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chapter 3-5「忘れ去られた王女」

 ハンナは何かを思い出したように俯いていた。


「アリス、その話が本当なら、今王都で2人の王女様がいたことを知るのは軍の者だけだ」

「それ……どういうこと?」


 私の話にも時々思い当たる節があるような反応だった。


 不穏な予測をするハンナに私は聞いた。どうやら心当たりがあるらしい。


「実はな、ポールにアリスを連れ戻すように言われた時、妙なことを口にしていた」

「妙なこと?」

「ああ。あいつは私に会った時、半世紀もの間平和だったと言っていた」

「! ――それって……」


 王位継承戦争の記憶がない。やっぱり記憶の書き換えは本当なんだわ。


「……もしアリスの言うことが事実なら、ポールは本当に軍を暇だと思っていたということだ。最初こそ現場を知らない上層部の典型だと思っていたが、とても冗談で言っているようには聞こえなかった」

「じゃあ、ポールは戦争に参加していなかったから、記憶が書き換えられてたってこと?」

「その可能性は高い。まだ10年前のことなのに、もう忘れたのかと呆れたものだが、あれは忘れたんじゃない。記憶の内容が変わったんだ」

「じゃあ、記憶が書き換わっている人は、全員半世紀もの間平和だったって思ってるわけね」

「現に10年前の王位継承戦争の時以外は、ここ半世紀で特に大規模な戦争がなかったからな」


 犠牲者も大勢いたはずなのに、人間って案外冷たいものね。


 このままじゃ本当に歴史が変わってしまう。もう1人の王女様を置き去りにして。


 でも手がかりは全くつかめないまま。どうにかしてもう1人の王女様を捜しだしたとしても、それでみんなの記憶が戻る保証はない。一般人の1人としてどこかで暮らしている可能性もある。


 せめて白い髪の女性さえ見つかれば――ん? 白い髪の女性? 見つける?


 ――そうよ。白い髪の女性を捜せばいいのよ! シモナの固有魔法【探索(サーチ)】を使えば見つけられるかもしれないわ。問題はどこを探すかだけど。


 きっとあの人が王女様よ。お告げを受けたアリスが私なんだとすれば、あの夢にも説明がつくわ。


「ハンナ、もう1人の王女様はどんな人だった?」

「覚えてない。顔も名前も知らないんだ」


 ハンナも知らないのね。顔と名前の記憶は全員消えたとみて間違いないわ。


 エドもシモナも名前を思い出せないことにとてつもない違和感を持っていた。


 それはきっと2人がもう1人の王女様に味方していたから。味方の顔も名前も奇麗さっぱり忘れるなんてなかなかできることじゃないわ。10年前の戦争が終わり、王女様が行方不明になってから記憶の書き換えが始まっているのだとしたら――。


「ハンナ、白い髪の女性を捜すために協力してくれない?」

「白い髪の女性?」

「きっとその人が歴史から姿を消そうとしているもう1人の王女様よ」

「どんな格好だった?」

「純白で星柄のドレスを着ていたけど」

「――確か純白で星柄のドレスはラバンディエの名物だ。ホワイトスタードレスと言って、ラバンディエで友人の結婚式に列席した時、友人から聞いたんだ」

「それよ!」


 私は身を乗り出して言った。ハンナはびっくりして後ろにのけ反ってしまった。


「どっ、どうした!?」

「あっ、ごめんなさい。私、そのホワイトスタードレスが売っているお店を探してみるわ」

「それなら私も手伝おう」

「気持ちは嬉しいけど、いいの?」

「ああ。実はポールから手紙の返信がきてな。除名処分だそうだ。私はもう王国軍ではない。だからしばらくはアリスの元で働かせてほしい」


 ハンナが顔を下に向け、落ち込んだ様子で言った。


 私を連れ帰っていれば准将にまで出世していたらしく、連れ戻せなかったことで人生が大きく変わってしまったことを悔いている様子だった。


 元はと言えばポールが悪いのよ。なのにどうして……ハンナが除名処分なんかに。


「ええ、分かったわ」


 そこにラットを頭に乗せたロバアが帰ってくる。


 その後ろにはリンネとビットを背中に乗せて浮遊しているタビーの姿もある。


「! みんなどうしたの?」

「いやー、交流会の途中で入ってきたこいつらと意気投合しちまってさー。アリス、こいつらもここに泊めていいか?」

「ラット、彼らには住処があるのよ」

「そうは言ってもさー、秘密基地は天井に穴が開いてて吹き抜けだから寒いんだよ。なーに、迷惑はかけないからさ」


 タビーがにっこりとした笑顔で言った。


 まあでも、1匹と1頭だったのが3匹と1頭と1羽に変わっても一緒か。


「はぁ~。しょうがないわね。夜は静かにしてよ」


 私はそう言いながら【浄化掃除(クリーニングスイープ)】で自らの体と服を浄化し、ベッドの掛布団の中へと潜った。何もすることがない私に寝る以外の選択肢はなかった。


 まともな家がない苦しみは痛いほど分かる。


 私はここに来るまでの間、ずっと寝床用ごみ袋である黄袋の中で寝泊まりしてきた。


 他のごみ袋である緑袋と同じく、外見が小さく中がとても広い不思議なごみ袋。中から外が見える上に外の気温や雨風なんかを魔力によって遮断できるし、外から見れば小さなごみ袋にしか見えないから、目立たずに睡眠をとれる優れものよ。


 でも中はテントのようなもので、とても居心地がいいとは言えないわ。黄袋を使ったのは度々行かされる遠くへの買い出しに使って以来かしら。


 ラット、ロバア、リンネ、ビット、タビーが仲良しそうに話している。私は眠かったのか、彼らの話し声が心地いい子守唄のように聞こえていた。


 ハンナはそんな彼らの会話を見守るように聞いている。


「何でみんなの記憶が変わってるんだろうねぇ」

「んなもん決まってんだろ。メアリー女王がもう一人の王女様の存在を記憶ごと消し去りたいからさ」

「確か処刑当日に行方不明になったそうだぜ。それからはもう1人の王女様を見た者はいない」

「でも妙ね。記憶ごと消し去るくらいなら、見つけ出してさらし首にした方が力を示せるのに」

「行方が分からないから記憶ごと消そうとしているとか?」

「あぁ~、それならありえるかもなー」


 様々な憶測が飛び交っているけど、真実が1つである以上、それ以外の言い分は全てただの憶測でしかないわ。


 考えるのよ。全ての現象と理由が噛み合っているもの……それが真実よ。


 それさえ分かれば、きっと王女様に辿り着けるわ。

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読んでいただきありがとうございます。

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