えわんげりうむ07:そうだ イデア、行こう。(チラリもあるよ)
温かい光が差し込む十月のとある午後。朝晩は冷えてきたが日中はまだ気温は高い。何も考えずソファーに寝そべっていると心地よい睡魔に襲われる。
「ニャー……」
胸に抱くくろも力の抜けた声で鳴いた。このまま夢の世界へと迷い込もうか……。
カシャッ。何かの音に気付いていぶは首を動かした。伏美が写真を撮っていたのだ。
「これでコレクションがまた1枚」
実に変態である。
「ちょうどよかった。これから少し出かけないかい?」
「あの……私お昼寝しようとしてたんですけど」
「うん。だからちょうどいいんだよ」
「?」
「とりあえず一緒に寝ようか」
「え……嫌です」
「……じゃ、じゃあいいもん! とりあえずこの部屋で寝るもん!」
拗ねる伏美をいぶは無視して再び眠りに落ちようとしていた。
……。
「……ここは?」
色とりどりの花に囲まれて目を覚ました彼女。そこでは何もかもが美しかった。
「やあ」
隣に伏美が立っていた。
「伏美さん?」
「そう。僕だよ」
「ここはどこですか? 私、ソファーで寝てたんじゃ……」
「ここはイデア」
「IKE○?」
「いや家具屋じゃないよ。簡単に言うと夢の世界だね」
「夢の世界……夢の中でも伏美さんが出てくるなんて」
「それだけ僕を想ってるって事だね!」
「それだけ疲れてるんでしょうか」
「え、何でそうなるの」
「神の力でちょっくら君に干渉してお互いの夢をリンクさせてるのさ。だからここにいる僕は今リビングの床に雑魚寝してる伏美ひろとだと思っていいよ」
「プライバシーも何もあったものじゃないですね」
「で、ここはそのイデアの中でも更に特別な場所……厳密に言うとイデアと実在の境目になるんだけど、エデンっていう所さ」
「デデーン……」
「いぶ、アウト……って何言わせるのさ。僕は神の心を持ってるから任意にここにアクセス出来るんだ。ちょっと用事があってここに来たかったから、ついでに君を連れて行こうと思って」
いぶは彼に従い花畑を歩いていく。しばらくすると水車のある家が見えた。
「おや、いらっしゃいませ」
中に入ると白いシャツの柔和な顔つきの男が笑顔でふたりを迎え入れる。
「おや、お客様ですか?」
「ああけるびむ。この子が例の……」
「あはあとぅの心を継承した女の子……ですか」
「うん。めちゃめちゃ可愛くない?」
「はい」
「殺す」
「はは、私は生きてませんよ」
「こいつ実在の冗談が通じないからつまんないんだよなー。何となく彼女をここへ連れて来たかったんだ。婚前旅行って奴かな」
「そうでしたか」
「他のふたりは?」
「それぞれ自室にいますよ」
「そうか。よし、行こうかいぶ」
いぶは伏美と共に家の奥へと進んだ。
「あの……さっきの方は?」
「彼はけるびむ。このエデンを守り、死者を導く存在。三大天使のひとりさ」
「伏美さんが急に中2臭く……」
「ごめんそこばっかりはしょうがない」
ある部屋の前で伏美は止まった。
「そして、今から会うのがそのふたり目」
彼はノックをして扉を開ける。
「やあせらふぃむ」
「ああん? ……何だええふぇすか」
椅子に座っていた目つきの悪い男が振り向いた。この部屋の主の様だ。
「いぶを連れてちょっとした暇潰しにね」
「こんにちは」
「おう」
「殺す」
「喋るだけで!?」
「いぶ、彼はせらふぃむ。イデアを守護しているんだ」
「こうやってな」
せらふぃむの後ろには無数のディスプレイが壁一面に広がっていた。
「常にこうして監視してるのさ」
「暇そうですね」
「うんぶっちゃけくっっっっっそ暇」
「……? ひとつだけ画面に違う物が映ってませんか?」
「え? あっやっべ! チャンネル変え忘れてた!」
わたわたとリモコンを探すせらふぃむ。伏美もそのひとつを見付けた。
「……君、萌えに目覚めたのか」
萌え絵のアニメが流れていた。
「う、うるせーええふぇす! 萌えはいいぞ! も、萌えはいいぞ!」
「なぜ2回言ったし」
「大体暇なんだよ!」
「AVとか見てなくてよかったよ……いぶ、彼が横浜にいる君を見付けてくれたんだ。心を判別していってね」
「そうだったんですか」
「じゃあせらふぃむ。楽しんでる所邪魔したね……後からちょっと大事な話があるから、また」
伏美はドアを閉めた。
「せらふぃむさん、よっぽどアニメが好きなんですね。上着で隠れてましたけど、中のシャツにも萌え絵が描かれてるのがチラリと見えました」
「多分こないだの夏○ミで買った奴だろう」
「○コミ……何ですかそれは」
「聖戦さ」
「聖戦……」
続いて伏美はせらふぃむの部屋の反対側のドアをノック無しに開ける。
「ノックしないんですか?」
「どうせしたって無駄だから」
室内はカーテンが閉められ電気もつけられていなかった。奥にはパソコンのディスプレイから発せられるブルーライトに照らされ、ヘッドホンをつけた小柄な男が座っていた。彼はふたりに気付かず黙々と何かを手で操作している。男に近付き伏美はヘッドホンを取った。男は驚いて伏美の方を向いた。
「何するんだよいきなり! ……あれ、ええふぇす」
「やあそろね」
「……あ! ……あ~死んじゃったよ……」
「またFPSか」
「いいとこまでいったのに」
いぶはそろねの幼い顔立ちを見た。小柄な体格と相まって、彼女やはなと同じ年頃に見える。
「あれ、お客さん?」
「こ、こんにちは」
「こんにちはお嬢さん、僕はそろね。よろしくね」
「い、いぶです」
「殺す」
もはやお約束である。
「いぶ、こいつにだけは気を付けろ。何度かここを死者が訪れた時に顔を見せた事があるんだけど、この爽やかスマイルの虜になってイデアに残る道を選んだ女性がどれだけいた事か」
「ただ挨拶しただけなんだけどね」
「そろねさんは何のお仕事をしてるんですか?」
「僕? 僕の仕事は太陽系の環境維持。ぶっちゃけくっっっっっそ暇。見る?」
彼は一冊のノートをいぶに手渡す。
『10月5日 太陽も月も平常運行』
『10月7日 太陽の動きに僅かな遅延発生。その影響で月の上がりを若干遅らせる』
「太陽と月の運行記録。おかしい時はちょちょいと手を出してダイヤ調整してるんだ」
「電車みたいですね」
「ちょっと挨拶に来ただけだよ。ごめんね邪魔して」
「ゆっくりしてってねー、いぶちゃん」
伏美はドアを閉じた。
「面白い方々ですね」
「こんなんで世界を支えてて大丈夫なのか……」
お前が言うなである。
「僕はちょっと裏口へ行くから、いぶはリビングで適当にくつろいでてくれないか」
「わかりました」
「……さて」
いぶの姿が見えなくなったのを確認してから伏美は裏口から庭へ出た。そこには豊かな緑に囲まれ大樹が立ちそびえていた。無数の木が組み合わさり出来た「生命の樹」。その大きさもさる事ながら、目を引くのは葉がほとんど無い、酷く衰えている姿。だがある一本の枝にふっくらとした実がたったひとつだけ育ちつつあった。
その日は、もうすぐやって来る。