第22話 ギルドの試験 2
このまま名前を間違えたまま進むと思います。
深い深い森の中、深緑色の存在が木々の合間をすり抜けながら、それも複数駆け抜けていく。
彼らはそれぞれ、別の進路を取りながらも、一つの標的へと向かっている。
彼らは、自らのテリトリーへと無謀にも足を踏み入れた、獲物を狩る。
周りの環境に合わせたように自然な深緑の色合いの毛皮は、彼らの姿を隠し、たとえ標的の目の前であっても、その高い俊敏性を合わせれば、容易に翻弄し、手玉にとることができるだろう。
彼らは単体でも強く、そして集団戦に於いては、その脅威度は単体時の数倍に跳ね上がるだろう。
ただそれは、彼らが自然体の話である……。
同時刻。
俺を含めた、5人のパーティは、森の中を探るように歩いていた。
前衛を、ダァトに任せ、
中距離支援に弓使いのメリッサ、
後衛での補助や回復役としてフォニアを、
殲滅を行う魔法アタッカーのフォシス、
そして遊撃プラス斥候として俺ことキヨス。
という布陣である。
斥候の技術に関しては、元々の斥候であるメリッサに教えて貰いながら進んでいる。
おかげ様で危機感知系のスキルを習得し、今現在使っている最中だ。
「そろそろ、アダプションウルフの縄張りに入る。各自、戦闘準備を。」
メリッサが警告する。
その一言で、メンバー全員の気が引き締まった。
すでに森へ入ってから2時間。
戦闘は何回かこなしているが、アダプションウルフとの戦闘は初だ。
たとえ、攻略本があったとしても攻略のガイド通りの展開に持ち込める訳ではなく、攻撃への対処が確実に出来るわけでもない。
本で読んでいても、実際に見たり戦ったりするのとは違う彼らの実力は未知数と言っても良いだろう。
対抗策は出来るだけ容易してきたが、未知数の相手にどれだけ通じるのかはそれこそ未知数だ。
「………」
緊張の張り詰めた空気が流れる。
同時に、静かになった森に音が響く。
沈黙を破るように現れた数多の足音は、微かな揺れを伴いながら接近する。
直後、ガサッという音と共に、草の中から周囲の景色と同じ色をした何かが飛び出してきた。
深緑色の体色をしたそのウルフは、真っ先にダァトへと襲い掛かりその爪で胴体を切り裂こうとする。
「ッダラァ!」
ダァトは、そのウルフごと斧で受け止めると、力任せに弾き飛ばした。
そして、最初のウルフに続いて、第2第3のウルフが森の奥から飛び出してくる。
「ウォォォッ![ウォー・クライ]!!」
ダァトが天へと咆哮すると全てのウルフのヘイトが、ダァトへと向いた。
ウォークライとは、盾スキルによって習得できる術技らしい。
例に漏れず初耳だ。
術技とは、スキルの力を補助として発動できる技だとか。
レベルで習得ではなく、自分で編み出したり、ほかの人物に師事してもらう事で習得する事が出来る。
使用する方法は行いたい術技の動きをなぞったり、普通に技名を叫ぶなど、人それぞれだという。
それはともかく、
3匹のウルフが一斉にダァトへと飛びかかる。
同時に、俺は前へと駆け出し、メリッサは、素早く矢を放った。
矢は綺麗にウルフの脳天へと着弾し、その脳漿を炸裂させた。
残り2体。
襲いかかるウルフを両方巻き込む形で、ダァトが斧を振るった。
勢いよく振るわれる鉄の塊に、ウルフが吹き飛ばされ、宙を転がる。
2体のウルフが沈黙し、地面に倒れ伏した。
戦闘が終了した。
その事を確認し、森の奥から、数えるのも面倒な、数多のウルフが勢いよく飛び出した。
あるものは空から、あるものは草葉の影から飛び出したウルフ達は一斉に俺たちへと襲いかかってくる。
学者は語ったアダプションウルフの戦略は、残虐である。と
彼らの作戦は、基本的に死角を穿つものである。
その体毛は、周りの環境に合わせた色をし、その俊敏性でもって翻弄する事で、防御をすり抜け攻撃をし団体戦では、最初の数体を囮にし、囮を倒して油断や安堵などの心の隙を見せた瞬間を狙い、多勢で攻勢に出る。
つまり先ほどまでの戦闘は、前座であり得るべくして得た当然の勝利に等しい。
