chapter 2-4「自ら切り開いた道」
私は驚愕した。よりによってポールから許嫁に指名されるなんて……。
冗談じゃないわ。私は結婚することにも、王族や貴族にのし上がることにも興味ないわ。
ただ、偶然見せた固有魔法によって掃除番としての才能を買われ、食べていくためにメイドになることをみんなに勧められたから、私は周囲に流されるまま、立派なメイド長を目指してきただけ。自分で決めた人生だったら、こんな事態にはなっていなかったんでしょうね。
あの追放は――きっと自分の意思で生きてこなかった自分への……神様からの罰なのよ。
私は追放が決まってから己に誓ったわ。もう迷わない。もう譲らない。
自分の人生くらい自分で決められなくてどうするの。生き方を決められない人生なんて、死んでいるのと一緒よ。
「お断りするわ」
「なら力尽くでも連れて行くぞ」
「……女の子だからって馬鹿にしないで! 私は男の所有物じゃない。生きてる人間なの。女の子にだって人生を選ぶ権利はあるわ。私は何があっても絶対に屈しない」
「――言いたいことは分からんでもないが、私には負け犬の遠吠えにしか聞こえんな」
「負け犬の遠吠えかどうかは戦ってみれば分かるわ」
私がそう言うと、ハンナが両手を構え戦闘態勢に入った。決定権を得るためには戦うしかないのね。上等じゃない。
私の行く手を阻む存在は、全部まとめてお掃除してあげるわ。
そう思いながら私も【女神の箒】を構えた。
昔の私であれば、流されるまま結婚させられていたでしょうね。でも今は違う。自らの退路を断ち、その決断をゆるぎないものにしたわ。自らの決断であれば、もう他人のせいにはできないのだから。
「ちょっとアリス、相手は一個軍団を1人で撃破した化け物よ。何考えてんの?」
「どうせ逃げても追ってくるわ。だったらここでお掃除するしかないじゃない」
「安心しろ。殺しはしない。気絶させてからお前を王宮まで連れて帰る」
「やれるものならやってみなさい。エド、シモナ、手出しは無用よ」
「はぁ~、もうどうなっても知らないんだから」
「まあ見てなって。アリスなら大丈夫だ。たとえ相手が天空の魔王と恐れられたハンナであっても、きっとどうにかしてくれるよ。アリス、遠慮するな。本気でやれ」
「ええ、そのつもりよ」
エドは落ち着いているわね。もう慣れたのかしら。
私の気持ちは烈火の如く熱く燃えている。目の前の埃をお掃除するためにね。
ハンナは空高く飛び上がった。その両翼から無数の羽が次々と大空を覆いつくすように飛び交うと、それらが一斉に星のように輝きながら私の方を向いた。
「アリスっ! 避けろ! 羽のどれか1つにでも刺さったら爆発を起こして他の羽も誘爆するぞ!」
「もう遅い。受けきれると思うな。【空爆新星】」
ハンナが無数の羽に命令を下すと、それらが私に向かって突撃してくる。
エドたちは物陰に隠れたが、攻撃範囲を見る限りではエドたちに手出しをする気はなさそうね。でもだからと言って手加減はしないわ。エドが背中を押してくれたのもあるけど、何より、自分で決めた道だからっ!
「スイーパーモード」
私は【女神の箒】に命じた。普段は穂先が箒の形をしたブルームモードの箒にスイーパーモードを命じることで、筆のようにピンと立っている穂先の部分がラッパのように広がった管のような吸い込み口へと変わっていく。
「お掃除の時間よ。【吸引掃除】」
そして吸い込み口から強烈な吸引力が発生し、光り輝く羽が次々とスイーパーモードとなった箒の吸い込み口の奥へと吸い込まれていく。
やがて全ての羽を吸い込むとハンナの顔色が変わった。
「なにっ! 私の攻撃が吸い込まれただとっ!」
「自分で出したごみは自分でお掃除することね。そのままお返しするわ。【排出掃除】」
私はそう言いながらさっき吸い込んだ【空爆新星】を吸い込み口から吐き出し、青ざめた表情のまま空中浮遊しているハンナに向かっていく。
攻撃が命中すると共に無数の羽が強烈な光を放ちながら大爆発を起こし、空中の大きな煙の中からハンナが満身創痍の状態で地上に落ちてくる。
「あっ……あんな大規模な攻撃をそのまま返すなんて――」
「僕はもう慣れたけどね。だから言っただろ」
私はエドたちと共に全身血塗れのまま倒れているハンナの元へと駆け寄った。
目からは溢れんばかりの涙を流し、血に塗れたその顔は怪我の痛みに耐えているような表情ではなく、自らの無力さを悟った者の顔だった。戦いに敗れたことで、腹の底から湧き出た悔しさがハンナの痛覚さえ遮断しているように見えた。
「くっ……殺せ。私は軍人だ。戦場で死ぬなら悔いはない」
「何言ってるの。今治療するから待ってて」
「そっちこそ何を言っている? 敵を治療するというのか?」
「あなたはもう敵じゃない。ただの怪我人よ。目の前に怪我人や困っている人がいれば、たとえそれが敵であっても助ける。それが、孤児院にいた時に院長から学んだ、騎士道精神よ」
「――ふっ、全く、メルへニカには不思議な奴がたくさんいるな」
「あなたもその1人でしょ。【浄化掃除】」
私が箒に命じると、ハンナの全身を聖なる光が覆った。
すると、聖なる光の力によってハンナの体の傷が何事もなかったかのように傷口ごと消えていき、満身創痍だった全身があっという間に無傷の状態になった。
ハンナはのっそりと立ち上がり、痛みがないことを確認すると私に近づいてくる。
気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけると嬉しいです。
読んでいただきありがとうございます。




