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星にあこがれたホタル

作者: 榛李梓

 田んぼのそばの小川には、ホタルが住んでいました。

 夏に生まれたホタルの子供は、秋と冬の季節を水の中で過ごします。

 ホタルの子は毎日、透き通った川の底を這ってはカワニナを食べたり、川べりのアジサイの葉が作った日陰で昼寝をしたりしていました。



 ある冬の、月の無いよく晴れた晩のことです。

 ホタルの子が水面を見上げると、夜空には満天の星が冴え冴えと輝いていました。冷たい水の中から見る光はゆらゆらと舞うようで、暗くなったかと思えばまた明るくなって、瞬きを繰り返すのでした。

 その中に、一等輝く星がひとつありました。

「なんてきれいな光だろう」

 ホタルの子にとって青白く揺らめくその星は、不思議と夜空にあるたくさんの星のどれとも違う、特別なものに見えました。

 ホタルの子は夜が来るたび空を見上げては、その星を探しました。

 ゆらゆらきらきら輝く星を眺めるにつれ、あの光をもっと近くで見てみたい、あの光に触れてみたいと思うようになりました。

「いつか大きくなったら、きっとあの光に会いに行こう」

 そう心に決めて、眠りにつくのでした。



 春が過ぎ、水の張られた田んぼで稲の苗が青々と伸びだす頃、ホタルは水の中から出てきます。川から上がると柔らかな土に潜って蛹になり、それから成虫になるのです。

 雨上がりの湿った空気の中、カエルの声が街の家々まで届くほど静かな晩に、星にあこがれたホタルも、とうとう蛹から大人のホタルになりました。

 慣れない羽をパタパタと動かしながらアジサイの枝を登ると、辺りには黄緑色の小さな光がたくさん見えました。

「やっと、水の中から見たあの光に会える」

 ホタルは喜びましたが、その中にあの青白い光はありません。光っているのは、先に出てきていた他のホタルたちでした。そこここで明滅を繰り返し、真っ暗な宙に光の軌跡を描いては、求愛のダンスを踊っています。

 ホタルが空を見上げると、雲の切れ間にあの星がありました。川底から見るよりずっと、はっきりと清らかに輝いています。

「やあいい夜ですね」

「あなたも一緒に踊りませんか」

 他のホタルたちが誘いますが、ホタルは目もくれません。

「いいえ、わたしはあの空の上の光のところへ行くのです」

 ホタルは羽にぐっと力を入れて、アジサイのてっぺんから飛び立ちました。ふわりと浮き上がると、ぐんぐんと空へ昇っていきます。目指すのはもちろん、水の中からあこがれ続けたあの星です。

 ホタルは天上の星に自分の居場所を知らせるよう、一所懸命お尻を光らせながら飛びました。それでも星の光はなお遠く、ホタルがどんなに羽を動かして飛んでも、はるか彼方に静かに瞬いているのでした。

 下に見える地上近くのホタルたちの光は、どんどん小さくなっていきます。

「あれ、もうあんな遠くに」

「変わり者もいたものだ」

 他のホタルたちが噂しているうちに、たちまち空へ向かうホタルの光は星々の中に溶け、見えなくなってしまいました。



 その後、星にあこがれたホタルがどうなったのか、知る者はありません。

 けれどほら、晴れた夜に空を向いて、よく目を凝らしてご覧なさい。一等光り輝く青白い星の横に、瞬きを繰り返す、小さな小さな星が見えるでしょう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 一途で切なくて、とても素敵なお話でした。 読みながら自分も、夏の夜空を見上げているような気持になりました。 ホタルは星に会えたのだと信じたいです!
[一言]  読ませていただきました。  そういえば、今年はホタル見に行ってないなあ。  ふと思いました。  星に憧れたホタルは星に会う事は出来たんでしょうか。  ちょっぴり切なくてよいお話でした。  …
[良い点] タイトルが素敵で ふらっと読ませて頂きました。 憧れがテーマになっているお話、好きです(*'ω'*) [気になる点] 「月のない晴れた夜」は、んん? と思いましたが、きっと新月なのですね。…
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