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chapter 1-4「豪雪の地」

 しばらくの時が流れ、私は目を覚ました。


 真っ先に見たのは、星々がキラキラと輝く夜空だった。


 何だか夢を見ているみたい。でも何だかゆらゆらしてるわね。


 ――ん? ここは?


 私……確かバーバラに殴られて。


「よう、やっとお目覚めかい?」


 いきなり目の前にラットの顔が見えた。彼は私の胸の上に乗っていた。私の顔以外の部分には分厚い毛布がかかっている。


 すぐに飛び起きた私はその場に立ち上がった。両腕のロープはラットが噛み切ってくれたらしい。


 私が乗っていたのは馬車の後ろにあるオープンな荷台の上だった。あったかそうな厚着の防具を装備している少し小さめな1頭のお馬さんが木々に囲まれた道をとことこ歩いている。


「うわっ! 危ねーなー。いきなり立ち上がるなって!」

「あっ、ごめんなさい。でもどうしてラットがここに?」

「そりゃあこっちの台詞だぁ。いつものようにお前さんに会いに行こうとしたら、不思議なことに、縛られたまま気絶したアリスが2人のメイドに運ばれてこの馬車に乗せられてるじゃねえか。だから助けようと思って荷台に忍び込んできたんだよ。何度呼びかけても起きねえし、呼びかけている内になんか俺も眠たくなってきたから、そんでしばらく寝てたらあっという間にわけのわかんねえ場所にまで連れていかれちまった。ったくついてねーよ」

「わけの分からない場所――!」


 周囲をキョロキョロと見渡した。私が目撃したのは、今まで見たこともない光景だった。


 深い森の中には真っ白な世界が広がっていて、木々はみんな揃って雪化粧をしている。


 どうやら私は北へと運ばれている途中らしい。


 ――ラットの言葉が正しければ、私は王宮を追放されたのね。


 王冠盗みの濡れ衣を着せられたまま――。


「……アリス?」

「どうかしたの?」

「だから俺の台詞だって。お前さん、涙出てるぞ。なんかあったのか?」


 ラットが心配そうな顔で私を見つめてくる。


 目が小動物みたいで可愛い。


「涙?」


 目の下を指で触ると、指には気温で冷たくなっている液体のぬるっとした感触。


「……心配してくれてるの?」

「そりゃ可愛い女の子がいきなり泣いてるところを見たら、男としては心配にもなるさ」


 ラットがカッコつけながら言った。


 見栄っ張りで、根拠のない自信家で、馬鹿正直で、私の手の平にすっぽり収まるくらいの小さなネズミなのに、案外懐は大きいのね。ここまでついてくる度胸も大したものだし、ちょっと見直したかも。


「女の子だって強いんだから」


 涙を拭きながらそう言ってみせた。


 泣いている暇なんてない。今のこの状況を何とかしないと。私は目の前で後ろ向きのままのんびりと荷台を引っ張っているお馬さんに話しかけてみることに。


「ねえ、この馬車はどこへ行く予定なの?」

「あー今ねー、ピクトアルバまで向かってるとこだよ。まだまだ遠いけどな」

「ピクトアルバですって!?」

「何だよその――ピクトアルバって?」


 私は驚愕した。よりによってピクトアルバに飛ばされるなんて。


 ピクトアルバはメルへニカ王国の北方に位置する辺境の地。王都ランダンからはかなりの距離があり、凶悪なモンスターが多数生息している噂もある危険地帯。


 よくこんな所までの運送を断らなかったわね。


 私は呆れながらもラットとお馬さんにピクトアルバの事情を説明した。メイド試験のために地理を勉強していたのが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかったわ。


「おいおい、マジかよ!? そんなの聞いてねえぞ。ちょっと寒いだけの場所だって聞いてたからわざわざここまで運んできたってのに。わりいけど、そんな危険な場所なら俺は帰らせてもらうぜ」

「待って! 私たちはどうなるの?」

「知るかよ! やけに高級なニンジンをくれたと思ったらこういう事だったか。帰ったらあのメイドたちに文句言ってやる。命懸けの代金にしちゃ安すぎるってな!」

「「「!」」」


 その時、大きく禍々しい雄叫びが地面を震わせる勢いで辺りに響いた。


 動物的本能からか、ラットとお馬さんは凍りつくように震え上がっている。今にも逃げてしまいそうだけど……もう遅いみたいね。


「……なっ、何だぁ今の?」

「ドラゴンよ。きっと私たちがテリトリーに入ったのを察知したのね」

「お前が大声で叫びながら帰ろうとするからだぞ」

「うるせぇ! とにかく俺は帰るからな!」


 しかし、1人と1匹と1頭の行く手を遮るように1体のブリザドラゴが現れた。


 後ろに逃げようにも囲まれる恐れがあるし、道を外れて森の中へ逃げようにもどんなモンスターに遭遇するか分からないし、身動きがとれない場所での戦闘は危険だわ。


 確かブリザドラゴは寒い地方に棲むドラゴン。


 水色の体色と、所々に氷がへばりついた巨大な体と大顎を持ち、氷の息で相手を凍らせてからムシャムシャと食べ尽くす厄介なモンスターね。同僚の噂を聞いていてよかったわ。


「ラット、お馬さん、下がってて」


 私は荷台から降りてそう言った。このままだと全員料理されそうだし。


「俺はお馬さんって名前じゃねえ。ロバアっていう立派な名前があんだよ」

「ロバア、冷凍肉にされたくなかったら言う通りにしなさい」

「お嬢ちゃん1人で何とかなる相手じゃねえぞ」

「私はお嬢ちゃんって名前じゃない。アリス・ブリストルっていう立派な名前があるの」

「アリス、あんなでっかいモンスターに勝つなんて無理だぞ」

「無理かどうかはやってみてから言うものよ。掃除するわ」

「掃除?」


 ロバアがきょとんとした顔で首を傾げた。私は腕の周りにいくつもの丸い魔法陣を発生させ、そこから大量の真っ白な雑巾を召喚する。


「お掃除の時間よ。【摩擦掃除(フリクションスイープ)】」


 私は右手を伸ばし、鳥のように二つ折りで飛んでいる大量の雑巾に指示を出すと、雑巾たちがブリザドラゴの全身を埋め尽くすようにくっつき、その体を目にも止まらぬスピードで拭き始めた。


 すると、雑巾とブリザドラゴの間に摩擦が生まれ、その摩擦と削りによって徐々にブリザドラゴの体が小さくなっていき、最後には摩擦熱でとけるように消滅した。


「ふぅ、お掃除完了。案外早かったわね」


 ラットとロバアは呆気にとられた顔で私を見つめている。


 私はそんな彼らを見てクスッと笑ってしまうのだった。

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