chapter 4-1「北方の大都市」
翌朝――。
私、エド、シモナ、ハンナの4人が集まり、そこからラバンディエを目指すことに。
私の頭の上には当たり前のようにラットが乗っている。
箒には私とシモナ、ハンナはエドを背中に乗せて南方向へと飛んでいく。
ピクトアルバからずっと南の方へ行き、山を越えた先に豪華な建物が建ち並んでいるのが見えればそこがラバンディエであるとのこと。追放された時はかなり遅いスピードでここまで来たけど、箒ならあっという間ね。
「あった。あれがラバンディエだ」
「――まるで王都みたい」
平原と山を越えた先はいくつもの建造物が建てられており、そこには数多くの人々が歩いている。
私たちが飛んでいるそばには大きな岩山があり、岩山にはラバンディエ城という古代から続く要塞が威圧感を放ちながらそびえ立っており、ここラバンディエのシンボルとなっている。
「確かピクトアルバまで運ばれた時、あの城を見たことがあるぜ」
「本当に?」
「ああ。アリスはおねんねしてたけどな」
「……」
ということは、一度通過した場所なのね。
街の近くにある山道を通っていたと思われるから街自体に入るのはこれが初めて。
あんまり空に居続けると目立ってしまうから、ここで降りたほうが良さそうね。
地上の整備が施された街道に降り立つと、そこは王都を思わせる賑わいのまま、市場が人と品物で溢れかえっていた。1階部分に肉屋に魚屋に服屋といった店が横並びに建っており、2階部分は住居になっている。店のそばではお客さんを誘おうと看板娘たちが攻めの接客で商品を勧めている。
特に私の目を引いたのは、ふっくらとした美味しそうなパンがたくさん売っているベーカリーだった。
焼きたてなのか、小麦粉の香ばしい香りがぷんぷんと鼻を通り抜けていく。
ピクトアルバにもパンはあるけど、土地が痩せこけているせいか小麦粉の質が悪く、緑袋でパンに変えてもあまり美味しくはない。あくまでも腹の足しにするためだけの料理だった。
上等の小麦から作られる白いパンは大都市の有力者や裕福な家のみが食べられる一級品。
一般の人はそれほど上等ではない小麦粉から作られた二級品のパンを主食にしており、そのパンは茶色がかった色でとても硬い。
平民が食べるパンは小麦と大麦などを混ぜた粉や、ほとんどふるいにかけられていない小麦、大麦などから作られた品質の悪いものを食べるしかなかった。中には大麦を粥状にしたオートミールを主食にする人も多くいた。
私がいた孤児院でも同様だった。王宮の場合は王族の誕生日のみ、一般のメイドも一級品の白いパンを食べることができた。サクッとしたいい音がすると共に唾液を吸い取られていくあの感触。思い出す度に恋しくなってくるわ。
「アリス、顔が恋する乙女みたいになってるぞ」
「しょうがないじゃない。あんなに美味しいパン、王都を出てから全然食べてないし」
「じゃあ帰りに買っていこう。また誰かが忘れてるかもしれないし」
「そうね。でもホワイトスタードレスが売っているお店ってどこにあるの?」
「待ってろ。今分析する」
エドはそう言いながら街並みを凝視する。
彼の【分析】は見た者の名称から状態までを判別し、人であれば固有魔法からおおよその性格までを、物であればどんな場所で採れてどんな状態であったかまでを判別する。
「ここは数年前からほとんど変わっていない。だが変だ」
「変って何が?」
「ドレスの専門店がない。どうやら閉まったようだ」
「「ええっ!?」」
私とシモナが同時に口を開いた。ドレスの専門店がないんじゃ、ホワイトスタードレスを探せないじゃない。せめてドレスの場所が分かれば良いんだけど。
ドレスの場所――そうよ、場所を特定できれば。
「はぁ~、もうどうすんのよ~」
「シモナ、【探索】でホワイトスタードレスを探してくれない?」
「分かったわ。やってみる」
シモナは目を瞑りながら精神を統一すると、一瞬にして彼女の頭の中にこの街の見取り図が組み上げられたように感じた。
半径5キロ以内に対象となる人や物があればそれを特定することができるため、探索圏内の場所まで探せるように移動しながら彼女の様子を見守っている。
「!」
シモナが目を大きく見開き、何かを発見した様子。
「あったわ! ここから少し東北の地区にある民家よ!」
「民家?」
「ええ、そこに1着だけ置いてあるわ」
「急ぐぞ」
私たちはエドの合図と共に走りながら目的地を目指す。
通りすがりの人たちが風を切るように急ぐ私たちをその目で追っている。
市場から抜けたつきあたりを曲がり、そこにある古風な住宅街の中から迷うことなく1つの建物を選び、3階部分の扉の前でシモナが足を止めた。
「ここよ」
シモナが慣れた手つきでドアをノックする。
扉の向こう側から老人の女性のような声で返事が返ってくる。
ドレスの専門店があった場所からは遠く離れており、本当にここに目的のものがあるのかを疑った。でもシモナの【探索】が嘘を吐くとは思えない。
「はい。あら、珍しい顔ね。何かご用?」
扉を開けて出てきたのは、60代くらいの外見に短い白髪に加え、丸い眼鏡をかけた穏やかそうなおばあさんだった。
「あの、ホワイトスタードレスを探してるんですけど、知りませんか?」
「あぁ~、それならうちにあるよ。お上がりなさい」
おばあさんは気前よく私たちを家に上がらせてくれた。
中はいかにも老人の家のような古いものばかりで埋め尽くされている。
特に目を引いたのはおばあさんの固有魔法で作ったであろう数々の服。もう何年にもわたって使い古しているけど、それだけ大事にされているのが分かる。
私たちは自己紹介を済ませると、部屋のソファーに勧められるまま座った。おばあさんは人数分の紅茶を出してくれた。
「私はロージー・ヘンフリー。元々ドレスの専門店を経営していたんだけど、いつの頃からか、まったく売れないようになってしまってねぇ」
「そうだったんですか」
ロージーもソファーに座ると、昔を思い出すような顔で静かに語り始めた。
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