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えわんげりうむ05:野球しようぜ!

 いぶが神田にやって来て一ヶ月が過ぎた。はなを含めた子供達は彼女と打ち解け、次第に仲良くなっていった。だがいぶにはひとつだけ気がかりがあるのだった。

「美味しい?」

 晩ご飯のスープを口にしていた少年に、いぶは尋ねる。あの野球のユニフォームを着ている少年だ。しかし彼は彼女の声を聞くや否や無言で立ち上がり、いつかの様にどこかへと去って行ってしまう。

「彼が気になるのかい? いぶ」

 伏美が隣に来て問いかける。

「……はい」

「……」

 その答えを聞き、彼は少しだけ間を置いて言葉を続けた。

「浮気は許さないよ」

「何の話ですか」

「……彼の事は家に帰ったら教えてあげるよ」

「……わかりました。ありがとうございます」

 やがて夕食を終えたふたりは斉木やくろと共に帰宅する。風呂の準備をしている間に伏美は口を開いた。

「あの子はね……」

 いぶは唾を飲み込む。

「やっぱおーしえない」

「……イラッ」

 いぶは珍しく苛立った。

「……伏美さん、真面目に教えて下さい。じゃないと痛い目にあいますよ……」

「お、何? どんな事されちゃうの僕。いいよ、君の愛なら何だって受け入れるさ! ていうか怒った顔も可愛いよ!」

「くろが」

「ごめんなさい虐待はもうやめたげて」

 伏美は少年について話し始める。

「彼は荒野っていうんだ。ここに来た時は文字通り荒れた顔をしていたよ」

「荒野……」

「そこで僕はある話をしたんだ」

「話とは?」

「『イデアのエエフェス』……知ってる人は知っている、おとぎ話さ」

「それは、どんな?」

「んーとね、僕がめちゃくちゃ凄いって事さ」

「はあ……」

「詳しくは志室幸太郎(しむろこうたろう)さんのマイページから飛んでくれ。もしくは神橋つむぎの作品、『AKIRA:2104』の作品ページでも見てくれ」

「誰ですか」

「そんなこんなで彼の心はゼロの状態なんだ」

「そんなこんなでなんですね……」

「ああ、そんなこんなでだ」

「……なら、私が頑張ってその心を揺らしてみます」

「うん、揺らしてあげて」


 翌朝、いぶは再び荒野に話しかけた。例のごとく何も言わずに立ち去ろうとした彼に、今回ばかりはとその肩を掴み呼び止める。

「荒野君! 何か話してくれないの?」

「……」

 荒野は何も答えない。そのまま彼女の手を振りほどき行こうとする。

「待ってよ! ……あ、恥ずかしいんでしょ、私と話すのが」

 すると荒野は足をぴたりと止め、ゆっくりといぶの方に振り向いた。そして……。

「べっ、別に恥ずかしくなんかねーし!」

 彼は顔を真っ赤に染めて叫んだ。荒野はただのツンデレだった。

「はい殺す」

 瞬時に伏美が彼の後ろに回り込み首に手を回す。

「ちょっ、何するんだ伏美!」

「まさか君が恐れ多いツンデレ属性だとは知らなかったよ。いぶをたらしこもうとするその腐った性根は万死に値する。よって神の僕が裁きを下す」

「ちっ! 違う! べっ、別に僕はこんな女なんて好きでも何ともない!」

「何だと貴様いぶを嫌いなのか。じゃあ殺す」

(クソみたいな神だ……)

 斉木が心の中でツッコんだ。

「伏美さん落ち着いて下さい」

 いぶが諭す。

「そうだよダーリン落ち着いて!」

「先生!」

「せんせー!」

「クソ美様!」

 はなや他の子供達も彼を止める。

「おい今誰かどさくさに紛れて僕の悪口言っただろ! おら分かってんだぞ下僕一号!」

「大体、僕はこいつに恨みがあるんだ! なのに、なのにこいつを見ているといつの間にかそんな気持ちが薄れてって、気付けばこいつの笑顔で心が清らかになりつつあり……」

「がっつり惚れとるやないか」

「はっ!」

 話を聞いていたはなが何かに気付いた。

「いぶちゃんと荒野がくっつけば、先生は私の物に……? これで万事オッケーじゃない!」

「ごめん何がオッケーなのかさっぱりわからない」

「私を恨んでいた……? どうして?」

 いぶは無視して続ける。

「僕の父はお前にころがされたんだ!」

 ピシャアン! と神田に雷が落ちた。気がした。

「えっ! いぶちゃんが人殺し!?」

 ざわつく子供達。

「……いや落ち着け。荒野、もっかいお願い」

「こいつは僕の父をころがした(・・・・・)!」

「……?」

 ……は?

