東京に行く
それからは、夕食、お風呂を済ませた。
一日目に比べたら、圧倒的に平和だったので、とてもゆっくりできた。
というか僕のことを匂いフェチ呼ばわりする女の子を、全く見かけない。
まあ別に旅館はでかいし、会わなくても全く不思議ではないというか今まで絡みすぎていただけだなと思う。
なので僕は特に不思議に思うこともなく、みんなどこかに行ってしまった自分の部屋でだらだらぬいぐるみ作りをしていた。
と、その時、ノックの音がした。
ノックするってことはここの部屋の人ではないから、美雨が美濃か……?
開けて見ると、女の子がいた。
自ら匂いフェチの部屋に来て大丈夫ですか?
もしかして突然信頼を勝ち取った?
「ぬいぐるみが、完成したんだけど」
いろいろ考えていた僕に、女の子は唐突にそう言った。
「おお、良かったな」
「……あのさ、これ渡したい人がいるんだよね」
「なるほど」
好きな人とかなのだろうか。
で、仮にそうだとして、どうしてここに来たのだろう?
しかしその疑問は解けることになる。
「その人ね、今東京にいるの」
「東京?」
「そう。私、東京に行こうと思って、あんたたちが帰るのと同時に」
「おお」
「でさ、あんたたちが帰ったらまた次の学校の人たちが来るし、お母さん達は忙しいわけよ。私もほんとは手伝わなきゃ行けないの。だから、こっそり行こうと思って」
「……いや、それ大丈夫なの? お母さんには言ったほうが良くない?」
「出発してから電話する。流石に忙しいから追いかけては来ないでしょ」
「……行動力すごいなあ」
僕が中学生として、福岡から東京まで、一人で行こうと思うだろうか。
そのぬいぐるみを渡したい人って、どんな人なのだろうか。
女の子はお花のぬいぐるみを作っていた。
なんの花かはわからないけど、ラッコのぬいぐるみの時と同じく、かなり繊細に作られているという印象だ。
きっと何か想いがあるんだろう。
「でさ、東京ってすごいおおきいじゃん」
「……まあ」
「だ、だから東京怖いし、迷ったらやだから、あ、案内して!」
なるほど。たしかに。迷いそうだなという気持ちはわかる。
「わかった、いいよ。けど、やっぱ、ちゃんとお母さんには言ったほうが心配かけなくていいとは思うけど」
匂いフェチ認定された次は誘拐疑惑とか出たら困るし。
「わ、わかったよ。言うけど、頼むけど……ダメって言われそう。だって、たかがぬいぐるみ渡しに行くだけのために、東京に行くなんて」
「……たかがではないと思う。ぬいぐるみは」
僕はそこだけは否定しておきたかったので、小さくそう言った。
「……ふふ」
女の子は、僕の小さいその声を聞くと、少し笑った。