えわんげりうむ06:狙われたころんしりいず
「くろの餌が切れたから買いに行ってくるね」
そう言って伏美が斉木を連れて出て行って数分。いぶはひとりで留守番をしていた。すると突然チャイムの音がリビングに響く。
「お客さんだ」
いぶは玄関に行きドアを開けた。
外に立っていたのはスーツを着こなしバンダナを巻いた男だった。
「どちら様ですか?」
いぶは尋ねる。
「通りすがりのブックハンターです」
彼はそう答えた。
「ブ……ブックサンタ?」
「違う、そうじゃない逆逆。あげるんじゃなくて取る方」
「そのムッシュ神田さんが何のご用ですか?」
「もう覚える気無いよね。いいよスルーするよ」
「え、いえそんな遠慮なさらずに」
「してねーよ! そっちがボケを遠慮してくれよ!」
「遍路なんてしませんって」
「聞いてねーよ!」
聞き間違いヒロイン、我らがいぶ。
「本題に入ろう。俺はとある本を探してこの街にやって来た」
「とある本?」
「ああ、ころんしりいずっていう本だ」
「ころんしりいず?」
「真っ黒な見た目の本だ」
「真っ黒な……はっ!」
いぶには心当たりがあった。
「ああああもしかしてえっ!」
掃除の日に地下室で見たあの本ではなかろうか。しかし彼女はすぐに伏美の言葉を思い出す。後に聞いたのだが、あの本は人に取られないために地下室に隠してあるらしいのだ。
「知ってんのか!?」
「……いえ全く知りません!」
「嘘つけ」
「ど、どうして嘘だとわかったんですか!」
「バレバレじゃねーか」
「いっ……言いません! 地下室に隠してあるなんて言いません!」
「ありがとう」
「しまったああああ!」
慌てふためくいぶ。
「チョロいな嬢ちゃん」
「……そ、その本をどうするつもりですか!?」
「言っただろ? 俺はブックハンター。狙った本を手に入れる男だ」
「奪うつもりですか……!」
「必要なら力ずくでね」
「……強盗め!」
横浜での悪行を棚に上げる。人の事を言えない。
「家には入れません!」
「あ! 美味そうな肉まんだ!」
「え!? どこですか!?」
「チョロいぜ」
「あああしまった!」
男は隙を突いて伏美家に侵入する。
「本を守るのよくろ!」
「ニャ……ニャッス!? ……ニャーッ!」
いぶに無茶ブリをされたくろは彼の顔に飛びかかって引っ掻いた。
「なっ……こいつ、猫のくせに!」
「ニャーッ!」
キュッ。
くろは毎日手入れされているため爪はほとんど伸びていないのだ!
「めっちゃ気持ちいい」
「しまったー!」
「くろ! 尻尾で叩くのよ!」
ペチペチ。
「めっちゃ気持ちいい」
「ニャニャッニャー!」
「ニャンちゃんはあっち行ってな」
男はくろを放り投げるとすぐに地下室への階段を見付け下りていく。
「待って!」
いぶは後を追った。
「ふっふっふっ……これが伝説のころんしりいずか」
彼女が地下室へ着いた時、彼は既にあの本を手に取っているのだった。
「よう、遅かったな嬢ちゃん」
「……どうやら、力ずくで奪い返すしかなさそうですね」
「お? やるか?」
じっと睨み合うふたり。先に動いたのは男だった。
「あ! 後ろに肉まんが!」
「同じ手に二度は乗りません」
「ちっ!」
「ならば……あ! 後ろにあんまんが!」
「あんまんは好きではありません」
「ちっ!」
「ならばいよいよあれを使うしかなさそうだな……」
「……かかってきなさい」
「……」
「……」
「あ! 後ろにカレーまんが!」
「え!? 何ですかそれ美味しそう!」
いぶは肉まんとあんまんしか知らなかったのだ!
