chapter 2-1「家の材料を探して」
家でやることがなくなって暇になった私はロバアに乗って街の周辺を探索する。
手綱は元から彼の首周りについていた。ロバアが言うには、元々人を背中に乗せてタクシーをしていたからであるとのこと。
今はボロボロの荷台を使って馬車タクシーをしているみたいだけど、そろそろ買い替えた方がいい気がするわね。車輪が4つあるとはいえ、所々ギシギシ鳴ってて不安だったし。
「ふーん、なるほどねぇ~。あと1週間足らずで鉄鋼と木材を手に入れないと、アリスはまた野宿生活をしなきゃいけないわけか」
ロバアが私の頭に乗っているラットから事情を聞き納得する。
仕事をしていない時はもっぱら寝ていることが多いから聞いてなかったのね。
「それだったら――あそこに見えてる鉱山や森まで行けばいいんじゃねえか?」
「そうね。確かここら辺は資源が豊富にあるって聞いたことがあるわ」
「でも鉄鋼や木材が見つかっても、それを運ぶには荷台が小さすぎると思うぜ」
「それだったら心配ないわ。荷台は必要ないから。行きましょ」
「ちょっと待って。クラン鉱山まで行くなら僕も行くよ」
そう言いながらエドがロバアに乗ってくる。
ちょうど私の後ろにべったりとくっついてくる。随分と大胆な登場の仕方ね。
「エドもあの鉱山に用があるの?」
「あそこには鉄鋼だけじゃなく宝石も眠っている。それに資源を見分けるのに僕の【分析】が必要になるはずだよ。どうかな?」
「それは構わないけど、エミ1人にして大丈夫なの?」
「エミも戦闘はこなせるから大丈夫だよ。ここは危険地帯だから戦闘くらいできなきゃ、なかなか生きづらいものがあるよ」
「……そう」
私は笑みを浮かべながら手綱を引っ張り、ロバアを走らせた。
私たちはロバアに乗って鉱山をめがけて走っていく。彼は疾風の如く平原を猛スピードで駆け抜けていき、ピクトアルバからあっという間に離れていった。
荷台を引いていない時のロバアは本当に早いわね。
「ひゅ~! やっぱり思いっきり走るってのは気持ちがいいもんだな~!」
「ちょっと飛ばしすぎじゃない?」
「今は一刻も早くアリスの家を建ててもらわないといけねえだろ。飛ばすぜ~!」
「きゃっ!」
「ひえ~!」
調子に乗ったロバアがさらに加速する。ラットは私にしがみつくのに必死な様子。
ピクトアルバから東へ行くと緑に染まった森があり、そこには数多くの木々や花々が生い茂っている。森の奥には茶色や黒の岩に染まった鉱山がある。
よく王都の市場まで買い物へ行かされたことを思い出すわ。
クラン鉱山と呼ばれるあの鉱山には、エミの固有魔法である【加工】の対象となる鉄鋼が豊富に埋まっている。
「ちょっと待ちなさい!」
「「「「!」」」」
私たちが鉱山に入ろうとすると、いきなり後ろから声をかけられた。
振り返ってみれば、そこには物騒な小銃をこちらに向けた女性が立っている。肩に届かないくらいのブロンドの短髪に加え、黒を基調としたコンパクトな服装が彼女に大人びた印象を与えている。
「シモナ、何してんの?」
「えっ!? 誰かと思えばエドじゃない。一体どういう風の吹き回し?」
「僕は彼女と一緒に鉱山まで資源を採取しに来たんだよ」
「じゃあパーティを組んでるの?」
「まあそんなとこだ」
シモナは私たちが危険でないと判断したのか、小銃を背中のホルスターにしまった。
「珍しいわねー、あんたが誰かとパーティ組むなんて。私はシモナ・ヘイル。よろしくね」
「私はアリス・ブリストル。わけあってピクトアルバでお世話になってるの。よろしく」
「……! もしかして、ブリストル孤児院の出身だったりする?」
ポカーンとした顔になったかと思えば、いきなり私の出身を言い当ててくる。エドといい、この人といい、ここの人ってみんな【分析】ができるのかしら?
「そうだけど、それがどうかした?」
「実は私もブリストル孤児院にいたの。ブリストルの名字が変わってないってことは、どこの養子にもならなかったってこと?」
「ええ。厳密に言うと、ならなかったんじゃなくて、なれなかったんだけどね。それと、私は王宮のメイドをやっていたから」
「なるほど、就職したのね」
私はロバアから降りると、シモナに今までの事情を説明する。
ブリストル孤児院は私が卒業するまで存続していたのだけど、王都の各地にある学校施設が孤児院も兼ねるようになったために存続する理由がなくなり、メイベル・ブリストル院長の死をもって、ブリストル孤児院は潰れた。
それまでのブリストル孤児院では、ほとんどの子供はどこかの家の養子として次々と引き取られていったために人数が少なかった。
私は我が強い子供だったこともあり、孤児たちを引き取りに来た里親全員から敬遠され、結局誰からも引き取られることなく、唯一私だけがブリストルの名を残したまま卒業する形となった。
「――結構大変だったのね」
「ええ、でもこれでよかったのよ。ここには私をいじめる人はいないから」
「そっか……院長死んじゃったのね」
シモナが寂しそうな顔を下に向け、シュンと落ち込みながら言った。
きっと彼女も院長のお世話になっていたのね。
「戦争で両親を失った私にとって、院長はおばあちゃんみたいな存在だったわ。私が食べていけるように、教育から里親の手配までしてくれたの」
「その時に固有魔法を鍛えてもらったの?」
「ええ、そうよ。他の施設は勉強ばかりを教えられるって聞いたけど、院長は世の中で活躍していくなら固有魔法を鍛えるべきって言っていたわ。ふふっ、何だか懐かしいわね」
さっきまで落ち込んでいたシモナがニコッと笑ってみせた。
「そうね。シモナはここで何をしていたの?」
彼女に目的を聞いた。小銃を持っていたってことは、山賊から街を守るための警備かしら?
「私はここにモンスターが現れたって聞いたから来たの」
「ということはハンターなの?」
「そうよ。私こう見えて、銃の腕には自信あるんだから」
「シモナは王位継承戦争で反乱軍の一員として戦い、猛吹雪の中1000人以上の王国軍兵士を射殺。しかも全部ヘッドショットだ」
「王国軍と戦ったの!?」
「……」
私は愕然とした。エドの【分析】によって、同じ孤児院にいた者が王国軍と戦っていたことが発覚してショックを受けたのだから。
シモナはまたしても落ち込み顔になり、地面を見ながらうつむいている。
ここの人たちは――本当に謎ばかりだわ。
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