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chapter 3-10「書き換えの余波」

 手がかりへの道標はできたけど、これで何もなかったらと思うと不安になる。


 あの白い髪の王女様に辿り着くにはラバンディエまで行くしかない。


 でも道分からないし、ここは誰かに道案内をしてもらったほうが良さそうね。


「じゃあ明日の早朝になったら、アリスの家まで迎えに行くわね」

「分かったわ。シモナはラバンディエまでの道は知ってるの?」

「もう何度も出稼ぎしてるからばっちりよ。でもホワイトスタードレスを見に行くんだから、エドの【分析(アナリシス)】も必要になると思うわ」

「それだったらエドとシモナを運ぶためにハンナも連れて行くわ」

「ハンナを!?」


 シモナがあからさまに嫌そうな顔をする。


 今のところ空を飛べるのは私とハンナだけだし、魔箒(まほうき)自体が貴重品だから、ここには売ってそうにない。


 ため息を吐いているシモナを説得し、渋々私たちに同行してもらうことに。


 エドも誘って日程を合わせてから同行してもらう予定だけど、ここの人は基本的に暇みたいだから大丈夫そうね。


 シモナは私の箒じゃなきゃ乗らないとのこと。仕方ないわね。シモナとハンナは傍から見ていても分かるくらいに水と油のような関係だし。


「ところでアリス、この前作った寒さに強い肥料はどうするんだ?」


 紅茶を嗜んでいるハンナが過去を蒸し返すように尋ねた。


「――あっ! 忘れてた! うぅ~、昨日までずっとお庭の整備ばっかりやってたせいよぉ~」


 思わずテーブルの上に突っ伏してしまった。王宮から解放されたのはいいけど、辺境での生活はやることが多すぎて本当に大変だわ。


 私がお庭の整備をしていた理由は他でもない。


 メルへニカでは都市でも農村でも自分の家でパンを作る習慣がある。


 パン焼きかまどのない家では、自宅でこねたパン生地を地域で共有しているかまどに持って行き、お金を払って焼いてもらっている。


 パンの品質向上や技術改良にも力が入れられており、王都ではパン屋がパンの重さや品質などを誤魔化している噂が流れたことをきっかけに、パン屋がごまかしを行った場合の罰則規定が定められている。


 私はパン焼きかまどを家の中に作ってもらうため、材料を集めようと思ってはいるのだけど、今は掃除屋の仕事を優先しないと。


「えっ、アリスそんな肥料を作っていたの?」

「最初はロバアが王都のようなニンジンが食べたいって嘆いてたから、それでこういう寒い場所でも王都と変わらない作物が育つように、高山植物や高山の土をここの肥料と混ぜて作った新しい肥料なの」

「それ……もし効果が本当なら高く売れるわよ」

「だが今のところは庭の畑の整備もできてないし、新しい肥料の効果をアリスの家の庭で証明してから住民たちに売るべきだろう」

「んなこと分かってるわよ!」


 またしてもシモナがハンナに食いついた。


 2人はいつものように睨み合いながら文句を言い合っている。これは当分仲良くできそうにないわね。


「シモナ、最近中の状態が悪いみたいなんだ。ちょっと見てくれないか?」


 私たちが紅茶を飲んでいるところにエドが現れた。


「分かったわ。そこに置いといて」

「――なるほど、アリスに家の掃除をしてもらったばかりか」

「そうよ。あんたもたまにはアリスに家の掃除をしてもらったらどう?」

「そうしたいところだけど、あいにく持ち合わせがない」

「宝石を売って稼いでるんじゃないのか?」

「それはそうだけど、この前アリスと一緒に採取しにいって稼いだ分も全部食糧の確保に費やした。辺境の地では常に食べるものを確保していないと餓死するからな」

「人に頼ったりはできないの?」

「それは最終手段だ」


 まるで意地を張るようにエドが言った。


 辺境の地ではみんなが助け合い、貴重な食糧を分け合って生きているものだと思っていたけど、本格的に食べられなくなるまでは自助努力で過ごすらしい。


 私はエドに予定を確認すると、明日のラバンディエ行きに同行すると約束してくれた。


 あまり時間をかけずに大都市まで行けるなら安いものなんだとか。


 これで明日は4人での移動が確定したわね。


 買い物を済ませ、日が暮れてから帰宅すると、家に入った途端、とてつもなく異様な空気に包まれる。


「おいおい、冗談だろ。さすがにないよな?」

「何を言っているの? 王位継承戦争なんてなかったわよ。この国はここ半世紀ずっと平和だったじゃない。あんたたちおかしいわよ」


 ビットの口から彼女の言葉とは思えない台詞が飛び出した。


 記憶の書き換えの余波がもうここまで来ているっていうの?


 彼女の思わぬ発言に、タビーもリンネも肝が冷えるように怖気が走っている様子。


 ラットやロバアはそもそも当事者でないため、既に記憶が書き換えられているものの、私のことを信頼してくれているのか、話の内容だけは信じてくれている。


「アリス、事態は思ったより深刻そうだな」

「ええ、一刻も早く白い髪の王女様を探した方が良さそうね」


 元々の歴史を知る者が段々と減り、記憶ごと歴史が書き換えられていく。私はこのことを胸を切り裂くような痛みとして感じていた。


 今までに感じたことのないこのもやもやした気持ち悪い感覚は何?


 このままではとても耐えられない自分がいる。まるで何かに掻き立てられるように。


「明日は急いでラバンディエまで行こう。まずはドレス探しだ」

「ハンナ、王女様を見つけだすことに協力してくれるのは嬉しいけど、そんなことをしたら、王都の仲間たちを裏切ることになるんじゃないの?」

「かもな。だが王都は私を見捨てた。そしてアリスはそんな私を助けてくれた。今の私は紛れもなくアリスの味方だ。王都のみんなには恨まれるだろうが――」


 ハンナはそう言いながら一息つくように寂しそうな顔で窓越しに夜空の星々を見上げた。


 すると、さっきまでの表情が一転して真剣そのものと言っていい表情へと変わった。


 私と目を合わせてきた彼女の目の奥には一片の迷いもなく、裏切り者と言われようが構わないと私に強く訴えかけてくるようだった。


「それでも私は……正しいことをしたいんだ」


 私は彼女の言葉に嘘がないことを確信したのだった。

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