chapter 2-6「救世のお告げ」
私は客人用の部屋に入ると、ホッと一息落ち着いた。
頭の黒いリボンにラットがしがみついていたけど、家に戻って安心したのか、部屋に入った途端、真っ先にベッドへ飛び込んでいく。
私ものっそりとベッドに横たわった。辺りは既に暗くなっており、部屋にあった時計の針は午後6時4分を指している。
もう夕食の時間なのね。エミに呼ばれるのを待とうかしら。
「はぁ~、やっと落ち着けるぜぇ~」
「ふふっ、ラットは何もしてないでしょ」
「俺が出るまでもなかったってことだ。それよりさー、ハンナの奴を信用してもいいのか?」
「今戻ったら殺されちゃうのよ。だったらここに置いておくしかないじゃない」
「お人よしなところは変わってねえな。王宮に戻って直談判とかしないのか?」
「戻ったら最悪趣味の悪い花嫁衣装を着せられるわ」
「あっ、確かにそれはまずいな」
エドは私から青いごみ袋を受け取り、そこから吐き出された鉄鉱石や宝石の原石を回収している。
集めた鉱石の1割は鑑定報酬としてエドに献上することになるけど、本物と判明している材料で家が建つのだから安心ね。
3日後――。
この日も私は家事を済ませてから木材の採取に出かけた。でもエドが言うには、どの木材も家を建てるのには向いていない材質だったという。
なかなかうまくいかないわね。
期限の1週間後まで半分を切った。このままじゃまずいわ。
一息ついてから1階でみんなと夕食を済ませると、段々と眠くなってくる――。
昼間の戦いと採取で魔力を消耗しすぎたらしい。
体力は魔力に比例しており、魔力を使い切ると、まるでマラソンをした後のようなヘトヘトの状態になる。でも王宮にいた時よりもずっとマシね。あの頃は昼休みと就寝以外で休める時がなかったから。
またしても私は無限に広がる夜空へと浮遊する夢を見た。
『アリス……アリス……』
……! またあの声――どこから声をかけているの?
『アリス……私はここよ』
また白い髪の女性だわ。でも私と目が合うことはなく、ひたすら私の名を呼びながら助けを求めるばかりで会話すらままならない。
見えるけど手は届かないし、私からの声は届かない。
この前もかすかに見えたけど、これは偶然なのかしら。
『アリス……選ばれし者……アリス……この世界を救うのよ』
また同じ台詞――でもこの前と少し違う。どうして何度も私に呼びかけてくるの?
段々と白い髪の女性が私から離れていき、強烈な光が私に襲いかかる。
「待って!」
「うわっ! もぉ~、いきなり叫ばないでよねー。びっくりするじゃな~い」
「あっ、ごめんなさい」
今度は私の目の前にマジシャンのような恰好をした可愛らしくてスラッと細長い紫色の猫が4本足で立っており、私が寝ているベッドの上に乗っている。
「……あなたは?」
私は思わず声をかけた。
何やら私に興味を抱いているのが分かるくらいにその目を大きく見開き、スタスタと歩きながら私との距離をつめてくる。
「私はリンネ。普段はエドの部屋に住んでるんだけどー、ここにとっても面白い子がいるって聞いたからきたの。ふーん、なかなか可愛い顔ねー。胸は可もなく不可もなく、スレンダーですべすべした白い肌。うん、悪くない。名前は?」
「アリス・ブリストル」
「アリス? ……! お告げで聞いた人と同じ名前ね」
「お告げ? 一体何の話?」
私は疑問の目をリンネに向けた。
いきなりお告げと言われても、私には何のことだか全く分からないわ。
ふと、横を見てみると、そばにはラットがスヤスヤと熟睡している。
「結構昔の話なんだけど、ある人がこう言っていたの。国家存亡の危機に立たされし時、救世主アリスが現れ、国家を平和へと導かんってね」
「随分と抽象的なお告げね」
「誰の言葉なのかは忘れちゃったけど、何故か言葉は全部はっきり覚えてるの」
「おかしな話ね。肝心の発言者を忘れるなんて、夢でも見てたんじゃないの?」
! ちょっと待って。確かさっき、この世界を救うのよって言われたわ。
もしかして――このウサギさんが白い髪の女性なの?
いいえ、あれは夢よ。きっと私はどうかしてる。
でもおかしいわ。また同じ人の夢を見るなんて、偶然にしてはあまりにもできすぎてるし……でも私はただの掃除番よ。国家存亡の危機を救うほどの存在には程遠いわ。
「うーん、記憶違いかしら?」
「……」
「何か心当たりでもあるの?」
「……いいえ、何でもないわ」
「そう、じゃあもう戻ろっかなー。」
「?」
どこまでも自由な子ね。私が窓の外を見ようと少し目を離すと、彼女は天井の近くにある部屋と部屋の隙間からエドの部屋へと戻っていった。
私は王宮で着ていたメイド服に着替えようとしていた時だった。
「アリス、さっき猫がここに来なかったか? ――!」
「!」
エドがノックもせずにリンネの行方を聞こうと私がいる客人用の部屋の扉を開いた。
「――変態!」
思わず私は近くにあった枕を掴んで思いっきり投げた。
「ぶっ!」
枕がエドの顔面に命中すると、そのまま地面に張り倒される。
「いててて……随分と手荒な歓迎だな」
「そ、そっちこそ、勝手に入ってこないでよ」
私は顔を赤らめながら脱ぎかけの服を毛布で隠した。
王宮にいた時は周囲に女しかいなかったから、男に着替えを覗かれることには慣れていない。いくら見た目が可愛くても男は男。何を考えてるか分かったもんじゃないわ。
はぁ~、どうして男ってみんなこうなのかしら。
「わ、悪かったよ。両手で持てるくらいの細長い猫を探してたんだよ」
エドが後ろを向きながら立ち上がって言った。
私は急いで着替えながらエドと話すことに。
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