chapter 4-4「心の落とし穴」
――私のせいだわ。エドたちの実力をまるで信用してなかった。
後ろを振り返ってしまったせいで、肝心なところで敵に攻撃の隙を与えてしまった。
既に周辺のビーネットは全滅した。しかし、私の心には後悔と自責の念からできた大きな穴がぽっかりと開いてしまっている。
私は頭の中が真っ白になったまま、咄嗟にロージーの言葉を思い出す。
『人間のお友達が欲しいなら、もっと周りの人たちを信じることね。当たり前のことを言うようだけど、人間は1人じゃ生きていけないのよ。だから信頼し合えるお友達が必要なの』
……ロージーの言葉の意味がやっと分かった。
私に友達がいなかったのは、私が嫌われ者だからじゃない。私が周囲の仲間を信用していなかったからだわ。さっき心配して後ろを振り返ったのも、仲間の力を信用できなかったから。
「アリスっ! ボーッと突っ立ってないでエドを助けて!」
「! シモナ、そこをどいて。【浄化掃除】」
私が箒に命じると、箒の魔力によって聖なる光が発生すると共にエドを包み、それが体内の毒を浄化しながら傷口も治していく。
ふぅ、どうやら間に合ったらしい。もう少しで大事な仲間を失うところだった。
「エドっ! ごめんなさい! 私のせいで……」
大粒の涙が止まらない中、私は突発的に立ち上がったばかりのエドに抱きついた。
エドはそんな私を優しく受け止めた。彼の落ち着いている様子からも怒っていないのが分かる。でもこの時ばかりは本当に申し訳ないことをしたと思い、私の胸は絞めつけられるように痛んだ。
「……気にするな。こうして無事に助かったんだし。それに――」
何かがその口を遮るようにエドは押し黙ってしまった。
「それに……何?」
「まだパーティを組んで間もないし、ずっとアリスの世話になりっぱなしだったからな」
「アリスは私たちに出会う前は、誰かと一緒に戦ったことないの?」
「一応王宮にメイド部隊というのがあって、軍が来るまでの間、メイドたちがモンスターの足止めをするための部隊なんだけど――」
「軍が来る前に全部アリスが倒したんだろ?」
エドがピンポイントで状況を当ててみせた。これも分析で分かったことなのかしら?
「何で分かるの?」
「分かるよ。だって誰かと連携して戦うような立ち回りじゃなかった。それこそ、味方なんていない方がずっとやりやすかったように見えた」
エドは温かみのある表情を崩さなかったが、目の奥が全く笑っていない。
「そっちはもう終わったようだな」
ハンナがスタッと地面に降り立つと、翼を異空間へとしまい、こっちに向かって歩いてくる。
「ああ、そっちも終わったんだろ?」
「見ての通りだ」
彼女は右手の親指を立てながら後ろを指した。
ハンナの後ろには空中戦による爆撃で撃ち落されたビーネットが何匹も山積みになっており、天空の魔王の名に恥じない働きぶりだった。
戦いの最中、空中で何度か爆発音が聞こえていた。どうやらハンナの敵ではなかったようね。
彼女は翼以外に武器を持っていないみたいだけど、戦いでは羽が爆撃に使えて、翼を閉じれば守りも使えるため、手に武器を持ってしまうとかえって邪魔になるんだとか。
そこに、ラバンディエに滞在している王国軍が多くの兵を引き連れて駆けつけてくる。
「あれっ、確かここにビーネットの軍勢がいたはずだが」
ハンナと空中戦を繰り広げていた残りのビーネットが退却し、ビーネットの死骸が山積みになっている状況を見て唖然としているのは、短い金髪に長身で清潔感のある顔、王国軍の軍用服を着た爽やかな青年だった。
さっきまでビーネットの死骸ばかりを見ていた青年と兵士たちが私たちに気づいた。
「ビーネットならもう退却した。当分は襲ってこないだろうが、警備くらいちゃんとしておけ」
「――まさか、これだけの敵を全部君たちだけで倒したのか?」
「ええ、そうよ」
「「「「「!」」」」」
ラバンディエの王国軍兵士たちの額に冷たい汗が流れた。
その表情からは信じられないと言わんばかりに怖気が走っている。
この少人数であの大軍を撃退したのだから当然ね。あれだけ目立っている空中戦なら、この兵士さんたちも目撃しているだろうし。
「――ん? もしやその顔は! ハンナ・ルーデン大佐では?」
「今はもう大佐じゃない。ただのハンナ・ルーデンだ」
「お初にお目にかかります。私は王国陸軍大尉、シャルル・ペタンと申します」
目の前に立つ女性がハンナであると知るや否や急に礼儀正しくなり、シャルルが自己紹介をして右手で敬礼をすると、ハンナも手慣れた敬礼で返した。
これだから軍人さんはめんどくさいのよね。とても馴染める気がしないわ。
シャルルは王国軍に街の掃除を命じると、しばらく私たちの面倒を見ることに。
私は掃除を手伝おうと、緑袋と大量の雑巾を召喚し、【自動掃除】によって死骸だらけの街中を掃除していき、あっという間に戦闘前と変わらない景観を取り戻していった。
「君凄いね。名前は何ていうの?」
「私はアリス・ブリストル。普段はピクトアルバで掃除番をやっているの」
「へぇ~、ピクトアルバから来たのか。ここには何しに来たの?」
「コットンシープを探しに来たの。どうしてもコットンシープの綿が必要だから」
「コットンシープねぇ~。それならここに住んでいるレイモンド公爵に頼んでみたらどうだ?」
「レイモンド公爵?」
シャルルが言うには、ここには名門貴族であるグレンヴィル公爵家があり、その当主であるレイモンド・グレンヴィルという人を訪ねればいいんだとか。
とんとん拍子に話が進み、私たちはグレンヴィル公爵家へと案内されることに。
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