〜雨降りの希望〜
とんでもなく寂しく、かったるい朝。
俺はいつものように、乾燥しきった廃棄寸前のスルメのような身体に鞭を打ち、ベッドから起き上がった。
陽の光を浴びたいのに、外はまたも雨模様。
そして
「はぁ、なんかめんどくせぇなぁ」
なんて、職場では口が裂けても言えないセリフを、今日も吐き捨てている。
昼からの仕事を思うと、すでに苦痛。まだ出勤まで5時間もあるのに。顔を洗いたいし、 歯も磨きたい。でも、そうすると更に仕事モードになっちまいそうで嫌だ。いや、そもそも着替えたくもないし。
俺があの職場で働きだしてもうすぐ2年、それまでの自信に満ち溢れた日々は影を潜め、一瞬にして砕かれた。そういえば最初は、同じ職場内でありながら違った景色が見られる今の立場が嬉しくて嬉しくて、張り切っていたっけ。それはそれで充実した日々で良かったかもしれないな。
そんな事を考えていると、インターホンが鳴った。
「どうも、宅急便です」
外からは、最近よく来る外国人風の担当者の声が。なんだよ、こんな時間から。玄関まで歩くのも身体が重くて大変なのに。
「はぁ、めんどくせぇなぁ」
ポツリとそう呟き、ようやくベッドを出た。
「お荷物が届いてマス。倉吉伸孝さんでよろしいデスか?」
でたよ、相変わらずのカタコト日本語。褐色の肌にサラサラのマッシュルームヘア、背はあまり高くないがガッチリしている。見た目から察するに、日系ブラジル人だろうか?いつもはカノジョか知らんが女の子を連れて家々を回っているのに、今日は助手席には誰もいないようだ。会社として「それ許していいんかい」と、毎回ツッコミたくなる。
そんな事を思いながら、無言で頷きサインをして荷物を受け取った。
中身は、Amazonesから買ったお気に入りのヘアワックスとシャンプー。最近流行りの通販サイトで、リアル店舗に行くのもめんどくせぇ俺にとっては、本当によくお世話になっているし安く買えて好都合。ところが開けてビックリ、なんとワックスの蓋が凹んでいるではありませんか。
はぁ、やめてくれよ。不良品を買った覚えはないし、もしかして安い理由はコレなの?そうだ、確かに普段から安いのに、更に安い物があったから飛びついてしまったっけ?自分の愚かさを呪い、またもポツリとひと言。
「めんどくせぇなぁ」
まぁでも、宅急便のおかけで少しは目が覚めたし、良しとするか。
そして倒れかけのコマのようなフラフラとした足取りで、何気なくキッチンの洗い場を覗き込むと、昨夜作った味噌汁の残り物や、食べたまんま放置された食器やらが散乱している。最近の疲れときたら、こんな簡単な家事にまで影響しているらしい。朝の日課と言っていいほど、まずやらなくちゃならねぇ事の1つだ。でもこれが逆にさらに目覚まし代わりになっていいのかもな。特に今の夏場は、物凄く臭い。とにかく臭い。とても客人をもてなす空間とは程遠い。まぁ、食べ終わってすぐやりゃあえぇんだけどね。今日は洗い物がまだ少ない方だけど、これが意外と手こずった。この頑固な油汚れ、何とかならんのか?自動洗浄機なるモノが欲しいけれど、そんなカネはあらへん。
ふと時計を見ると、もう10時過ぎ。今日は上司に12時に来るよう言われているから、いよいよ追い込まれてきた。
まだゆっくり家に居たい。まだまだ何も考えずに、ボーっとしていたい。そんな思いとは裏腹に、時計の針は待ってはくれない。人間には慈悲があっても、時間にはそれがない。なんか中途半端な時間だし、朝メシ兼昼メシは食べずにおこうか?いや、でも腹が空いたしなぁ。結果、色々考えるのは嫌いな性分、今日もバナナ2本でとりあえず済ます事にした。大して鮮度の良くないこのバナナも、元々は鮮度バツグンだった。どこか今の俺に似ているなと、ふとした瞬間に思うのはなぜだろうか。
バナナでほんの少し腹を満たし、今度は風呂を洗った。O型の俺でも、水垢なんかは凄く気になる。毎日キレイにしておきたいと思って、入念に洗う。仕事でも、これぐらいのこだわりが持てればいいよな。
色々やって、気がつくともう支度する時間に。
ここで初めて洗面所に向かい、ボーボーに伸び放題の髭を剃る。そして洗顔。スクラブ感全開の泡で、一心不乱に顔を擦ると、ほんの少しだけ仕事に向かう気になる。そしてあまりアイロンをかけていないカッターシャツを着て、さらにネクタイも締めると一気に仕事モードへ。さらに中途半端に伸びた長さのおかげで、ボッサボサにハネている髪をワックスで誤魔化し、完全なるデキナイ社員の完成だ。
「おい、今日は何回怒られるつもりだ?」
などと、鏡の中の自分にポツリと呟いてみた。
そのまま振り返る事なく、玄関に常備している化石化した会社ケータイと財布を手に取り、精一杯の力で、それほど重たくない扉をゆっくり開けて家を出た。
クルマのエンジンがかかり、ついに発進。出来る限りゆっくり行きたいけど、早く行かないと怒られる。そういうジレンマという爆弾を抱え、俺が愛してやまないあの職場へと、クルマは進んで行くのだった・・・