chapter 4-5「中央区へ招かれて」
私たちはシャルルの案内でオープンな馬車に乗せられ、グレンヴィル邸へと向かった。
街中はさっきのビーネット襲撃により、既に大勢が避難を済ませた後である。
逃げ遅れて家の中に隠れていた人々が窓の中からこっそりと姿を見せると、警備する軍人さんたちを見て安心したのか、何人かが下に降りてきた。
すぐ軍人さんたちに家の中へ戻るよう言われているが、私たちの戦闘をこっそり見ていたのか、私たちに大声でお礼の言葉を述べている。
シャルルが言うには、モンスターの襲撃があった際、戦闘で最も大きな武功を上げた者たちをその町や村の責任者が報酬を与える仕組みであるとのこと。
ビーネットを倒したのは私たちだけど、1番の功労者はハンナね。
「ハンナ、そういえばあんた、どうやってあの蜂軍団を倒したの?」
「簡単だ。後ろをとったと思わせてから一網打尽にしてやった。まさに飛んで火に入る夏の虫だ」
ハンナが言うには、ビーネットたちを空へと誘い、翼から【爆撃の羽】を何発も後ろに向けて発射し、更には両翼に1門ずつ搭載している魔弾砲と呼ばれる大砲を使い、追ってくる蜂軍団を文字通り蜂の巣にしたんだとか。
「ただでさえあんなに大きな魔弾砲を2門も翼に搭載したら、普通はコントロールがしにくくなるはずなのに、よくあれで満足に空中戦ができるわよね」
「特にこれという秘訣はないんだがな――この前アリスに負けた後、何故私が負けたのかをずっと考えていた。だから私は火力が足りなかったと思って、お前の家で魔弾砲を買った。そっちこそ、小銃にスコープを搭載しなくてもいいのか?」
「私のスコープはここにあるのよ」
シモナが自慢げな顔で自らの目を指差した。どうやら視力に自信があるらしい。
しばらく談笑を続け、ラバンディエの中央区へと馬車が進んでいく。
街中の数多くある建物を抜けると、そこには一際大きな豪邸がそびえ立っていた。
縦2列にビシッと整列している何人ものメイドたちを従え、その奥にある立派な扉から髭を蓄えた短い茶髪のダンディーな男性がのっそりと出てきた。
黄色の貴族服に威厳のある顔、どうやら彼がレイモンド公爵らしいわね。
「公爵様、こちらがビーネットの軍団を倒した者たちです」
「なんと! 民間の者が倒したのか!?」
レイモンド公爵は目を大きく見開き、体をのけ反らせながら酷く驚いている様子。
ビーネットは軍にも多数の犠牲を出しかねないほどの相手なのか、たった4人で倒したのが信じられないみたいね。
「確かです。我々が現場に着いた時には、既にこの者たちがビーネットを全滅させておりました」
「信じられん。軍でも手こずるというのに。何はともあれ、この街と人々を守ってくれたことをラバンディエ市民を代表して感謝する。さあ、上がってくれ。君たちにお礼がしたい」
私たちは公爵邸に上げてもらい、奥にある長いテーブルと椅子が並んでいる部屋へと案内される。
天井にはシャンデリアがあり、壁には多くの芸術家たちから買い取ったであろう肖像画がいくつも飾られている。とっても豪華な家ね。パンがいくつ買えるのかしら?
私たちがテーブルに着くと、次々と料理が運ばれてくる。
それは王都にいる王族や貴族たちが常食していた食べ物があり、私たちは事情を説明しながら食事をすることに。シャルルは引き続き軍の仕事があるためここで彼と別れた。
「紹介が遅れたね。私はレイモンド・グレンヴィル。普段はラバンディエの市長を務めている」
「私はアリス・ブリストルと申します。この子はラットです」
「エドワード・カレドニア。エドでいいぞ」
「ハンナ・ルーデンだ」
「シモナ・ヘイルよ」
「!」
突然、グレンヴィルの顔色がシモナの声に反応するように変わった。
シモナはその様子を首を傾げながら眺めている。
「どうかしたの?」
「いや……何でもない。ともかく食事を楽しんでいってくれ。後でお礼をしよう」
さっきからレイモンド公爵は顔が汗ばんでいるけど、どうしたのかしら?
レイモンド公爵は私たちの食事中に席を立ち、メイドたちを下がらせてから奥の部屋へと消えていった。
私は高級な白いパンにかぶりつき、このサクッとした柔らかい触感に感動を覚えた。
そのあまりの美味しさに唾液が止まらない。これが焼き立ての醍醐味なのよ。
確か街の中のベーカリーでも見かけたけど、値段を見たら平民にはとても買えない値段だったから諦めるしかなかったけど、生きてて本当によかったぁ~。
「はぁ~、生き返る~」
「大袈裟だな。そんなに食べる機会がなかったのか?」
「ええ、いつもは私が料理番の時、王族や貴族たちが食べているのを見ているしかなかったから」
最後に食べた時は、よだれが垂れそうな私を見るに見かねたクリス様が私の分を残しておいてくれた時だったかな――。
「シモナ、さっきレイモンド公爵がお前の名前を聞いて驚いてたけど、知り合いか?」
「知らないわよ。初めてだから自己紹介したのよ」
「そういえば、シモナの名前を聞いた時だけ様子がおかしかったな?」
「それはシモナがお尋ね者だからだ」
「ええっ!?」
エドが唐突にネタばらしをする。シモナがお尋ね者?
人の物を盗むようなことはしていないはずだけど――まさか!
「シモナは王位継承戦争の記憶がある人たちから脅威と見なされている。恐らくレイモンド公爵はまだ記憶が無事なんだ。さっき彼を【分析】したら、やはり昔の記憶を保っていた」
「じゃあ、彼は王国軍にいたってこと?」
「ああ、レイモンド公爵は王位継承戦争の際、王国軍側としてラバンディエ攻略を担当した将軍だ。シモナはレイモンド公爵率いる王国軍を雪原の丘で迎え撃ち、攻めてきた兵士を全員射殺。でも結局他の丘が王国軍に占領されたせいで撤退せざるを得なくなり、反乱軍は軍事拠点にしていたラバンディエを手放さなければならなくなった。そうだろ? レイモンド公爵」
エドが扉を挟んだ向こう側を見通すように言った。すると、その扉がゆっくりと開き、私たちの話を盗み聞きしていたレイモンド公爵が少しばかり厳しい顔で現れた。
「よく分かったな」
まるで正体を見破られた悪役のような諦めの表情だけど――確か戦争の参加者は他の人よりも記憶の書き換えが緩やかなのよね。
――エドの言う通り、レイモンド公爵も将軍として参加していたなら、あの反応にも説明がつくわ。
でも……この状況……何だかまずくない?
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