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chapter 3-8「錬金魔法」

 ピクトアルバに引っ越してからの生活は快適そのものだった。


 こうしていい人たちに囲まれ、助け合って生きていくのが本当に幸せ。


 ここまで人の温かみに触れたのは孤児院にいた時以来かしら。


 作物の種という報酬を貰い、お金を稼ぐのは明日からでもいいかと考えた。


「アリスって、こんなにちっちゃくて可愛いのに、ほんっとに頼りになるー。もう大好きっ!」


 ニコラは嬉しさのあまり私に抱きついてきた。その豊満な胸が私の横顔に押しつけられ、嬉しいやら苦しいやら。気さくな人だとは思っていたけど、結構人懐っこいのね。


「ニコラ、アリスが滅入ってるぜ」

「あっ、ごめん。つい嬉しくなっちゃって。私もアリスのお仕事宣伝するね」

「ありがとう。じゃあ、そろそろ帰るね」

「ああ、仕事頑張れよー!」


 私は箒に乗って帰宅する。作物の種を貰ったのはいいけど、まだうちの庭は雑草の楽園で何の施しもしていない。ここをどうにかしてカフェテラスにでもしたいわね。


 ちょうど種も手に入ったし、次は肥料でも作ってみようかしら。


 青袋と緑袋を召喚すると、青袋からエーデルワイスなどの高山で採れた花、そして標高の高い場所で採れた土を取り出した。


 それらを緑袋に同じ割合で投入すると、ちょうどいいくらいに振った。


「アリス、帰ってたのか?」


 外に人の気配を感じたのか、留守番中のハンナが家の外へ出てきた。


「今肥料を作ってるところなの」

「肥料?」

「ここって、なかなか作物が育たないでしょ。採れたとしても通常よりサイズが小さかったり、実る作物の数自体が少なかったりするから、『寒冷耐性』のある肥料を使えば、王都と変わらないくらいの作物が作れると思ったの」

「どの家にも畑があるのはそのためか」


 真向かいにある家の畑を見ながらハンナが言った。


 普段はどの家も自家製の作物を食べ、喉を潤すためにオルディアレスへと通っている。


 真水は貴重品であり、真水が飲めないためにお酒を飲むしかないんだとか。


 王都ではみんな当たり前のように真水を飲んでいたけど、それができていたのは水を浄化する魔法を持っている人が多かったからで、ここはどちらかと言えば戦闘に向いた魔法の使い手ばかりで、水を浄化できる人はいない。


 私を除いては――。


「できた。これでもう寒さに関係なく安定して作物を作れるはずよ」

「ごみ袋に入れて混ぜただけのものだろ?」

「緑袋は食材を融合して料理にしたり、アイテム同士の成分を配合させて新しいアイテムを作れるの。この肥料は寒さに強い植物や土を含んでいるから、これを使えばどんなに寒くなろうと作物が丈夫に育つはずよ」

「!」


 ハンナは私の台詞を聞くや否や、開いた口が塞がらない様子。


 まるで恐ろしい光景を目の当たりにしているみたい。しばらく腕を組みながら私のかかえている緑袋を複雑そうな目で見つめている。


 ただ寒さに強い肥料を作っただけなのに、どうしてそんなに驚いているのかしら?


「――それ……『錬金魔法』じゃないのか?」


 ハンナの口から聞き慣れない単語が飛んでくる。


「「錬金魔法?」」


 私とラットは緑袋を持ったまま首を傾げた。


 錬金魔法――名前こそ聞いたことがあるけど、結構昔に廃れてなくなってしまったという話を聞いたことがあるくらいで、どんな魔法であるかはずっと知らないままだった。


「ああ、錬金魔法はアイテム同士を組み合わせて新たなアイテムを作る禁忌とされた魔法だ」


 ハンナが言うには、錬金魔法は古代で盛んに使用された。それは高度な文明を築き上げ、人々の生活を豊かにすることに大きく貢献した。しかし、錬金魔法を悪用しようと考えた者たちがこの力によって凶悪な兵器を作り、一瞬にしてその文明を滅ぼしてしまったという。


 自業自得と言ってしまえばそれまでだけど、巻き込まれた善良な人たちが可哀想ね。


 かつてこの世界は1つの帝国によって治められていた。


 それを一夜にして滅ぼしたのが錬金魔法によって作られた兵器。


 その混乱に乗じ、それぞれの地域を収めていた者たちが皇帝や王として次々と即位し、様々な国が乱立する結果となった。メルへニカ王国もその混乱期に独立した国の1つとされている。


 そして二度と同じ過ちが繰り返されぬよう錬金魔法が固く禁じられ、今となっては錬金魔法を使う者が1人もいなくなったという。次の代へ伝えることさえ許されず、錬金魔法はその歴史に幕を閉じたはずだった。


「恐ろしい魔法だったんだな」

「私、他にも同じことができる人がいるって思ってた。でも違うのね」

「そうだな。私は色んな場所を飛んで色んな魔法を見てきたが、私の知る限りだと、錬金魔法が使える者は……アリス、お前だけだ」


 力強い目で私を見つめ、私の肩に片手を置きながら低い声で言った。


 元軍人としての威厳がまだ残っているのか、軽く肩に触れただけなのに……鉄のようにズシッとくるような重さを感じる。


 何だか警告されてる気分ね……別に悪いことに使っているわけじゃないし、たとえ天地がひっくり返ったって、文明を滅ぼすような使い方なんてするわけないわ。


 この錬金魔法は既にニコラの前でも使った。ここの人たちは噂好きだし、明日には緑袋の活躍がオルディアレス発の噂で全員に伝わるわね。特に隠す理由はないけど、警戒されたらどうしよう。


「おいおい、アリスに限ってそんな使い方はあり得ないぜ」

「それはどうかな。どんな奴だろうと、1年後も同じ価値観でいる保証はない」

「こいつは何度もこの力で王宮の危機を救ってきた。それは確かだぜ」

「ハンナ、私はこの力を間違ったことに使ったことは一度もないわ。だから安心して」

「……そうか。どうやらアリスに説教の必要はないようだ」


 警戒心丸出しの表情が安堵の笑みへと変わると、さっきまでの緊張感が嘘のように消え去った。ハンナは私の固有魔法に錬金魔法が含まれていることに危機感を持っていたみたいね。


 でもどうして私だけ錬金魔法を使えるのかしら?


 分からない。自分のことなのに……説明1つできないなんて。私は世の中のこと以上に自分に対して無知なのかもしれない。


 でも生きてさえいれば、いつか自分のことが全て分かる日がくるかもしれないわ。

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