chapter x-3「混乱の始まり」
アリスが家の材料を探し求めて採取をしていた頃、王都の王宮にて――。
何やらいつもより騒がしい。いつもは賑わいを見せている王都の市場はモンスターへの警戒からか、沈黙ばかりが人々を支配する状況となっている。
「ええっ! 王都にモンスターが近づいているですって!?」
今、私はメイドの1人から報告を受けて驚いている。何でも、度々王都を騒がせているモンスターがまた王都へ向かってきているとか。
嘘でしょ。よりによってこんなドタバタしている時にモンスターがやってくるなんて。
「メイド長、どうなさいますか?」
「仕方ないわ。メイド部隊にモンスターの来襲に備えるよう命じなさい」
「はい、すぐに伝えてまいります」
メイドの1人がその場から立ち去っていく。
入れ替わるように貴族の女性が私の前に現れた。女性は私の前で足を止め、私は両手を揃えてゆっくりと頭を下げた。
目の前にいる薄緑のサラサラしたロングヘアーをなびかせ、羽毛のような扇を手に持っている高貴な女性はクリスティーナ・リンドヴァル。
スカンディア国王の娘であり、私より一回り年下のお嬢様。16人もいる兄弟姉妹の末っ子であるためか、特に期待されることもなく、専属メイドたちと共に王宮や王都の中を闊歩しながら自由奔放に生きている。
その上あの美貌と優雅な服装、羨ましい限りだわ。
「ごきげんよう、バーバラ」
「おはようございます、クリス様」
「ねえバーバラ、わたくし、またアリスに耳掃除をしてもらいたいのだけど、知らないかしら?」
「アリスなら、もうここにはおりませんが」
「どうしてですの!?」
「実は少し前、アリスが女王陛下の王冠を盗んだので、私が追放を命じました――」
「ありえないですわ!」
さっきまで余裕の表情を見せていたクリス様が一転して真剣な顔へと変わった。
何でよ……この前からどいつもこいつもアリスアリスって。いちいちあの女の名前を聞かされる方の身にもなりなさいよ!
私の心は怒りと忙しさでいっぱいだわ。メイドたちの仕事には綻びができているし、一部の人たちはアリスはどこかと騒ぎ始めるし、もう一体何なのよ!
「……ありえないとは?」
「アリスはちょっと生意気なところがあるけど、とても真っ直ぐで正直な子よ。少なくとも、人の物を盗むような子じゃありませんわ。あなた、何か知っているのではなくて?」
「証拠が見つかった以上、処分をしないわけにはいかなかったのです」
「アリスはどこにいるの?」
「恐らく今はピクトアルバにいるかと」
「ピクトアルバ?」
「はい。北方にある辺境の地です」
「――そう。分かりましたわ」
クリス様はそのまま優雅に立ち去っていく。
ピクトアルバの状況はピクトアルバまで行かなければ分からない。
メルへニカは数ある国の中で最も地方分権が進んでいて、地方のことは全て地方任せにしていることから、仮にアリスが生きていたとしても、その行方を捜すのは大変そうね。
でも死んでいると判明すれば私が処分されるわ。くぅ~、自分の身のためにあんな小娘の無事を祈らなければならないなんて、屈辱もいいとこだわ。
そんなことを考えていると、今度はポール様が現れた。
でもどこか不機嫌な様子だわ。何かあったのかしら?
「ポール様、どうかなさったのですか?」
「……アリスの無事が確認された。今はピクトアルバで生活しているそうだ」
「そうでしたか」
私はホッと胸をなで下ろした。てっきりモンスターに食い殺されていたと思っていたけど、腕まできつく縛っていたのに、一体どうやって生き延びたっていうの?
まあいいわ。これで私の処分は免れたのだから。
「少し前、知り合いの軍人にアリスを連れ戻すよう命じたが、何通かの手紙を寄こしただけで、今のところは進展なしだ」
「連れ戻せなかったのですか?」
「アリスが我が軍最強と言われたスカイエースを倒したそうだ」
「! ……まさかそんな」
「本当だ。しかも傷の手当までしたそうだ。今はアリスを監視させている。やはりアリスこそが僕の花嫁に相応しい。あの美しさと可愛さを併せ持った端正な顔、力強く芯の通った性格と腕っぷしであれば、きっと貴族の重圧にも耐えられることだろう。寵愛を受けるために化粧をしたり着飾ったりするメイドも多いが……みんな底が浅いんだよ」
「!」
ポール様が一旦黙ったかと思いきや、遠回しに私たちをなじるような冷たい口調で言った。
私はショックを隠しきれず、ポール様が立ち去ってから肩を落とした。
あの後姿がとてつもなく冷ややかに感じるわ。まるでメイドを人と思っていない。数ある人形の中から気に入ったものを買い取るような感覚ね。でもいいわ。愛情は求めない。私は富と権力さえ手に入れればそれでいい。
メイド部隊が私の前に集まると、私は王都に近づくモンスターを迎え撃つよう彼女らに命じた。
今、私の目の前には50人ほどのメイドが参列しており、普段着よりも動きやすい軽装に加え、様々な敵に対応できるよう、それぞれが全く違う武器を持っている。
メイド部隊は数多くいるメイドの中でも戦闘に向いたメイドだけを集めた部隊。普段は王宮の外側で警備や門番を務めるメイドたちだけど、敵が王都内に侵入した際、軍の出動と住民が避難するまでの時間を稼ぐため、率先して戦う様子見の部隊でもある。
いつもならアリスも一緒に行かせるところだけど、彼女はもう追放されている。
まだ戦闘経験の浅いメイドばかりだけど、こうなったら仕方ないわね。
「モンスターが王都に侵入しだい撃退しなさい。作戦は隊長であるあなたに一任するわ」
「あの、メイド部隊の作戦はメイド長が決めるものじゃないんすか?」
「戦闘経験のあるメイド長ならそうするだろうけど、私は戦闘なんてしたことないから、その辺のことは全部任せるわ。いいわね?」
「分かったっす。あの、アリスがいないと私たち不安なんすけど――」
「黙りなさい! あなたたちは部隊なのよ! 今一緒にいる味方がいつまでもそばにいるなんて思わないことね。モンスターなんて大したことないわ。分かったら急ぎなさい。総員、モンスターを撃退せよ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
メイド部隊が隊長に続いて整列しながら王宮を飛び出していく。
全く、メイド部隊の隊長までアリスアリスって。追放したはずなのに……どうしてあんたはこうも私につきまとうわけ?
みんな本当に頼りない人たちね。アリスがいないだけで不安になるなんて――。
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