このアダプションウルフに打ち勝つならば、さらにこの後の攻勢を崩し、全滅させなければならない。
それぞれが環境にあったステルス能力を持つウルフ達の最大の武器は、そのままにステルスである。
ということでまずはステルス能力を打ち破るべし!。
攻勢に出たウルフの集団に対していち早く飛び込んだ俺は、手に持った秘密兵器…カラーボールを思い切り投げつけた。
銀貨5枚の高級カラーボールだ。
ちなみにレートは銅貨100枚で銀貨1枚。
銅貨が10枚あれば、どの街でもそこそこよりちょっと下の宿に泊まれるぐらい。
だいたい50日分の宿代だ!くらえ!。
投げられたカラーボールは、空中で爆散し、上手くウルフの集団全てが赤く染まった。
5枚もする理由がこれである。
色素だとか染料系だとかは問題ないが、こういう機構を組み込むのにはお金がかかる。
さらに今回は、その染料が少しでも付いたモンスターの色を赤色に変化させるとかいう、謎の効果を持つ染料を使っているため、更にお金がかかる。
だが、効果は抜群のようで、一瞬で全てのウルフが赤く染まった。
あとは、フォシスの出番だ。
魔法で敵を殲滅する。
さぁフォシス、君の英語力を見せてもらおうか!。
フォシスが、ウルフ達へと手を掲げた。
「魔術式"起動"」
その言葉と共に、フォシスの周りに無色な、それでいてはっきりと存在がある色が集まる。
「型式:火」
そう唱えると、やがてそれは綺麗な橙色に染まり、自ら光を発し始めた。
魔法陣が全て橙色に染まったのと同時にフォシスが、掲げた手を引きもう一度突き出した。
「押しつぶせ…[コメット・アースボール]!!!。」
魔法陣が霧散し、直後地面が波打った。
地面から勢いよく岩が露出し、地上のウルフを串刺しにしながら、空へと舞った。
ある程度の高さまで浮遊すると、その岩は、自ら炎を発しながら再び地面へと戻るように動き始めた。
まるで流星のように降る岩石は、ウルフを殴打し、串刺し、そして潰した。
『なぁアリス。ききたいことがあるんだけどさ…。』
『うん、なんとなくわかってるけど、何さ?』
『俺の知ってる魔法の使い方とちゃう。』
俺の知ってる魔法の使い方とちゃう。
ウルフ達を殲滅し、勝利したこの場には静寂が流れている。そして、"こっち"側にも静寂が流れている。
そんな静寂に俺の心の声が響き渡るようだった。
『うん、私も知らんかった。何あれ1000年だかそこらでそんな変わんの?。というか新しい使い方気になる。』
『俺文法間違えると嫌だからあの使い方を知りたい。』
戻ったらカストフにでも教えてもらおう。
戦闘が終了し、周囲を索敵しながら戦利品を剥ぎ取っていく。
アダプションウルフの毛皮は、染色しやすく、耐久性も高い素材として一部で人気があるらしい。
また、毒魔術を扱うアダプションウルフは、爪に毒薬が溜め込まれている場合があり、その場合は薬の材料となるほか、毒が無い場合にも、武器の材料となる。
要約すると、それなりに高く売れてうまうま、というわけだ。
というわけで、あとは、ギルドに爪を持っていけば終わりだ。
そうすれば、今日1日は終わりである。
しかし、そう簡単には、終わらせてくれないのが世の常である。
突如、森が揺れ狼の咆哮が響き渡る。
「声は遠いけど、この大きさは想定外!。警戒しながら即時撤退!。」
メリッサが警戒を促し、それに伴ってパーティの雰囲気が再び引き締まった。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
あまりにも悲痛な叫びだった。
藁にもすがるような思いで、必死に生にしがみつく最期の抵抗
俺たちは(少なくとも俺は)悲鳴を聞いたからこそ、助けに行くこともできる。だが、そうすれば次の標的は自分だ。
たどり着いたとしても、悲鳴の主は無惨に死んでいるだろうことは想像に難く無い。
何より、死にたくないのは俺も一緒だ。
わざわざ死にに行くのはごめんである。
だが、俺以外の面々を見ると、その全員は悲鳴に気を囚われているようだった。
