chapter x-1「追放の代償」
番外編というか敵視点です。
王宮のメイド長視点で書いております。
アリスがピクトアルバへと辿り着いた頃、王都ランダンの王宮にて――。
「バーバラ、これは一体どういうことだ?」
頭を下に向けてひれ伏している私に対し、1人の男が人差し指についた埃を私の目の前に突きつけながら声をかけた。
男の名はジェームズ・アップルトン。メルへニカ王国の宰相。短髪に髭を蓄え威厳ある風格のジェームズ様が、今まさに私を問いただしているところ。
「はい、指導はしっかり行っているはずなのですが――」
「だったら何故、どこの部屋もあんなに汚れているのだ? 部屋の掃除はメイドの基本であろう。おかげで隣国からの客人に笑われてしまったではないか。恥を知れ!」
「申し訳ございませんでした」
「全く、この前までは天井まで掃除が行き届いていたというのに、なんてざまだ! 今すぐメイドたちに全ての部屋を掃除させろ!」
「かしこまりました」
くぅ~! あの女さえ追い出せば……平和が訪れると思っていたのにっ!
アリスを追い出したまではよかったけど、ずっとあの女に仕事を押しつけていたせいで、他のメイドたちにすっかりサボり癖がついてしまったじゃない。
こんなことになるんだったら――追い出さなきゃよかった。
「今度こんなことがあったら、王宮管理者としての資質を疑われるぞ」
「はい、肝に銘じます」
宰相はプンスカと不機嫌そうにして去っていく。
こんな屈辱、アリスにポールを取られて以来よ。
ポール様も全然私に声をかけてくれなくなったし、どうしてうまくいかないのかしら?
アリスがいなくなってからというもの、今まで仕事をサボりがちだった王宮のメイドたちが大慌てで仕事に追われる日々を送ることになった。
「バーバラさん、庭に雑草が生い茂っていると貴族の方からクレームが――」
「それは後回しよ! 今は王宮内の掃除を優先して!」
「は、はいっ!」
メイドの1人が慌てて立ち去っていく。
悩んでいる暇もなく、メイド長の私は次々と山積する課題に追われていく。
メイド長って……こんなに忙しかったのね。
ふと、私はアリスの言葉を思い出す。
『だったら何のためにメイド長がいるんですか!?』
生意気にも程があるわ……あんたに何が分かるっていうのよ。
ここにいる全てのメイドは私を含め王族や貴族からの寵愛を受け、その豊かな生活の恩恵を受けるために就職したのであって、一生こんな奴隷みたいな仕事を続けるためじゃないわ。
でもあの女からは寵愛を受けてのし上がりたいという意欲が全く感じられなかった。
他のメイドたちはみんな寵愛を受けようと必死だというのに。
何を考えてるか全く分からない。仕事は掃除からモンスターの討伐までを完璧にこなすのに……あれだけの能力を持っていて、ポール様からも寵愛を受けたというのに――どうしてよ?
あーっ! もーっ! ムカついてきたわ!
あの女だけは――心底気に入らないわ。
「やあバーバラ、ごきげんよう」
明るい笑顔でポール様が私に声をかけてくる。
うふふっ、やっぱり私がこの世で1番美しいのよ。
「おはようございます、ポール様」
「早速聞きたいんだが、アリスはどこへ追放したんだ?」
「……えっ!?」
「どこへ追放したかと聞いている」
ポール様が少しばかり冷たく怖い顔で私の目を見つめながら距離を詰めて再度尋ねた。
私は壁に背中をつけて大きく目を見開いた。ポール様の手の平が私の頭の近くにある壁にピタリとついている。
「えっと……アリスならピクトアルバへ追放しましたが――」
「ピクトアルバだとっ!」
ポール様の顔色が変わった。彼はこの世の地獄を見たかのような真っ青で唖然とした顔でさらに距離を詰めてくる。
こんなに近くにいるのに――手に届きそうにない。今にも胸が張り裂けそうだわ。
「は……はい」
私は力なく答えた。
ポール様の興味が今でもアリスに向いていたのが分かった。彼が見ているのは私ではなくあの女……いなくなったはずなのに、どうしてあの女のことを思い出さないといけないのかしらね。
「なんということだ。よりによってピクトアルバとはっ!」
ポール様はそう嘆くと、何の躊躇いもなく私から離れ後ろを向いた。
「お待ちください! 一体どこへ行かれるのですか?」
私が手を伸ばして呼び止めると、ポール様は後ろを向いたまま口を開いた。
「今すぐピクトアルバまで使者を送る。確かに追放しろとは言ったが、殺せとは一言も言ってないぞ。何故わざわざあんな辺境の危険地帯にまで追放した?」
「そ、それは、アリスがポール様を振って恥をかかせたからで――」
「それはアリスが恥ずかしがっていただけだ。もしアリスの消息が確認できなかった場合は……分かっているだろうな?」
「……はい」
呆れた様子のポール様が立ち去っていく。
私は慌てた様子で段々と小さくなっていく彼の後ろ姿を黙って見ているしかなかった。
まるで時間が止まったかのような静寂が漂い、他のメイドたちの動きが遅く見えた。
――何でなの? ……どうして? ……どうしてみんなアリスばっかりっ!
生きてたら生きてたでその存在が憎らしいわ。でも死んでいたら死んでいたで、今度は私の立場が危ういわね。
ポール様はアリスを見つけて連れ帰る気だわ。
彼は何をお考えなのか分からない。でも今はメイドたちを躾け直すのが先だわ。
アリス……生きていたら覚えてなさい。
気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけると嬉しいです。
読んでいただきありがとうございます。




