chapter 5-1「時は過ぎゆき」
数日後――。
特に有効な手がかりもつかめないまま、残酷にも時だけが刻まれていく。
掃除番の仕事の傍ら、ピクトアルバに寒冷耐性を持った肥料を売り、月に金1枚を超える売り上げを記録していた。街の人たちとも徐々に馴染んでいき、私はオルディアレスの常連となっていた。
王位継承戦争と女王陛下のことを知るのは、今や私1人のみとなってしまった。
不思議なことに、私だけは記憶を忘れていない。きっとホワイトスタードレスの力ね。
そう思っていた時だった――。
いつものようにオルディアレスで食事をしながら、エド、エミ、ハンナ、シモナたちと談笑する。私にとってはこの瞬間こそがかけがえのない守るべきものだと確信した。家ではいつもリンネたちが警備も兼ねて居座っている。
すると、3人の女性が扉のベルを鳴らしながらオルディアレスへと入ってくる。
「!」
私は目を疑った。入ってきたのはクリス様とスーザンとセシリアの3人だった。
「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞ」
「ごきげんよう……アリス! アリスじゃない! 久しぶりー!」
いきなりクリス様が満開になった花のような笑みでカウンター席に座る私に抱きついてくる。スーザンとセシリアも申し訳なさそうな顔で私の元へ駆け寄ってきた。
信じられないわ。クリス様は王宮が大切に預かっているスカンディア王女様のはずなのに。薄緑のサラサラしたロングヘアーをなびかせ、羽毛のような扇を手に持っている高貴な女性、見ているだけで惚れ惚れしてしまうとても好奇心旺盛で破天荒なお方。
歳は私と変わらないくらいだけど、とても少女のような可愛らしさと大人の美しさを併せ持ち、とても華やかな姿でいらっしゃる。
「クリス様、どうしてここまでいらっしゃったのですか?」
「あなたに会いに来たのよー。久しぶりに耳掃除をしてほしくてねー。それと前々から思ってたけど、クリス様はやめて。何だか距離を置かれてる感じがするから。それと敬語も禁止。いいわね?」
「え、ええ……分かったわ」
「エド、この人誰なの?」
エミがエドに聞いた。それは彼が見たものを何でも分析できる辞書のような存在だから。
「この人は、いや、このお方はクリスティーナ・リンドヴァル様。あのスカンディア王国の現王室、リンドヴァル家の王女だ」
「「「「「王女!?」」」」」
私、エド、クリス様、スーザン、セシリア以外の全員が驚いた。
みんな口を開けたまま顔が固まっている。無理もないわ。私もさっきまでそうだったから。エドも彼女を見た瞬間に気づいていたみたいだけど。
「どうしてわたくしのことを知っているんですの!?」
「僕の固有魔法【分析】は人や物の特徴を分析できるのです」
「ふーん、随分と便利な魔法を持っているのね」
私は3人から王宮の事情を聞いた。
何でも、私がいなくなったことで王宮の仕事にぽっかりと大きな穴が開いてしまい、バーバラを始めとした者たちが私やクリス様を連れ戻そうと必死になっているんだとか。
でも……今さら連れ戻そうだなんて、もう遅いわ。
だって私、王宮の生活よりもずっといい生活を知ってしまったんだもの。
「スーザン、セシリア、悪いけど、あんな酷い追い出され方をしたところに戻ろうとは思わない」
「そんな……私たち、アリスを連れ戻さないと王宮メイドをクビになっちゃうの。ねえお願い、一度来てくれるだけでいいから」
「アリスがいないと王宮の人たちみんな困るの。メイド長もアリスがいないと他のメイドに指示を出すのが大変だし、アリスの重要性が分かったんだから。ねっ」
2人とも私に王宮へ戻ってほしいみたいだけど、あんな所は二度とごめんよ。
それにしても、なんて自分勝手な人たちなの。私のためじゃなくて、自分の保身のためだってことが透けて見えるわ。
「お待ち。話はさっきエドから聞いたわ。メイド長がアリスを眠らせた後、あなたたちがアリスを馬の荷台に運んでここまで運んできたそうじゃない。そんな追い出し方しておいて戻ってこいなんて、アリスに対して失礼だと思わないの?」
「……どうしても逆らえなかったんです。メイド長に逆らえばただでは済まないんです。今までどれだけ多くのメイドたちが犠牲になってきたか」
「だったら辞めればいいじゃない」
「私たち平民は職がないと生きていけないのです。王都では平民の女性がつける仕事はかなり限られていて、王宮メイドくらいしかないのです」
スーザンもセシリアも困り果てた顔で顔を下に向けながら申し訳程度の弁解を続け、クリス様を直視できないでいる。
クリス様は自由奔放なお方だと思っていたけど、案外しっかりしていらっしゃるのね。
さっきから一貫した冷たい顔で2人を見つめ、それが2人の動きを封じているようだった。スーザンもセシリアも、私が王宮メイドの時によく一緒に働いた仲。この2人に手を汚させるあたり、バーバラの悪意がどれほどのものであるかがうかがえる。
たまらず目に涙を浮かべている2人に私は助け舟を出すことに。
「スーザン、セシリア、よかったらうちで働かない?」
「「!?」」
「お前正気か? アリスを追い出した連中だぞ! 何でだよ?」
周囲の総意を表すように頭上のラットが言った。
彼はいつもみんなが言えないことを平気で言う。つまりそれがみんなの本音ということ。
でも放っておけなかった。2人もよくバーバラにいじめられていた。私と仲が良かったせいで。私に友達ができることで友達が不幸になるなら、いっそ友達なんて作らない方がいいとさえ思った。
そう思ってたせいで、いつの間にか2人と距離を置いていた自分がいる。
しかし、断った時点で2人の追放が確定した今、もう遠慮する必要はない。
「2人とも悪意があって私を追い出したわけじゃないし、どちらかと言えば彼女たちも被害者よ。ただ言われたことを仕方なくこなしてきただけ。2人はバーバラのことをどう思ってるの?」
「そりゃ、できることなら早く離れたいわ」
「私もよ。事あるごとにストレスのはけ口にしてくるし、多分……他のメイドたちも同じことを思ってるけど、逆らえなかった……」
私は落ち込んでいる2人をそっと優しく抱きしめた。
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