TSっ娘とバレンタイン(理央)
今日はバレンタイン。
しかし今回は特別。女の子になったオレが迎えた、初めてのバレンタインだからだ。
男だった時は義理でも一つでもいいからチョコ欲しい! なんてドキドキしつつ結局一つも貰えず落胆していたけれど。
しかし今は女。拓人にはいつもお世話になっているから、世間の流行に乗ってチョコをあげようと思いたったのだ。一つも貰えないなんて寂しいからな。
そんなわけで、昨日の夜は母に応援されながら初めて手作りチョコレートを用意した。
というか、本当は一人で作る予定だったのだけれど、結局一人では無理だった。
溶かして固めるだけ、なんて簡単なんだ! 母のいないうちに作っちゃうぜ! と最初は思ってた。でもできなかった。
チョコをお湯で溶かすって聞いていたからお湯にチョコ入れて溶かしていたのだけど、型に入れても固まらず。涙目になっていたら母が帰って来て、手伝ってもらうことになったのだ。
湯煎、という方法を母に教わり、これならあとはできる! と思ったのだが、なかなかどうして難しい。なかなか溶けてくれないし、溶けたと思っても今度は思い通りに型に流れてくれない。
何度も挑戦して、やっとハートに見える形に整えることができた。まあ、ちょっと形がいびつだったり厚さが均一にならなかったりしているけれど、見られる形ではあるだろう。
というわけで、箱に入れてラッピングもして、鞄に潜ませて。
あとは学校で渡すだけ! と意気揚々と登校した。
「おはよう!」
と教室のドアを開けて親友を探す。
お、いたいた。てくてくと近寄り、鞄に手を突っ込んで…… と、拓人が両手に大きな紙袋を持っているのに気がついた。
「あれ、それは?」
鞄に手を突っ込んだまま問いかけると、拓人はまんざらでもなさそうな顔で
「これ? 教室に来るまでに渡されたチョコだよ」
なんて言ってきた。そういやコイツ、小学校の時からモテてたな。
そうだよな、オレがあげなくてもチョコたくさん貰ってるもんな。そんななかでオレみたいな元男から貰っても迷惑だよな。
そう思ったオレは、そっと鞄から手を戻し。
「いよっ! モテモテ!」
なんて合いの手を入れてごまかしたけれど。なんだかモヤモヤして、その日の授業は頭に入らなかった。お昼も拓人と食べたと思うのだけれど、記憶が曖昧。
放課後。なんだか拓人と顔も合わせたくなくて、声をかけられる前に教室を飛び出し、急いで家に帰った。
そしてチョコの箱は机に放り出して。なんだかわからないけれどモヤモヤして困るので、ベッド脇に座り込み、上半身だけ投げ出す。
おかしい。普段ならこんな気持ちになるはずないのに。
何が違うのかと考える。思い当たるのはバレンタインということ。
拓人がモテモテでイライラした? いや、それはいつものことだし、よく告白されているのも知ってる。そして断っているらしいことも。
でもそういえば、今日はチョコをたくさん受け取っていた。つまり断らなかったんだ。だからこんなにモヤモヤしているのか。
拓人も普段断っているだけに、チョコくらいは受け取ってあげようと思ったのだろう。基本良いやつだし、断ってばかりもわるいと思ったのだろう。
ならばチョコをもらうくらい良いじゃ無いか。でも、理屈の上ではわかっているのだけれど、モヤモヤは止まらずイライラする。
そもそも、別に拓人はオレのものではない。だから、そのうちオレから離れて……
しかしそんなことを考えると胸がきゅんと痛くなる。なんでだろう。辛い。イヤだ。考えたくない。
だからオレは考えることを放棄して。目をつぶって、ひたすら無心になって眠ろうとした。
「おい、大丈夫か!」
ゆさゆさと揺すられる。いつの間にか眠っていたらしい。この声は拓人か。そんなに揺すらないでくれ。気持ち悪くなる。
「おい、返事しろよ!」
なんだか必死な声。
「何だよ……」
と目を開けると、そこには拓人の顔がどアップで。
うわっ! と目を閉じて身を引く。と、その勢いでベッドから落ちてしまった。
あたた…… と目を開けると、そこにいた拓人は泣きそうな顔をしていて。
「ど、どうしたんだよ、そんな顔して」
と問いかければ、真剣な声で。
「大丈夫か? 睡眠薬か何か飲んだのか? 何かあったらオレに頼ってくれよ!」
なんて必死に呼びかけられて。
しかしオレには何がなにやら、わからない。
落ち着かせて話を聞くと、どうやらオレの様子が朝からおかしいのが気になっていたらしい。しかも放課後も急ぎで帰っていたから何かあったのかと心配していたようで。
だからと慌てて家を訪ねたら、部屋でオレが倒れていた。それを見て自殺でもはかったのかと慌ててしまっていたらしい。
「バカだなあ、オレが自殺なんてするわけないじゃん。拓人に助けられたんだからさ。拓人に心配かけるようなことはしないよ」
「じゃあ今日の不審な様子は何だったんだよ」
真剣な目で見つめてくる拓人に対し、
「えーっと、まあ、なんでもないよ」
なんて返事はしたけれど。拓人の目は見れない。しかもつい気になってチョコの方を見てしまう始末。
それに目ざとく気づいた拓人は、
「これが何か関係あるのか?」
なんて言いながら、箱を手に取る。
「そ、それは何も関係ないから!」
「そんな必死な声で言うとは、怪しいなあ。なんなんだい? これは」
やめろよー、と必死で取り返そうとするも、手を伸ばしても届かず。それどころか
「えーっと、拓人へ? つまり俺宛なのか」
と、文字を読み取って箱を開けられる。と、拓人が固まった。やっぱり元男からってのは気持ち悪いよな。
「なんだよ! 一つもチョコ貰えないなんて寂しいだろうと思って作ってやっただけだよ! いくつも貰っているんだから良いだろ! 返せよ!」
と固まっている隙に取り返そうとするも、後一歩のところで拓人が再起動して、取り返すことは出来なかった。それどころか、
「手作りってことは本命?」
なんて問いかけられて。
本命? それって何?
本命、本命…… と頭の中で繰り返し、やっと思い当たる。それって好きな男に送る……
意味に気づいたオレは、頭に血が上ってくるのを感じる。
「そ、そんなつもりで作ったんじゃ無いし! 友チョコのつもりだったし!」
「それでも手作りしようかなってくらいには大事に思ってくれたんだ」
言われて考えてみる。たしかにそれくらいには大事に思っているかも……
その先も妄想してしまい、恥ずかしくなったオレは、
「そうだよ大事に思ってるから手作りしたんだよ! わかったら帰れよ!」
と拓人を部屋から追い出した。
拓人が帰っていく音が聞こえ、静かになった部屋で思い返す。
拓人と並んで結婚式をしている妄想。そんなありえない光景。
ありえないと思っていても、それが心から離れることは無かった。