chapter 2-10「初めての持ち家」
私は上級モンスターの落としたアイテムを立て続けに手に入れた。
この前と同様、エドにも鑑定報酬として採取したアイテムの1割を与えることに。
山で採れた原石を優先的にエドが引き取ると、それを受け取ったエミが【加工】を使い、原石に手をかざすと、それが段々とカットを施した宝石へと変わっていく。完成した宝石はエドが質屋で売り、それによって稼いだお金は街の発展に充てているという。
無傷の宝石であれば、最低でも銀貨5枚にはなるらしい。
通貨は白金貨1枚=金貨10枚=銀貨100枚=銅貨1万枚に換算される。
白金貨は龍神、金貨は聖獣、銀貨は精霊、銅貨は不死鳥が表に描かれており、裏には全て共通で王冠が描かれている。
この4種類の通貨の内、どの通貨までを持っているかを聞けば裕福さが分かるらしい。私が使ったことがあるのはせいぜい銀貨までで、白金貨に至っては一度見たことがあるくらいかしら。
王宮メイドだった頃の私のお給金は月に銀貨2枚、一応最低限の生活はできていたけど、今にして思えば、毎日嫌な人のサンドバッグになる対価としては少なすぎるわね。
ラット、ロバア、リンネは外で仲良しそうに話している。
やっぱり動物同士の方が気が合うみたいね。
「アリス、この街の中心から離れた場所に1ヵ所だけ空き地があるの。もしよかったら、そこにあなたの家を建てるってことでいいかな?」
「ええ、それでいいわ。私は後から来た人だから、街の中央から離れるのは仕方ないわ」
贅沢なんて言わない。住める家があるだけ恵まれているもの。
念願の持ち家に住めるなんて……夢みたい。
「あなたもここに住むんですね」
持ち家を立ててもらう契約を成立させて喜んでいる私に1人の少年が声をかけてくる。
水色のボーイッシュなショートヘアーにおしとやかな女性のような声、物腰柔らかで育ちの良さを感じる言葉遣いについ振り返ってしまった。
服装はここの人たちの中で最も裕福そうな毛皮のコートにスラッとした細長い脚によく似合っている上物のズボン、これはかなり稼いでるわね。
「ええ、私はアリス・ブリストル。持ち家ができたらそこで生活するの」
「僕はベルトランド・ヴィンチといいます。ベルと呼んでください。普段はこの近くで質屋を営んでおります。今日はエドさんに呼ばれてきたんです」
「あぁ~。じゃあエドが言ってた質屋ってあなたのことだったのね」
「はい。今アリスさんのことが街のバーで噂になってるんですよ。ピクトアルバの周辺に生息している上級モンスターを次々と討伐しているとか。おかげでここ最近はずっとピクトアルバが平和で、みんなアリスさんを歓迎しようって言ってるんです」
まるで太陽のような優しい笑顔でベルが言った。
エドに並ぶくらいの可愛さがあるわね。でもこっちの方が愛嬌があって好感が持てるわ。とても裕福そうに見えるけど、質屋ってことは商人ね。それなら納得だわ。
「私は掃除番として当然のことをしているだけよ」
「普通の掃除番はモンスターの討伐まではしないですよ」
「えっ!?」
「……えっ?」
私とベルは大きく目を見開いた。私たちは時間が止まったように固まっている。
多分、お互いに相手の言っている意味が分かってないんだわ――でもモンスターのお掃除って、掃除番の役割じゃないのかしら?
だとしたら、一体誰がモンスターのお掃除をしているっていうの?
立派なメイド長になるためには、何でもお掃除できるようにならないといけないはずよ。もっとも、今となっては叶わぬ夢。ここで暮らすと決めたまではいいけど、どうやって生きていけば――。
「アリス、普通に考えてモンスターの討伐は軍隊か冒険者の仕事だぞ」
呆れた様子のハンナが腕を組みながら言った。
私は自分が王宮メイドとしてどう勤めてきたのかを話した。
でもみんな私の認識がおかしいと口を揃えて言っている。そればかりか、それじゃ『何でも屋』だと全員がキノコでも食べたかのように爆笑する。
「ふふふふふっ、アリスってやっぱ面白い」
エミが笑いをこらえきれないまま言った。
「もう! 何でそんなに笑うのよ!?」
私はからかわれているのかと思い、口を膨らませて怒りの意思表示をする。
「アリス、どの職業にもね、役割範囲ってものがあるのよ」
「役割範囲?」
「そう。王宮メイドにだって、メイドごとに仕事の役割範囲というものがあったはずよ。部屋の掃除しかしない人とか、料理しかしない人とか、買い物しかしない人とか、1つの役割だけをこなす専業のメイドばかりじゃなかった?」
「確かにそういう人ばかりだったけど……」
じゃあ――私は掃除番以外の仕事を断ることもできたってこと?
だったら……立派なメイド長になるためにたくさんの仕事をやらされてきたのは何だったの?
「多分、そこのメイド長があなたに恥をかかせるために、専門である掃除以外の仕事を命じたのね。でも他の仕事も全部【掃除】でこなしてきたんでしょ。凄いじゃない」
「そうですよ。1つの固有魔法で何でも万能にこなすって、なかなかできることじゃないですよ」
「全くだ。羨ましい限りだよ」
「そう? 私……それが普通って思ってた」
私は頭がポカーンとしたままその場を動けなかった。
知らなかった。私……ずっと色んなことをやらされている内に、【掃除】がとんでもないことになっていたみたい。
2日後――。
エミが精神統一をしながら集めた鉄鋼や木材を【加工】で組み合わせながら家のパーツを作り、それら1つ1つのパーツを合体させていくと、1日もしない内に立派な一軒家が完成した。
エミが言うには、ここはメルへニカ国内ではあっても王都の管轄外であるため、勝手に家を建ててもばれるまでは大丈夫なんだとか。
そもそもピクトアルバ自体、ここの人たちが勝手に作った街だと聞いているし、その辺は割とテキトーなのね。
翌日、建築の最終確認が終わったところで、私は初めての我が家へと入った。
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