彼女がよそ見をしている間に逃げ出す事に成功した男はそのまま家の外へ行ってしまう。本を奪われてしまった。いぶは騙された事に気付いて急いで追いかける。「逃がしません!」必死に走る。
男の前にはながいるのが見えた。
「あらいぶちゃん。どうしたの、そんなに血相変えて」
「はなさんその人泥棒です! 捕まえて下さい!」
「泥棒!? わかったわ! ここは私の色仕掛けで……! はらり……」
しかし男は華麗にスルー。彼は健全であった。
「ちっ……使えねえなあお前」
いぶは一言吐き捨てた。
「もっと体を磨けよ」
はなは泣いた。
続いて男の前には荒野の姿が。
「荒野君! 泥棒よ! 捕まえて!」
「なっ……! いぶ……! ちっ、違げーし! 別にこの辺りうろうろしてたらお前に会えるんじゃないかとかじゃねーし! 違げーしいいっ!」
頬を赤らめ走り去る荒野。
「馬鹿しかいねえ」
「はっはっはっ!」
いぶをまいた男はひとり高笑いをしていた。
「ついに手に入れたぜころんしりいず! ブックハンター罪に手に入れられねえ本は無え! やりましたぜ先代! 4代目のこの俺がついに悲願を成し遂げましたぜ!」
「さて、では開いてみるか」
シンは表紙を開こうとした。
「よせ」
その時誰かの声が聞こえ彼はつい手を止める。
「中を見たらお前……死ぬぞ」
伏美だった。
「お前は?」
シンは伏美に尋ねる。
「僕は伏美ひろと。その本の所有者だ」
「へえ……そりゃ初めまして」
「急にはなから電話がかかってきたと思ったら……間に合ってよかったよ。もう一度言う。その本の中をもし見たらお前は確実に死ぬ」
「ほう。そりゃ楽しみだ。呪いでもあんのか? 上等だ。呪いが怖くてハントが出来るか」
彼は躊躇わずに本を開いた。
「なっ……これは……!」
本の正体、それは……。
いぶの寝顔写真集だった。
「……何だこれ」
「……見たな。愛しのマイ・スイート・ハニーの写真集を」
伏美がそう言い終えた瞬間、乾いた音が古都神田に響いた。
「!」
血だ。シンはいつの間にか右腕から地を流していた。伏美の手にはハンドガンが握られている。
「! ええっ!? こいつ何て危ねーもん持ってんの!?」
「それは僕だけのお楽しみだ。よってそれを見たお前は殺す」
「伏美様落ち着いて下さい!」
遅れてきた斉木が止めに入る。
「伏美さん! 殺めては駄目です!」
追い付いたいぶも叫ぶ。
「……君がそう言うなら」
伏美はハンドガンを仕舞った。
「それは君が探していた本じゃないのはわかっただろ。さっさとそれを置いてここを去るんだ」
「ちっ……紛らわしい物を……!」
彼の指示に従いシンはいぶ写真集を地面に置き去っていった。
「……あ~怖かった! 神超怖かったんですけど!」
(あんたの方が怖いわ)
「あ~お帰り僕の宝物~んーチュッ!」
表紙にキスをする神。
「キモいです」
こうして、ころんしりいず盗難騒動は幕を閉じたのだった。
……数時間後。とあるすり鉢状の部屋。
「いやー危なかったね」
伏美は安堵の息を漏らした。
「さすがにここはバレなかったみたいだけど」
電気をつける。
ここはアーカイヴと呼ばれる部屋だ。伏美の家の地下室から秘密の通路を行く事で辿り着く事が出来る。明るくなった室内には真ん中にガラスケースが置かれた机があるだけだった。その中にはあの写真集と寸分違わぬ一冊の本が飾ってあった。
「わかりやすいフェイクに引っかかってくれましたね」
斉木は本へと向かう伏美に付いていった。
「いやあれも僕にとってめちゃくちゃ大切な物だけど」
「すいません」
「とはいえ肝は冷えたかな……」
伏美は飾ってある本を見つめた。
「……本当に来てしまうんでしょうか」
「来るさ。悲しいけどね」
「……」
「残念ながら残された時間はもう多くない」
「そろそろ彼らに連絡を取りますか?」
「あー君はいいよ。せらちゃんに夢を通じて伝える様に頼むから」
「……そうですか」
「ま、みんなそろそろだとは思ってるだろうけどね」
「それにしても未だに信じられません。こんな本が……」
「これだけじゃあ何の意味も無いよ」
伏美は斉木の言葉を遮った。
「ころんしりいずは13冊揃って初めてその意味を成す。だからころん『しりいず』なんだよ」
「……そうでしたね」
「……さ、戻ろうか」
「……はい」
ふたりは地上へと戻るため歩き出した。
残された時間はもう多くはない。