死への恐怖と、巨大な咆哮の主への好奇心。悲鳴の主人を助けたいという正義感や、未確認の魔物を討伐し、名を上げたいという欲望もちらりと伺わせるその顔は、どういう思いを抱いているのであれ、その気持ちが悲鳴の方向に向いているのは確かである。
「…………」
沈黙、メリッサは無言で周囲を警戒している。
その顔には、思い悩む気持ちも見えた。
万が一ではあるが、巨大であろう咆哮の主もこちらに気づいている可能性があるためだ。
撤退か、交戦か。
間違えたら、その先は死だ。もちろんどちらを選んでも詰みである可能性はある。どちらの選択肢でも無い第三の道もあるかもしれない。
当たり前だがそこに正解は無いし、時間制限もすぐ目の前に迫ってきている。
そして、今パーティをまとめられるのは、メリッサだけだ。
その判断は途轍も無く重いだろう。
それこそ、吐きそうになる程に。
『アリス、あの咆哮の出所ってどんな感じ?。』
『…ただ大きいだけの突然変異種って感じだね。それ以外には別に何も感じないね』
アリスは付け足して言った。
『ただね、突然変異種は多くの場合ユニークなスキルを持ってるからね。油断は禁物だよ。それが大きくなるとかだけの可能性もあるけど、他の可能性も十分あるから。』
なるほど、結局強い訳ですか。なるほどなるほど。
『因みに今そっちに向かってるよ。大きさはさっきの狼達の3倍4倍くらいかな?。』
なるほど、体積比は9倍から16倍って事か?
いやそんな事してる場合では無い。
取り敢えず整理しよう。テスト前の掃除の感覚で…。
・普通のアダプションウルフの3倍から4倍の大きさの狼である。
・なんらかの特殊能力を持っている可能性あり
・こっち来てる、はやい
・多分こっちより強い。
やばいばいばばばい、対抗策とかできない。
パーティは俺外して4人だから持って逃げるのも無理だし、後ろから襲われそうな状況で空間転移できるかどうかという問題も……
「敵、来たぞ!」
ダァトが叫ぶ。
前の草むらが揺れ、景色がブレた。
正面から襲い掛かった不可視の爪をダァトが受け止める。
爪と斧がぶつかり、ダァトが吹き飛ばされた。
俺はすかさず、カラーボールを投げる。
これをするだけで狙いがつけやすくなり、戦いやすくなる筈だ。
そして投げながら、次の行動に移るために前進する。
ダァトが吹き飛ばされた今、タンクをできるのはただ1人、俺だ!。
ダァトが一瞬でも抑えつけるのを見越して放たれた、三本の山が待機状態だったもう一つの爪によって防がれる。
ただ、意外と高ステータスの俺が放ったカラーボールを防ぐ事は出来なかったみたいだ。
宙を駆けるカラーボールは綺麗に胴体へと着弾し、辺りをカラフルに染め上げた。
直後、俺とダァトの周りに赤い気が漂い始めた。
これは、味方の筋力ステータスを上昇させる『支援魔術』スキルの一つらしい。
割合は%ではなく固定だとか。
ただこれは初級の補助魔術な為で、より高位になる程に効果は割合になり、倍率も上がっていくと、若干興奮気味に、フォニアが語っていたのを思い出す。
他にも魔術について色々豆知識を言っていたし、彼女は魔術オタクだったりするのだろうか?。さっきチラッと話していた『先史古代人類語で行う詠唱』って奴が気になっているのだ。
自分英語無理だからそっちで出来そうだったら詠唱がしたい。
ただ今はそんな事を考えている暇は無い、集中しなければ。
てか意外と窮地だろこれ…。
目眩しの為に、石時々カラーボールを投げそれに続いて更に接近する。
ダァトは受け身を取ったがまだ戦線には復帰できていない。
つまり俺が前線だ。
しっかりできるかなぁ。
俺が前線に到着すると同時に、先ほど投げた石やカラーボールが着弾する。
カラフルと背景が勢いよくブレ、瞳孔のような物が、こちらを鋭く睨み付ける。
どうやら注意を向ける事に成功したみたいだ。
後は俺のターン。
出来るだけ時間を稼ぎながらダメージを与える。
武器は、この両手のみ。
こんなんで良いのかな主人公。