剣】によって様々な種類の剣や刀を一瞬にして作り出せる。これは数ある固有魔法の中でもかなり上位に位置する」
「炎の剣でも雷の剣でも氷の剣でも、剣であれば何でもよろしくてよ。でもこの魔法で作られた剣はわたくしにしか使えませんの」
スカンディア王国の王室も他の王室と同様に高度な固有魔法を持つ人が多いんだとか。
クリス様はスカンディア王室の中でも特に優れている戦闘能力を買われ、遠いメルへニカの地までやってきた。ただ嫁ぐだけでなく、メルへニカの情報をスカンディア王室へと伝える役目もあり、メルへニカが魔法兵器を開発していると聞いて調べていたんだとか。
要するにスパイだったのね。でもメルへニカを征服する気はなく、外交で有利なカードにでもなればそれでいいとのこと。
その日の夜、私、ハンナ、クリス様、スーザン、セシリアの5人で住むことになり、私はクリス様と一緒に寝ることに。
「ふーん、結構いいベッドね。いつも動物たちに囲まれているの?」
「ええ、とってもいい動物さんたちなの。きっとすぐに慣れると思うわ」
「わたくしはアリスのそばに居られるなら、どこでもいいわ。それより、耳掃除してくれない?」
「ふふっ、分かったわ」
私は微笑みながら綿棒を召喚し、恐れ多くも膝にクリス様の頭を横向きに乗せ、可愛らしい小さな耳に綿棒を通していく。
王宮メイド時代の私は、時々クリス様の両耳を掃除するようになっていた。
元々はマッサージ担当のメイドが不在になったからということで、バーバラの命で私が代わりにマッサージ担当になったのだけど、あまりにも気持ちよかったのか、そのままクリス様専属のマッサージ担当にさせられてしまったことを思い出すわ。
「あぁ~、気持ちいいぃ~。やっぱり耳かきはアリスに限るわぁ~」
天使のような微笑みを隠せないクリス様はとろけるような表情ですっかり油断しているご様子。こうして耳掃除をしている時だけは本当に平和だった。バーバラに内緒でお給金まで貰って、感謝までされるのだから、こっちも凄く気分がいいわ。
こんな事を思っては失礼だけど、完全に手懐けられている子犬みたいで可愛い。ついでに体の汚れも後で全部お掃除してさしあげないと。
この薄緑色の髪も凄く滑らかでさらさらしてていい匂い。
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