chapter 4-6「名もなき女王」
さっきからこの部屋をとてつもなくまずい空気が漂っている。
もしかして私たち、知っちゃいけないことを知りすぎちゃったの?
すると、レイモンド公爵の口が怪しくにやついた。もしかして消されちゃうの?
でもエドの顔には全く焦りがない。まるでこの人を味方であると確信しているみたいだけど、この人は敵なのか味方なのかどっちなの?
さっきからこればかりが気になって食事が喉を通らないわ。
「あんたはメアリー女王ではなく、もう1人の王女様を支持していた。だが戦争が始まるや否や、あんたはメアリー女王に味方した……いや、味方になったふりをした。そうだろ?」
「どうして分かるの?」
「この邸宅の外観を見ただろ。全部真っ白に染まっていた。メアリー女王が最も嫌いな色である、白を基調とした家にすることでささやかな抵抗の意を表してるんだ」
「――そこまで見抜かれちゃ、もう隠す意味がないな」
「僕らはもう1人の王女様の味方だ。事情を全部話してくれ」
エドの洞察力にレイモンド公爵は観念した。どうやら味方みたいね。
かつてラバンディエは王位継承戦争の際、もう1人の王女様を中心としたもう1つの王都だった。
もう1人の王女はラバンディエで女王として即位し、ここに2人の女王が同時に存在するという混沌たる状態となり、やがて勢力が北と南に分かれると、臣下の多くは最後までどちらに味方するのかを迷っていたという。
つまり、メアリー女王が南の女王なら、もう1人の名もなき女王陛下は北の女王というわけね。
レイモンド公爵はメアリー女王の味方をしながら名もなき女王陛下を助け、メアリー女王の情報を送り続けていたのだとか。
自らが将軍として指揮を執ったのも、王国軍の進軍を少しでも遅らせるため。
しかし、メアリー女王がレイモンド公爵に変わり指揮を執るようになってからは王国軍の優勢が決定的となり、名もなき女王陛下が王都として居住していたラバンディエがメアリー女王の手に落ちた。
10年前にそんな事情があったなんて――知らなかったわ。
エドが言っていたもう1つの王都というのは、そういう意味だったのね。
「私は今もこうして名もなき女王陛下のお帰りを待っているんだが、捕虜になった後、処刑の日に行方をくらましていると聞いている。それからは一向に姿をお見せにならない。名前も顔も思い出せなくなってからは、時々名もなき女王陛下のことを忘れそうになる。このままでは国が衰退し、世は乱れ、他国からは攻められ、やがてメルへニカは滅亡してしまうだろう。あんな暴君が支配する国ではな!」
レイモンド公爵は強く握りしめている片手の拳を怖い顔で仇のように見つめている。
エドもシモナも彼の話に感心しながら真剣に聞いている一方、ハンナは表情を曇らせ、複雑そうな顔で下を向いている。
ここにも元の歴史を忘れまいとする人がいたのね。
「アリス、この人にだったらあのことを話してもいいんじゃねえか?」
いつの間にか私の頭の上に戻っているラットが言った。
「そうね。どうやら味方みたいだし」
「あのことって、どういうことなんだい?」
「実は私たち、その名もなき女王陛下を探しているんです」
私は白い髪の女性が時々夢に現れては私に救世の予言を告げてくること、その白い髪の女性こそが名もなき女王陛下であると考え、どうにか彼女に辿り着く手掛かりを探していることを伝えた。
お返しにレイモンド公爵からは、名もなき女王陛下はメアリー女王とは対照的に白が好きで赤が嫌いであること、とても礼儀正しく慈しみの心を持っているお方であることを知った。
確かにとても優しそうな人だったわ。
でも最近は全然名もなき女王陛下の夢を見ない。
もし彼女の力が弱まっているのだとしたら――。
「なるほど事情は分かった。そのホワイトスタードレスには、同じ服を着る者同士を巡り合わせるという噂があって、今君が持っているボロボロのドレスを修復すれば、名もなき女王陛下にお会いできる可能性があるというわけだね?」
「はい。確証はありませんけど、今はこれが唯一の手掛かりなんです」
「分かった。そういうことなら協力しようじゃないか。だが王都からコットンシープの綿を取り寄せようにも、それはメアリー女王の好きなレッドハートドレスの材料でもある。一応交渉はしてみるが、貴重品だからな。市場に出回っていない代物だし、恐らく分けてはくれないだろうな」
「俺たちで探すしかねえのか」
「「「「「はぁ~」」」」」
私たちは一斉にため息を吐き、それがこの部屋の空気を冷やしてしまうくらいにやるせなかった。
これだけ一致団結しても……何もできないなんて。
すると、それを見ていたレイモンド公爵が何かを思い出したような顔で口を開いた。
「ノース峡谷……そこへ行ってみてはどうだろうか」
レイモンド公爵が1つの道を提言する。
エドの説明によると、ノース峡谷はラバンディエから北にある山の中にあり、その崖には世にも珍しいモンスターが住んでいるんだとか。
コットンシープは崖を登ることができ、天敵に襲われにくい崖を住処にすることもあるんだとか。
平原にはいなかったし、もうここに行くしか手がないわ。
「確かここから北にある。それと、これは褒美だ」
レイモンド公爵はお金の入った袋4人分をメイドに持ってこさせた。
中に入っているのは金貨5枚。ビーネットからこの街を救った報酬らしい。
金貨5枚は嬉しいわ。ちょうど生活どうしようって思ってたところだし。
「やったなアリス。これでノルマ達成だな」
「ノルマって?」
「月に金貨1枚稼ぐのがノルマだって――ふがっ!」
「あはははは……お願いだから忘れてちょうだい」
「いいんじゃないか。月に金貨1枚」
「ふふっ」
シモナがたまらず笑いだした。
恥ずかしい……顔から火が出そう。シモナにつられてみんな笑ってるし。
でもこれで資金不足は解決したわ。それに私には頼りになる仲間がいる。今度は絶対に最後まで信じてみせる。エドはこんな不甲斐ない私を守ってくれた。
だから今度は……私がエドを守ってみせるわ。
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