「僕はここに来る前、父と京都を観光していたんだ」

「まさかの京都」

「清水寺からの帰り道、坂を下ってたらこいつがいきなり父にぶつかってきた」

「それで転んで大怪我を……?」

「違う」

(違うんかい)

「その時父はちょうどバナナを食べ終えていた……ぶつかった拍子にバナナの皮が手から落ちて、その皮を踏んで滑った」

「それで転んで大怪我を……?」

「違う」

(違うんかい)

「父はそのままバナナの皮に乗って坂道を滑り下りて行った。そして大きな道路に出た時、車が迫ってきた」

「それでひかれて大怪我を……?」

「違う」

(まだあんのかい)

「それを優雅なスピンでかわした父は、それから狂った様にバナナの皮でスケートシューズを作ろうと僕の事を無視して研究に打ち込み始めたんだ……優しかった父が……全部こいつのせいだ!」「……」

(アホやん)

「そう……辛かったのね荒野君」

「いやただのアホやん」

「お前が父を人生から転げ落としたんだ」

「……私は確かに京都にいたわ。けど気が付いたら清水寺の舞台の下に倒れてたの。たったひとりで。それまでの記憶が無いの」

「え、そうだったの?」

 新事実発覚。伏美が尋ねた。

「嘘だ! そんなの信じない!」

「……なら、私をころがす?」

「……」

 荒野は拳を握る。

「僕にもどうすればいいかわからない……父に呆れてこの街に出てきて、お前と再会して……どうすればいいかわからないんだ。だから……だから……野球で決着をつける!」

(何でや)

「望む所よ」

(いぶ、ノリいいなあ)


 かくして、いぶと荒野の野球対決が決まり、一行はドーム球場跡地まで移動したのだった。いぶと荒野がグラウンドに入り、伏美達はぼろぼろのスタンドへと上る。

「かっ飛ばせー! い、ぶ、ちゃん!」

 いつの間にか子供達はタオルを首に巻きメガホンを叩いていた。ノリの良い街、神田。いぶがバット代わりの木の棒を持ち打席に立つ。

「僕の球を一度でも打てばお前の勝ちだ」

 マウンドに立つ荒野が言った。

「三振を取れれば僕の勝ち……いくぞ」

 振りかぶって一球……投げた!

 ボールはキャッチャーを務めていたはなのミットに心地よい音を立てて収まった。いぶは全くバットを振らなかった。

「どうした? 少し速過ぎたか?」

「……」

「……2球目だ」

 いぶは構えを取る。一球目は荒野のボールを確認したかっただけなのだ。所詮は球速132km/hと見た。この程度なら、いぶの類稀なる動体視力で反応出来る。球は見える。あとは風を読めば簡単に軌跡を予測出来る。

 いぶが振ったバットは荒野のボールを見事に捉えた。白球はそのまま大きな弧を描いていき、スタンドに落下した。

「ナイスホームラン!」

 はなが歓喜の声を上げる。

「……負けた……完敗だ」

 荒野はその場に項垂れた。

「荒野君」

 いぶはすぐに棒を投げ捨て彼の元に駆け付ける。

「いい試合でしたよ」

「……これで満足だ。父の事は許すよ」

「……汗を流して絆を強…る…スポ根だ……!」

 意外と古臭い人間、はな。

「さあさあ、仲良くもなったし、みんな帰ろーかー」

 伏美の声を合図に子供達はぞろぞろと動き出す。

「あれ? そういえばくろはどこだ……? まあ、どこかで遊んでいるんだろ」

「ニャ……ニャッス……」

 まさかスタンドを適当にぶらついていたくろにいぶのホームランボールが命中していたとは誰も思うまい。


 そして……。

「……臭う……臭うねえ……古()せえ本の臭いがぷんぷんするぜ……」

 古都を訪れる、黒ずくめの男。

 人は彼をこう呼ぶ。

 本を狩る者、ブックハンター。

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