chapter 2-9「新たな力」
今、私たちの前には凶暴化した巨木が立ちはだかっている。
その大きさは王都の時計塔よりも高く大きな木だった。私たちを見下ろすその禍々しく大きな目を見ただけで、私は激戦を覚悟した。
「エド、あれは何?」
「奴はオークイーン。木の多い場所に生息する巨木の女王だ。魔力によってどんな木の実も爆弾に変わる上に、細長い木の実は相手にぶつかるまで追尾してくる」
「なるほど、要はやられる前にやれということだろう。任せろ。すぐに終わらせる。【流れ星の針】」
ハンナは【大空襲の翼】から空中に無数の細長い光の針を飛ばし、それをオークイーンに炸裂させる。爆発を起こすと共にオークイーンの周囲には煙が充満していた。
「やったか?」
「いや――まだだ」
「攻撃が効いていないの?」
「そうじゃない。奴はハンナの攻撃が決まる前に木の実爆弾を落として盾にしたんだ。木の実爆弾に攻撃が決まったことで、オークイーンに命中する前に針が全て誘爆したんだ」
「2人ともよけろっ!」
「「「「!」」」」
すっかりオークイーンに気を取られていた2人に向かってラットが叫ぶと、地面から生えてきた細長いつるがエドとハンナに絡みつき、2人は地面に倒されたまま両腕と両足を縛られてしまった。
私は空中にいたから助かったものの、2人は体の自由を奪われ動けなくなってしまった。
「うわっ! アリス、助けてくれぇ!」
しかもロバアにまでつるが絡みつき、彼もその場に倒れて全身を縛られてしまう。
「くっ――何だこれは?」
「オークイーンの仕掛けたつるだ。攻撃を受けている時、奴は地中に罠を仕掛けていたんだ。早くつるを切れ。魔力を吸い取られるぞ」
「ぐっ……何だか力が抜けてくる」
「待ってて! 今助けるわ!」
「アリス、前を見ろっ!」
「! きゃっ!」
咄嗟の反応で木の実爆弾をかわした。ラットが言ってくれなかったらどうなっていたか。
「ありがとう、ラット」
「いいってことよ」
どうやらエドたちを助ける前に、この巨木をお掃除したほうが良さそうね。
私はオークイーンにその穂先を向けた。すると、私の周囲の地面からつるが生えて囲まれてしまい、それらのつるが一斉に襲ってくる。このままじゃ私まで捕まってしまうわ。
――どうしよう。せめてこの箒が……剣にでも変わってくれたら。
私がそう思った途端、【女神の箒】が強くその輝きを放った。
穂先が段々と長く鋭く真っ直ぐな剣へと変わっていき、それを使えと言わんばかりの箒からのメッセージに応えようと、私は思いっきり体を回転させた。
周囲のつるが刃に当たった瞬間にぶちぶちと切れていく。
オークイーンは慌てて細長い木の実爆弾を大量に私に向かって飛ばしてくる。でも私にはそれを全く脅威には感じず、この時ばかりは負ける気がしなかった。
「お掃除の時間よ。【斬撃掃除】」
箒の刃先の輝きがさらに増すと、それを真上に掲げ、刃先から三日月のような形をした鋭い剣の波動が無数に飛び出し、それらが次々と細長い木の実爆弾を真っ二つにして爆発させる。
しかも剣の波動は勢いを失うことなく攻撃対象を追尾し続け、オークイーンにも攻撃が炸裂する。
命中すると共に巨木の体がスパスパと乱切りにされていき、オークイーンはこの攻撃を前に死亡した。目の前には大きな切り株があり、その周囲には乱切りにされた枝や木材が散乱している。
「ふぅ、お掃除完了。危ないところだったわ」
私はつるに縛られているエド、ハンナ、ロバアに絡まっているつるを切っていく。
オークイーンが死亡したと共につるも生命力を失い、絞めつける力もなければ魔力を吸い取る力もなかったためか、あっさり切ることができた。
「ありがとう。やはりお前は凄いよ」
「アリス、ありがとな。一時はどうなるかと思ったぜ」
ハンナ、ロバアが礼を言ってくる。ここに来てから何度もお礼を言われることが増えたわね。
私はそれがとても嬉しかった。今まではお礼を言われないのが当たり前だと思っていたから。
誰かに感謝されるのって――こんなにも心地いいのね。
「アリス……ありがとう」
のっそりと立ち上がったエドが顔を赤らめながら恥ずかしそうに礼を言ってくる。
「ふふっ、どういたしまして」
あの柄にもない顔がまだ脳裏に浮かび上がってくる。男の子なのにすっごく可愛い。
普段はいけ好かなくてツンツンしてて冷たい印象があるけど、それだけにこういう時はとても可愛く感じるわ。ちゃんとお礼が言えるなんて、何だかエドのイメージが変わった気がする。
エドは言葉を止めたまま後ろを向いている。
2人に手伝ってもらいながら周囲に散らばった木の枝、木材、木の実を青袋で回収し、最後に山頂近くに咲いている白い花を咲かせたエーデルワイスを摘み取り、ピクトアルバまで帰ることに。
私はすっかり乗りこなせるようになっていた箒に、エドはロバアに乗り、ハンナは【飛行】によって浮遊しながら来た道を戻っていく。さっきの箒はブレードモードとでも名づけようかしら。
「皮肉なもんだな。君に乗るのが僕だけになるなんて」
「そりゃこっちの台詞だ。まあ、仲良くやろう」
「はぁ~、このままじゃ確実にお荷物だ」
「そんなことないわ。さっきだってオークイーンの特徴を【分析】してくれたから攻撃が読めたのよ。私はモンスターとかアイテムのことはあまりよく知らないから凄く助かってるわ」
「……そう。アリス、これからも……その……よろしく頼む」
「ふふっ、私たちもう友達でしょ。こっちこそよろしくね」
「……友達……か」
どこか複雑な想いにかられながらも、エドは揺れる馬上でそっと笑みを浮かべた。
違和感はなさそうだけど、私には少しばかりの抵抗を感じているようにも映った。彼には人を寄せつけようとしないだけの何かがあるのかしら?
――とりあえず、これで家を建てるのに必要な『鉄鋼』と『木材』が揃ったわ。
後はエミに材料を渡して家を建ててもらうだけね。
「……こんなにたくさん採ってきたんだ」
エドとエミの家に戻ると、私は青袋から今日採取したばかりの木材を出した。
あっという間に木材が山のように家の庭いっぱいになると、エミは開いた口が塞がらないまま、ただただ沈黙するばかり。
エドが【分析】によって優良な木材と判断したものだけを持ち帰ったけど、これだけたくさんあることからも、オークイーンがいかに優良なアイテム持ちであるかが分かる。
エドが言うには、上級モンスターほどレアで優良なアイテムを落とすのだとか。
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