chapter 3-7「初めての報酬」
今、私の前には作物を食い荒らすダイブモールと泣きついてくるニコラの姿がある。
「やめろぉ! やめてくれぇ!」
ニコラが再び後ろを向いた。涙目で必死に訴えるも、ダイブモールたちには全く通じず、嘴のような細長い口で野菜や果物を遠慮なしに、本能のまま噛みつき食していく。
ダイブモールはモグラ型下級モンスターの一種、表面の分厚い毛皮のお陰か寒さにも強く、場所を問わず生息し、人間たちの畑を荒らすことで有名だわ。集団で狩りを行う習性があり、その数の多さと凶暴さから、下級モンスターながら危険生物に指定されている。
王都にも度々現れ、市場の食物を食い荒らしたこともある畑狩り。まさかここにもいるとは思わなかったわ。
「どうしたの?」
「ダイブモールたちが野菜と果物を食い荒らしてるんだ。やっとの思いで収穫できると思ったのに……頼むっ! どうにか追い払ってくれっ! お礼はちゃんと払うから」
ニコラは肩を落とし、涙をボロボロと流しながら頭を下げた。
「追い払ってもまた来るわ。別にお掃除してしまっても構わないんでしょ?」
「あ、ああ。それはそうだが」
「任せて。私がダイブモールたちをお掃除するわ」
そう言いながら【女神の箒】を構えた。
「スイーパーモード」
穂先の部分がラッパのように広がった管のような吸い込み口へと変わっていく。
ニコラは呆気に取られた様子で私の箒を見つめている。
ダイブモールたちがようやく私の気配を察知すると、私を邪魔者と見なしたのか戦闘モードになり、嘴をドリルのように体ごと高速回転させながら私たちに向かって突っ込んでくる。
「お掃除の時間よ。【焼却掃除】」
吸い込み口から細長く燃え上がる赤い炎が勢いよく放射され、紅蓮の炎が怒り狂うようにダイブモールたちを次々と襲い炎の中へと飲み込んでいく。
ダイブモールたちはしばらくの間、苦しそうな鳴き声を上げながらもがき苦しみ、やがて鳴き声が聞こえなくなると共に体が分解され消し炭と化していく。
もはや原形すら留めてはいなかった。
手前にあった作物は無事だけど、奥の方から8割以上の作物が食い荒らされ、どの作物も可食部分が大きく削り取られるように食べられていた。
「ふぅ、お掃除完了」
「ありがとう。お陰で助かった。ていうか……あんたは何者なんだ?」
「私はただの掃除番よ。また何かあったらうちを訪ねて。掃除屋を始めたから」
流石に作物を奪われて落ち込んでいる人からお金を取る気にはなれなかった。
本当は相手に同情して、サービスなんてしちゃいけないんだろうけど……。
そんなことを考えながら、立ち去ろうと箒に跨ろうとした時だった。
「うぅ……どうしよう。せっかく育てたのにっ! 当分は作物の種も入ってこないし、もうどうしたらいいのぉ~! ううっ……」
ダイブモールは退治したものの、ニコラの表情に笑顔が戻ることはなかった。
彼女はその場に泣き崩れ、口元を手で抱えながらひしひしと泣き続けている。その哀れな姿はまるで我が子を失った親のように見えた。
何とか助けてあげたい……次に種が手に入るまでの生活費か食糧だけでも確保できればいいけど、ここはただでさえ寒冷地で、食糧が手に入りにくい。
みんな1日1食で何とか持っている状態だけど、このままじゃニコラはずっと食べられないままだわ。
「アリス、作物をどうにかできねえか?」
「緑袋を使えばできないこともないけど」
「本当かっ!?」
私は異空間に箒をしまうと、今度は料理用ごみ袋である緑袋を召喚する。
緑袋は皿と材料を入れて振るだけで料理が完成するだけでなく、いらないものや使えなくなったものを入れて振ることで、別のアイテムを作ることができるリサイクル機能まで持つごみ袋。
これのお陰でキッチンの仕事やがどれだけ楽になったか。
「ニコラ、ここにある駄目になった作物を全部集めてくれない?」
「それはいいけど、どうするんだ?」
「種に変えるの。確かあなたの固有魔法は種からすぐに成長させられるんだよね?」
「それはそうだけど、そんなことできるのか?」
「任せて。作物ごとにグループ分けしてね」
「ああ、分かった」
私はウインクしながら言った。ニコラは半信半疑のまま食い荒らされた作物だけを集め、どうせ食べられないからと私が持っている緑袋にグループ分けした作物を入れていく。
私は緑袋を閉じると、それを勢いよく上下に振った。
振りすぎても振らなさすぎても失敗した状態で出てきてしまうため、どれだけ振るのが最適かは経験を積んだ私にしか分からない。でも慣れればこっちのものよ。よく王宮から出る大量のごみで何度も練習していた甲斐があったわ。
「――そろそろいいかな」
そう言いながら緑袋を開け、それを傾けると作物の種がたくさん出てきた。
リサイクル成功ね。やっぱりごみはお掃除するだけじゃなく、再利用くらいはできないと一流の掃除番とは言えないもの。
「! ……作物の種だ。一体どんな魔法を使ったんだ?」
「不要物をお掃除して新しいものを作っただけよ」
そして私はグループ分けされた作物を次々と野菜や果物の種へと変えていった。
食べられてしまった分種に換算できる量は減ってしまうけど、それでも食べていくのには十分なくらいの種を作ることができた。
さっきまで落ち込み顔だったニコラがようやく笑顔を取り戻した。
「アリス、ありがとう……心から……ありがとう」
かと思えばまた泣き顔になった。でもこれは嬉し涙であると直感で理解する。
私は敵と不要物だけじゃなく、彼女の心の曇りまでお掃除しちゃったみたいね。
自然と私とラットにも笑みがこぼれた。
「あの……もしよかったら少し持っていってくれ。今回の報酬だ」
「えっ、別にいいのに」
「いいじゃねえか。掃除番の仕事をしたんだから、その分の報酬だと思えばいい」
「そうだぞ。遠慮するな。これは私からの気持ちだ」
私は報酬としてニンジンの種とイチゴの種を少しずつ貰った。
家ができてから初めての報酬が作物の種……これじゃ月収金貨1枚には程遠いわね。
でも悪い気はしない。ここまで感謝されて、1人のクライアントの心を満たすことができたのだから。何だか私の心までお掃除された気がする。
「分かったわ。じゃあ、また依頼がある時はうちにきてね」
「ああ、時々は家の掃除番を頼むよ。うち結構散らかりがちだからさ。ふふっ」
ニコラが満面の笑みで言った。ある意味1番の報酬かもしれない。
この仕事だったら、ずっとやっていける気がした。
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