chapter 3-3「忘却の謎」
とりあえず掃除番としてのんびり生きよう。
私以外の人はみんなはお掃除が嫌いみたいだし、これでしばらくは需要が出てくれるかも。ランチも食べ終わったことだし、そろそろ家に帰ろうかな。
フィッシュ&チップスにバンガーズ&マッシュにローストビーフまであったし、お金が貯まったら全部制覇してみようかしら。
「まあそんなわけで、俺はアリスを助けながらここまで大冒険してきたってわけだ。野を越え山を越え雪原まで超えてきたネズミなんてそうそういないと思うぜー」
ラットはエレナに貰ったナッツを食べながら自慢げに武勇伝を語っている。
話半分に聞くのはいいけど、ラットは調子に乗ると話が長くなるところが厄介なのよね。
そんなことを考えながら相変わらずのラットから目を逸らした。ふと、横を見てみると、窓越しに1匹の貴婦人のような格好をした白いウサギが私を見つめている。
ウサギさんと目が合った――すると、ウサギさんは私を誘うように少しずつ後ろへと下がっていく。気になって仕方がない私はそのウサギに夢中になり、後を追いかけていく。
エドたちは雑談に夢中で全く私に気づかない。私が外に出る時、扉についているベルの音さえ、彼らの話声と笑い声にかき消された。
「待って。あなたは一体何なの?」
私はウサギさんに声をかけた。でも一切の返事がないまま、ウサギさんは私との距離を保ちながら茂みの奥へぴょんぴょんと跳ねながら逃げていく。なかなかすばしっこいわね。
茂みの中へはいると、そこは街の端にあるホラーな雰囲気の白い建物だった。
外観は一昔前の城のように古びており、所々崩れてはいるものの、ここが元々小さな城であることが分かるくらいの原型を保っている。普段は目立つことはなく、現在位置が街の端っこであることを伝えるくらいの役割しかない。
当然人は住んでおらず、動物さんたちの巣窟のように使われているようだった。
導かれるようにやってきたロマン溢れる様子の神秘的な建物に感心していると、さっき私が追いかけていた白いウサギさんが建物内にある2階部分の手すりから私を見下ろしているのを見つけた。
「ねえ、ウサギさんはどうして私をここに連れてきたの?」
「あなたがお告げ通りのアリスかどうかを確かめるためよ」
今までの無言を忘れさせるように、ウサギさんがやっと言葉を話した。
「お告げ通りの私?」
思わず首を傾げた――私はお告げという言葉であの夢を思い出した。
「この国にはアリスと名のつく人がわんさかいる。君でもう13人目だ。だがお告げを受けたアリスには全く巡り合えず、全員人違いだった」
今度は私の横からタキシード姿の茶色くて大きな化け猫さんが現れ、私に今までの説明を始めた。
化け猫さんが言うには、北方メルへニカに住むアリスと名のつく女性を人々の噂で探知し、人気のない場所に連れてきては、お告げを受けたアリスかどうかをあの手この手で確かめていたという。
何でも、この動物さんたちは王女に仕えていたらしい。
その王女を探し当てるのが彼らの目的であり、そのためには救世主アリスが国家存亡の危機に助けに来るという王女のお告げが唯一の手掛かりだった。
人探しをしていることは分かったけど、この動物さんたちは一体何者?
「おっと、紹介が遅れたな。俺はタビー」
「私はビット。アリス、早速質問したいのだけど、王位継承戦争のことは知ってる?」
「ええ、知ってるわ」
「私たちはずっと王女様に仕えていたことは覚えているのだけど、いつの頃からか、名前も顔も思い出せなくて困っているの。1つだけ覚えているのは、今の女王ではない、もう1人の王位継承権を持った王女様に仕えていたということだけよ」
建物の奥からリンネがスタスタと歩きながら私に近づき語りかけてくる。その暗い声と下を向いた表情が今の状況の深刻さを物語っていた。
彼女もこの動物さんたちの仲間であることは聞かずとも分かる。
王女は未だ行方不明であり、多くの人々は既に死んだものと考えている。中には王位継承戦争のことさえ知らない人がいたことに彼らは心底びっくりしたという。
「過去の王室の文献を調べても、王女様のことは何1つ載っていなかったの」
「しかも奇妙なことに、10年前に王位継承戦争があったにもかかわらず、みんな今の女王と戦った王女様の名前も顔も全く覚えていない。だが俺たちには分かる。王女様は今もどこかで生きておられる」
「でもこの前、ついに恐れていた事態が起きてしまったの。ここに住む元兵士の1人が過去を完全に忘れてしまったのよ。自分は兵士になったことすらないとまで言いだす始末よ」
私は彼らの話を聞きながら様々な憶測を巡らせ、1つの解へと辿り着いた。
王位継承戦争は確かにあった。でもみんなはメアリー女王が誰と戦っていたのかを知らない。反乱軍と呼ばれたシモナたちでさえ、誰に味方していたのかを忘れていた。
そして今度は、元兵士が王位継承戦争があったこと自体を忘れた。
――ということはつまり、彼らが言いたい事実はただ1つ。
このままでは王女と王位継承戦争を知る者が誰1人としていなくなり、もう1人の王女は最初からいなかったことにされ、戦争すらもなかったことにされてしまうということ。
もしそうなってしまえば――メアリー女王の地位は盤石なものとなり、誰も彼女の暴政を止めることができなくなる。
王宮でメイドをしていた私には、その危険性がどれほどのものであるかが手に取るように分かる。
メアリー女王は即位する前から依然として評判が悪く、少し機嫌を損ねただけで死人が出るとまで言われたほど。彼女が闊歩する時の靴音を聞いただけで臣下の誰もが服従を示すように震え上がり、国政会議ではメアリー女王以外誰も意見すらしない。平民に対する重税も人々を苦しめた。
メルへニカ王国には標語がある。
『王は民のために、民は王のために』
でも今はそれが完全に無視されている状態。そんな当たり前のことすらできない国の未来が明るいはずがないわ。
みんなを導けない人に、人の上に立つ資格なんてないのだから。
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