chapter 4-2「紅白のドレス」
私たちはソファーに座りながらロージーの話を聞いた。
「あれはもう10年も前の話だったかねぇ」
ロージーが言うには、数十年前からドレス専門店を始め、特に力を入れて作っていたのがホワイトスタードレスとレッドハートドレスと呼ばれるものだった。
それらは紅白のドレスと呼ばれ、数多くの新婚たちの間で人気を博した。
元々はウェディングドレスとして作られたものの、紅白のドレスがあまりにも人気であったため、その噂は山を越え、王族たちの耳にも届いた。
ホワイトスタードレスとレッドハートドレスは王族たちにも買い取られた。
そして今のメアリー女王がレッドハートドレスを気に入り、普段着として着るようになったのだとか。メアリー女王が着ていたあの赤いハート柄のドレスはロージーがデザインしたものだったのね。
しかし、10年ほど前に不思議な出来事が起きた――。
今まで普段着として人気があったはずの紅白のドレスの内、ホワイトスタードレスが10年ほど前から突然ウェディングドレスとして扱われるようになり、次第にホワイトスタードレスの売り上げが下がっていくと、やがてドレス自体が売れなくなり廃業した。
「ちょっと奥にしまってあるから取りにいくね」
ロージーはこの現象をずっと頭の片隅で不審に思っていた様子を語り、奥の部屋へと去っていく。
いきなり扱いそのものが変わって売れなくなるということは、それを着ていたはずの誰かが存在ごと抹消され、いなくなってしまったということ。
頭を悩ませているロージーとは対照的に、エドは納得したように頷いている。
「やはりもう1人の王女様が関係しているようだな」
「そうね。いきなり扱いが変わるなんておかしいわ」
奥の部屋でガサゴソと何かを探していたロージーが戻ってくる。
「不思議なことにねぇ、みんなホワイトスタードレスだけを忘れていったの。だからこれを探していると聞いた時は本当に嬉しかったの」
私の目に真っ先に入ったのは、他でもないホワイトスタードレスだった。
しかし、彼女が両手に持っているドレスは、そのイメージとは裏腹にほこりが目立ち、しみ込んだような灰色の水汚れが所々にこびりついており、純白で清潔感のあるホワイトスタードレスと呼ぶには程遠いものだった。
これがあのホワイトスタードレス?
凄く汚れているわね。でもさすがに何年も放置し続けたらそうなるのも無理ないわね。
私は掃除屋の意地にかけてこれを奇麗にせずにはいられなかった。
「ずっとしまい込んだままだったからねぇ。こんなんじゃもう売り物にならないからあげるわ」
「ありがとう。でもその前に掃除させてもらうわね」
「掃除?」
私は首を傾げるロージーをよそに【女神の箒】を召喚する。
その手に箒を持ち、目の前に置かれているホワイトスタードレスを箒の魔力で宙に浮かせた。
「お掃除の時間よ。【浄化掃除】」
ドレスの周りに聖なる光が発生し、それがドレスを飲み込むと同時にあっという間に洗濯物についた汚れが吹き飛ばされるように浄化されていく。
そして聖なる光が消滅すると共に乾いた状態となったドレスをその手に取った。ドレスの汚れはすっかり落ち、本来の純白の輝きを取り戻した。
しかし――。
「これ、所々に穴が開いてるな」
「多分、ずっと奥に置いている間に虫が入ってきて食べちゃったのねぇ」
「それなら問題ないわ。ロージー、ドレスと同じ生地は持ってない?」
「えーっと……確かこれはコットンシープから採取した綿で作った特殊なベロア生地だから滅多に売ってない代物だし、縫い直せないこともないけど、縫ってしまうとみすぼらしくなるわよ」
「分かったわ。じゃあそのコットンシープを見つければいいのね」
「ふふっ、お役に立ててよかったわ」
私たちはロージーにお礼を言って家から立ち去ろうとする。
家の景観に見とれていた私はみんなより少し遅れて玄関まで行こうとする。
「アリス」
ロージーが後ろから私の名前を呼び止めた。あたしは足を棒立ちさせて後ろを振り返った。
「どうしたの?」
「そのドレスを貰うってことは、誰かいい人がいるの?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。これが昔と今を紡ぐ手がかりになると思って」
「あらそう。私はてっきりあの少年と結婚するのかと思っていたわ」
「――そっ、そんなわけないからっ!」
私は顔を真っ赤に染めながら慌てて否定する。特に意識しているわけでもないのに、思わず冷や汗をかいてしまったわ。ロージーはそんな私を見てクスッと笑った。あぁ~、恥ずかしい。
誰かと結婚なんて――全く考えたことないわ――でもどうしてエドと結婚するなんて思ったのかしら?
やっぱりウェディングドレスとして作られているからかな。
「そのホワイトスタードレスには昔から妙な噂があるの」
「妙な噂?」
「そのドレスを着ていると、同じドレスを着た人と巡り会って、とても仲の良い友人になれるっていう噂があるの」
「!」
同じドレスを着た人と巡り会う――じゃあこれを着ていれば、もしかしたら白い髪の女性に会えるかもしれないわね。
そうよ、きっとこのドレスが記憶の書き換えを防ぐ鍵なんだわ。
私の勘は正しかった。やっぱりこれを探しに来て正解だわ。
ロージーは戦争に参加していない一般市民みたいだけど、明らかに10年前の記憶の書き換えだけが不十分だった。それがロージーを不審に思わせたのだとしたら。
作った本人に自覚はないみたいだけどこのホワイトスタードレスには不思議な力があるんだわ。これが家に置いてあったから、ドレスの記憶までは書き換わらなかった。
私は思考を空中に漂わせるように考えを巡らせていた。
「……」
「もしかして、お友達いないの?」
「いやいや、ここにいるっつーの。俺がアリスの友達だ」
「あらあら、随分と小さいお友達ね」
「小さい言うな!」
私もロージーもラットのツッコミにたまらずくすくすと笑ってしまう。何だかコメディにでも参加しているみたいね。
さっきまで静かだったムードが雲から差し込む太陽のようにパッと明るく照らされた。
ラットは会話が下手な私の背中を押してくれるいいお友達ね。
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