chapter 3-4「書き換わっていく記憶」
このままじゃメルへニカは滅びの道を辿ってしまうわ。
もしそれで他国の侵略を受けることになったら、辺境でのんびり暮らすどころじゃなくなる。そんなことさせない。
もう1人の王女を探さないと。そのためには夢だろうが何だろうが、私も全てを話すわ。
「証明になるかどうか分からないけど、私見たの。白い髪の女性が何度も私を呼ぶ夢を」
「「「「「!」」」」」
全員の顔色が変わった。やはり心当たりがあるのね。
「白い髪の女性が時々夢に現れて、私に選ばれし者アリスって呟いてくるの。でも一方的に呟くだけで目線は全然合わないし、こっちから呼びかけても声が聞こえないみたいなの」
「……間違いないな」
「ええ、間違いないわ」
「やっぱり君が救世主だったか!」
テンションの高い声が建物内に響いた。
その聞き覚えのある声に、私はゆっくりと後ろを振り返った。
「! ――エド! どうしてここにいるの?」
そこにはエドが安心したような笑みを浮かべながら佇んでいた。
私はその表情を確認するように彼に近づいた。
何だか今までに見たことがないような表情だし、さっきまでとは打って変わってとても優しそう。これがエドの本当の姿だっていうの?
驚いた。じゃあまさか――エドもこの動物さんたちの仲間なの?
「どうしてって、ここは僕らの秘密基地だからさ。みんな定期的にここに集まっては記憶の確認をしてるんだよ。昔はもっと多くの仲間がここにいたけど、今となっては王女の存在を知る者は……この街にいる仲間の一部だけになってしまった。確実に迫ってくる絶望を目前に君が現れた」
「最初から私を選ばれし者だって思っていたの?」
「いや、最初は確信なんてなかった。調査したアリスは君で13人目だったから。でも夢の中を分析できるかと聞いてきた時は驚いたよ。やっと王女のお告げを受けたアリスに会えた。まだ希望は尽きていなかったんだ」
エドはそう呟きながら感極まった。ボロボロとこぼれる涙を隠しきれないまま、天使に降り注ぐ光のような目で私を見つめ、その細い腕で私の小さな体にそっと優しく抱きついた。
私もその腕でエドを抱いた。異性と抱き合うなんて初めてだけど、とても初めてとは思えなかった。
そう――そうだったのね。
私たちの歴史は、少しずつ確実に書き換えられようとしている。誰にも気づかれぬ間に。
そんなこと……絶対にさせないわ。
「エド、私でよければ精一杯協力させてもらうわ。何か手掛かりはないの?」
「手掛かりは君だけだ。残念だけど、ここから先は何も分からないんだ」
「おいおい、ここにきて手掛かりなしかよ。このままだと全員記憶を書き換えられちまうぞ」
「そんなことは分かってる。昨日エミが……王女と王位継承戦争の記憶を失った」
「「「「「!」」」」」
この突然の知らせに私もエドも危機感を隠しきれない。周囲の動物さんたちは血の気が冷え込むように黙り込んでしまった。
元々はエミも王都の生まれだけど、今はすっかり自らとエドのことをピクトアルバの出身であると思い込んでいる。記憶が書き換えられたのね。
こんな現象、いくら魔法の力にしたって前代未聞よ。記憶を消すならともかくとして、全員の記憶を誰かの都合のいいように書き換えるなんて、そんな話は聞いたことがないわ。この謎が解けるのが先か、みんなが記憶を書き換えられるのが先か――既に時間との勝負であることは明白だった。
「これ以上手掛かりがないとしたら、もうアリスだけが頼りだわ」
「そうだな。エドの【分析】でも限界か」
「ねえアリス、王女様が白い髪の人だってことは分かったけど、居場所は分からないの?」
「夢の中だったし、せめて会話ができればいいんだけど」
「どこかに鍵があるはずだ。僕らの未来はアリスの手にかかっている」
「……分かった。自分で考えてみるわ」
私はそう言ってエドと一緒に途中まで街中を歩き、途中でエドとエミの家に着くと、私はそのままエドと別れ、1人で空を見上げながら帰宅する。
考えてみるとは言ったものの、これから一体どうすればいいのよ……。
私は自宅のベッドの上にただ1人大の字になってあおむけに倒れ、木造の天井をひたすらボーッと眺めながらこれからのことを考えた。
ラットはまだ私の代わりに歓迎会を盛り上げているみたいだし、ロバアは移動に使う必要がなくなったことで運送の仕事を引き受けている。
仮に歴史が塗り替えられたとして、私個人は全く困らない。それは冷静になって考えてみればすぐに分かることよ。
でも……本当にそれでいいの?
そんなことを考えている時だった。
「失礼する。アリス、ちょっといいか?」
「ハンナ、どうしたの?」
「私はもう王都には帰れない。ついては私の住所ができるまではここに泊めてくれないだろうか。エドからはアリスの家にでも泊まってくれと言われてしまってな」
ハンナが恐る恐る私に尋ねてくる。
もう私以外に頼れる人はいなさそうだった。シモナはハンナのことを警戒しているみたいだったし、他の人に至ってはハンナと知り合ったばかり。
いきなり見知らぬ私や彼女を泊めてくれていたエドたちが良心的に思えてくる。
「分かった。困った時はお互い様よ。確か別室があるはずだからそこを使って」
「ありがとう。もうアリスには足を向けて寝られないな」
「大袈裟ね。ハンナ、これからどうするつもりなの?」
「……分からない。だから今はアリスのお手伝いをしよう。それくらいはさせてくれ」
「ハンナ、私の話を聞いてほしいのだけど、時間空いてる?」
「ああ、もちろん」
私は歴史が書き換えられようとしている現象を話した。
最初こそ半信半疑だったけど、最終的には私の話を信じてくれた。ハンナも王位継承戦争のことは覚えているようで、どうやら戦争の参加者は記憶の書き換えが緩やかみたいね。
当時のエドはまだ子供だったはずだけど、彼が言うには戦争参加者の情報を【分析】によって共有しているため、全員が記憶を書き換えられるまでは大丈夫なんだとか。それはエドの記憶が書き換えられた時が、歴史の書き換えが完了する時であることを意味していた。
私は藁にも縋る思いでハンナに協力を求めた。
誰か1人でも有効な手がかりを知っていれば、この状況を打開できるはずよ。
もう敵も味方もなかった。私にとってはどうでもいいことよ。
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