chapter x-4「メイド部隊の悲劇」
翌日、私の不安が的中する事態となってしまった。
それはまるで、世界ががらりと変わったかのように思えた。
メイド部隊がモンスターの迎撃をするも返り討ちとなり、50人いたメイド部隊の内、生きて帰ってきたのは僅か3人。相手は上級モンスターだった。
王国軍からの情報によると、隊長であるミシェル・オクレール、そしていつもミシェルのそばにいる腰巾着の2人を無事保護したらしい。
でも全然嬉しくないわ。いっそのこと全滅してくれていれば、私が出撃させた証拠も残らないままだったのに。
早朝から大臣担当のメイドに叩き起こされたこともあって、私の機嫌はもう最悪よ。いつキレてもおかしくないわ。それもこれも全部、メイド部隊がだらしないせいよ。
モンスターは王国軍によって仕留められ、王都にはそれほど被害は出なかったものの、前例に倣ってしばらくは厳戒態勢が敷かれている。
メイド長室にバチッと音が響き渡る。
私はメイド部隊の不甲斐なさに激怒し、ミシェルの左のほっぺが腫れ上がるまで喝を入れた。
これは愛情よ。全ては相手のためにやっていること。この子たちもいつかそれに気づいてくれると嬉しいわね。それまでクビにならなきゃいいけど。
「ミシェル! あなた自分が何をしたか分かってるの!?」
「申し訳ないっす! 相手が思ってた以上に強いモンスターで、手も足も出なかったんすよ! あれは今までのとはレベルが違うっすよ。途中からは逃げるので精一杯で……それでも相手の方が早くて――」
「まだ若手のメイドが大勢犠牲になったのよ! この責任をどう取るつもり!?」
「作戦は全てメイド長が私に一任するって言ったじゃないすか。それにモンスターなんて大したことないって言うから、私たちはメイド長を信じたんすよ……なのに、まだ隊長になって間もない私に――」
「言い訳なんて聞きたくないわね。うちが現場主義なのは知ってるでしょ?」
「……それはそうすけど」
さっきから怯えた様子のミシェルが灰色の姫カットと全身の白と黒を基調とした軽装をビクビクと震わせながら申し訳程度の言い訳をし、止まらない涙をボロボロと流しながら作戦の脆さとメイドたちの犠牲を悔いた。
その隣から肩に届くくらいの朱色の髪が特徴のメロディ・ルフェーヴル、青髪のシニヨンヘアーが特徴のリゼット・バイヤールがミシェルを庇うように彼女の肩に手を置き、怯えた目で私を見つめている。
メイド部隊は王国軍出撃までの部隊で、言わば捨て駒のようなもの。
戦闘に向いているメイドもいるけど、彼女らの多くは他の仕事で失敗し、隅に追いやられるように移籍してきたメイドたちばかり。とりわけ多くいるメイドの仕事の中でも窓際の仕事であり、その実態はまさにメイドの墓場と言えるものだった。
本来ならクビになってもおかしくない者をわざわざ雇ってやってるんだから、女王陛下のために潔く戦死するべきだったのよ。
ミシェルはこの悲劇の責任を私に押しつけるつもりね。そうはいかないわ。
「上級モンスターと分かったら何ですぐに逃げないわけ?」
「私たちにそんな知識はないっすよ。今まではアリスがいてくれたおかげで、1人の犠牲者も出さずに済んでいたんすよ」
「! ……メロディ、リゼット、それは本当なの?」
「はい、本当です」
「強いモンスターは全部アリスが引き受けてくれていたので、それで私たち3人は弱いモンスターを相手に経験を積むことができたんです」
「当時アリスと訓練をしていたのは他にもいたはずでしょ?」
「そ、それが、当時アリスといたメイド部隊の人たちは、ほとんどが家業を継ぐための里帰りや人事異動でいなかったんです。たまに行方不明で除名になっている人もいましたけど……その、戦闘経験があったのは……私たち3人だけだったんです」
「!」
彼女らの意外な報告に、私は思わず少しの間息が止まってしまった。
なんてこと……じゃあ今まで捨て駒と言われたメイド部隊は……アリスのおかげで生き延びていたっていうの?
まずいわ。ここまで多くの犠牲が出たんじゃ、最悪私の任命責任が問われるじゃない!
私は怯えたまま悲しそうな顔で私を見つめている3人をよそに、ここ最近の王宮を思い返していた。
――アリスがいなくなってからというもの、王宮メイドの仕事に不備が目立つようになった。
掃除が行き届いていないだの、料理が全然美味しくないだの、洗濯物がボロボロだの、王族や貴族たちからあーだこーだ文句を言われる機会が一気に増えた。
そして今回に至ってはメイド部隊の壊滅までをも招いてしまった。
アリスの不在は王宮という名の鉄板に大穴を空け、やがてそこから入ってくる強風の如く、私たちに多くの厄災をもたらしている。
私はアリスの追放が間違っていたことに気づき舌を巻いた。
ハンナは一体どうしているのよ。早くアリスを連れ戻してくれないと私が困るじゃない。
すると、回想を中断するかのようにメイド長室の扉が開いた。入ってきたのは苦虫を噛み潰したような顔のまま固まっているジェームズ様だった。
「! ジェームズ様! どうしてこちらに?」
「バーバラ、女王陛下が大変お怒りだ。ただちに玉座の間まで来るようにとのことだ。くれぐれも女王陛下の逆鱗に触れぬようにな。はいと申し訳ございません以外は絶対口にするな。いいな?」
「はい。しかし、何故女王陛下なのですか?」
「私にも分からん。宰相として10年間女王陛下の補佐を務めてきたが、あのお方の気まぐれには全くついていける気がしない」
ジェームズ様が言った。宰相って思ったより大変なのね。
女王陛下が即位されてからは贅沢三昧のために重税がかさみ、農民を始めとした平民たちの生活は日に日に貧しくなる一方だった。
そこに良心というものはなく、外交でも強硬姿勢を崩さないために、他国との関係は沼にはまっていくように悪化の一途を辿っている。
「メイド部隊の処遇はいかがいたしますか?」
「そんなものは後回しだ! さっさと行け!」
「はっ、はいっ!」
私は慌ててメイド長室を飛び出し、玉座の間へと向かうのだった。
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