始まり
その男は昔からダメな人間だった。
性格的にではなく、能力的に。
体は弱く、いつも病欠がちで、
頭は悪く、いつも漫画の様な0点、
運動はできず、ドッジボールの的にされ、
人との関わり合いが苦手で、いじめっ子の標的となっていた。
親もおらず、常に孤独と隣り合わせ。
そんな彼は一度、生きる事を諦めた。
だが、運命は彼に二度目の生を与えた。
これは、そんな彼の未来の物語。
会社から歩く帰り道。
昼に雨が降ったからか、道路に出来た水たまりをひょいと避けながら歩く。
いつも通りの帰り道。
だが、彼を知る者ならすぐにおかしいと気づくだろう。
いつもなら下を向き、どんよりと歩き、周りにいるものまで不幸にしてしまうのではないかと思わせるほどの彼だが。
今日は前を向くどころか上を向く勢いで、足取りは軽く、近くの枯れた花壇が再び咲きほこるのではないかと思わせるほどであった。
一体何があったのだろうか?
普段から上司に怒鳴られ、仕事を失敗し、同僚にも嫌われる。
それは今日とて例外ではない。
そんな彼が今日こんなにも清々しい気分でいるのはやはり、一つの決意をしたからではなかろうか。
彼が住む家は、とあるマンションの一室にあった。
見る人によって古臭くも見えるそのマンションの5階に、彼は住んでいた。
このマンション、6階建てなのにも関わらずエレベーターがない。
なのでいつも上るのには苦労するが、6階の人に比べればマシだろう、といつも自分に言い聞かせている。
コンコンコン、とコンクリを踏んだ時のあの音がするが、今はそんな事はどうでもいいとばかりに、彼は急ぎ足で階段を上っている。
自分の部屋の前に立ち、待ってましたとバッグの中から家の鍵を取り出すと、ゴルフのカップにボールを入れる様に鍵を突き刺し、回す。
ガチャリという心地の良い音と共に扉を開く。
扉を閉め、バッグを適当な所に放る。
スマホを取り出し、歩きながら検索をする。
検索内容は『自殺 方法』
そう、彼は今日、自殺するつもりなのだ。
これは彼だけの感覚かもしれないが、人は終わりというものを意識すると、羽が生えたように生きるのが楽しくなる。
彼の場合、それが自殺だったのだ。
スマホで死に方をあらかた検索し終え、彼は早速それの準備に取り掛かる。
結局彼が選んだのは首つり自殺。
一週間ほど前から自殺しようと色々と準備をしてきたため、今家には色々な自殺グッズがおいてある。
そのうちの一つが縄。
今からこれを使って死ぬつもりだ。
ドアノブに縄を括り付け、それをドアの上を通し反対側へ持ってくる。
そして持ってきた縄を輪っかにすれば、自殺スポットの完成だ。
目の前にある終わりを見て、彼は満足そうに頷く。
ふと、部屋の隅にある写真が目に留まる。
額縁に入れられたその写真は、大勢の子供と、年配の一人の男性が写っている。
その写真を数秒見た後、意味もなくフフと笑う。
懐かしいような、悲しいような、不思議な気持ちになる。
輪っかになった縄を握りしめ、自分の首にかける。
彼こと中山悠人は、28歳という若さで、その人生を終えた。