chapter x-5「責任転嫁」
玉座の間の天井や壁には女王陛下の好みである赤色がふんだんに使われている。
だが女王陛下の逆鱗に触れた者は容赦なく殺されてしまうため、赤く染まった玉座の間を血塗れの部屋と揶揄する者もいる。
床は灰色の大理石だから、ここで血を流せば間違いなく目立つわね。
大臣ですら明日は我が身と心臓を抱えるように恐れる始末だし、そんな女王陛下から呼び出しを受けた時点で、半分死刑宣告を受けたものと思っていい。
私は足音を立てずに玉座の間の扉を開いた。
扉の向こう側にはレッドハートドレスと呼ばれる高級ドレスに身を包んだ女王陛下が玉座に座りながら今や遅しと私を待っている。
「お呼びでしょうか。女王陛下」
「バーバラ! そなた昨日は何をしておったのだ!?」
物凄い剣幕で女王陛下が大きく目を見開き、言葉を突撃させるように怒り狂っている。
「メイド長としてモンスターの襲撃に備え、メイド部隊を出撃させておりました」
「そのメイド部隊が3人の生き残りを除いて全滅したと聞く! そなたはメイドたちから大勢の被害者を出したのだぞ! どう説明するのだ!?」
「はい。昨日王都に現れたモンスターは上級モンスターでした。軍でも手こずる相手です。メイド部隊が壊滅したのは無理もない話かと」
「モンスターの情報は既に大臣から通達があったはずだが」
女王陛下は私の目の前に通達用の張り紙を突きつけた。
「はい、存じております」
この時、私の背中に嫌な汗が流れた。メイド長室の引き出しの中にも全く同じものがある。
――! 嘘……通達が事前に来たのは知っていたけど、私、大したことないと思って、通達をよく見ていなかったわ。
通達に書いてあったのはフェニレックスの姿――不死鳥のような翼と足、恐竜のような大顎と尻尾を持つ上級モンスターであり、噛まれたり踏まれたりすればひとたまりもない。これだけの大きさと迫力があれば、上級モンスターであったことを事前に知っていたと思われても仕方がないわ。
まずいわ……このまま私の注意不足でメイド部隊を犠牲にしてしまったなんてことが知れたら。
「……それが、私はモンスターが街の中央まで行かないよう、近くの森まで誘導したらすぐ逃げるよう伝えました。ですが、命令を伝えたはずのメイド部隊の隊長が敵を甘く見積もり、このような事態を招いてしまったのです」
「なんと! それは真か?」
「はい、女王陛下」
「そやつらはクビにせよ」
「かしこまりました」
「しかし、今までは軍が現場に着く前にモンスターをメイド部隊が倒していた。そのために第2の軍とまで言われていたメイド部隊が壊滅とは信じられん。その時モンスターを倒していたメイドはどうした?」
女王陛下のすぐそばに陣取っているジェームズ様が言った。
間違いなくアリスのことを指して言っているものと私は確信した。
「……今はもうおりません」
「ならメイド部隊再建のために戻ってきてもらう必要があるな。そいつの名前は?」
「アリス・ブリストルという者です」
「――今アリスと申したか?」
顎を手に添えながら考え込んでいた女王陛下が確認をするように尋ねた。
「はい、女王陛下」
やばっ! もしかして気づいたのかしら?
「バーバラ、すぐその者に戻ってくるよう伝えるのだ。これは王命である。最近はメイドたちがだらしないと評判故、手本となる者がおらねばな」
「はい、善処します。では私はこれで」
私は頭を下げ、逃げるようにジェームズ様と共に玉座の間から立ち去った。
肝が冷えたわ。最近の女王陛下はまるで活火山のよう。
これは一刻も早くアリスを連れ戻さないと、私の立場が危ないわ。
「そのアリスとかいう者はどこにいるんだ?」
「アリスならピクトアルバで生活しているとのことですが」
「そうか。最近は王国軍からスカイエースがいなくなってしまうし、ハンナがいてくれれば、昨日現れたフェニレックスも簡単に倒せただろうに。何とか倒すことはできたが、王国軍からも被害が出た。また兵士とメイドの補充をする必要が出てきたわけだが、今月中にメイドの補充をしておけ」
「かしこまりました。ジェームズ様、つかぬことをお伺いしますが、何故あれだけたくさんのメイドが王宮に必要なのでしょうか? 今の人数でも十分に回ると思うのですが」
「お前が知る必要はない。では頼むぞ」
「はい」
ジェームズ様は日光が差し込む廊下の向こう側へと去っていき、私はメイド長室へと入った。
中ではミシェル、メロディ、リゼットの3人がその場に立ち尽くしながら私を待っていた。
――スカイエースって――確かハンナのことよね。
ポールが彼女をピクトアルバまで派遣したのは知っているけど、それっきり戻ってくることはなく、アリスに倒されたという情報しかない。
「ミシェル、メロディ、リゼット、あんたたちはメイド部隊を壊滅させた。よって、あんたたちをクビにすることが決まったわ」
「「「!」」」
3人は信じられないと言わんばかりの顔で開いた口が塞がらない様子。
ここでこいつらをクビにしなかったら私が処分されるもの。
結局、ここでは実力が全てよ。メイド部隊に傷を負わせなければ褒美がもらえたところなのにね。
「……で、でも、相手が上級モンスターだと分かっていれば、私たちはモンスターを森へ誘導するだけで済ませていたっすよ。それなら被害を最小限に抑えられるんすから」
「この期に及んで言い訳なんて見苦しいわね。あんた隊長でしょ? 上級モンスターと下級モンスターくらい見分けられなくてどうするの? それにあんたたちは大勢のメイドを死なせたのよ。本来であれば死刑でも足りないくらいよ。それをクビで済ませてあげてるんだから感謝することね」
「「「……」」」
「分かったら今日中に荷物をまとめて出ていくのよ。分かった?」
「「「……はい」」」
ミシェルが今にも泣きそうな声で答えると、目からは透明の水滴がほっぺを伝って流れ落ちていき、彼女に連動するように、メロディやリゼットも涙を流しながら部屋を去っていく。
悔しいでしょうねぇ。でもこれはあんたたちが悪いのよ。
これでメイド部隊が1人もいなくなった。また募集が必要ね。集まらなかった分は別の場所を担当しているメイドの中から最も仕事のできない子たちを異動させればいいわ。
今日もメイド長室には1人寂しく私だけが残り、外の雑音を聞きながら過ごすのだった。
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