えわんげりうむ04:お掃除しちゃうぞ☆
いぶが神田に来て数週間が過ぎた、ある日の事。
「お掃除します」
彼女は突然こんな事を言い出した。
「どうしたの突然」
伏美が問う。
「お世話になっているので、そのお礼です」
「いいよいいよそんなの」
彼は顔の前で手を振る仕草をした。
「斉木にでも任せときなって。それ位しか役に立たないし」
「おい待て」
斉木がツッコむ。
「あ、いたの」
「ずっといますよ。住んでるんですから」
「斉木は綺麗好きだから掃除が大好きなんだよ」
「それは否めませんね……」
「……だったら私、役立たずですね……ただの穀潰し……」
「何でお前掃除好きなんだよ死ね!」
(ええ……)
「……でもたまには、人に掃除して欲しいなあ……」
斉木はぼそりと言った。
「……なら、私がしますね!」
「よかったねいぶ。斉木マジふざけてるよね」
「ああもうこの作品では俺は何をしても罵られるポジなのか……」
「お待ちなさ~い!」
その時はなが扉を開けて入ってくる。
「はなさん」
「どうしたの」
「ふふ~ん。先生の匂いがすると思ったらやっぱりそうだったわ!」
「そりゃ僕の家だもの……ていうか君ここ知ってるでしょ」
「いぶちゃん! あなた先生の家を掃除するらしいわね!」
「そうですけど」
「そんな……そんなご褒美一人占めするなんてズルいわ!」
「ごめん何言ってるのかさっぱりわからないよはな」
「私も一緒に掃除するわ! いいわよね? いいんでしょ? いいって聞こえたわ!」
(相変わらず拒否権無え)
「そんなに言うのなら」
「やったー!」
「どうしてそんなに掃除をしたいんですか?」
「え? だってそりゃあ、先生の家の掃除でしょ? 床には先生の髪の毛とか落ちてたりするんでしょ? 自由に拾えるんでしょ? うへうへへへへ……」
「ごめんはな僕も人を嫌いになる事はあるよ……ちょっと不安だが僕は屋上に洗濯物を干しに行くから。斉木は僕の部屋を何としても死守して」
「おう」
「お前露骨に生意気な態度とる様になったな」
「え~っ、何それ!」
「残念だったねはな」
「きっとえっちな本とか隠してるからでしょ!」
「いぶの寝顔アルバムしか無いやい!」
「あなたは仮にも主ですので命令は守りますよ」
「仮じゃねえ真の主じゃ」
「悪り」
「……まあいいか……ふふ……洗濯物……いぶの下着……ふへへ……」
「あんたも同じや……それではふたりは伏美の部屋以外を掃除して下さい」
ついに呼び捨てて斉木は二階へと上がっていった。
「それじゃあ始めましょうか」
「うん」
リビングから始めていく。はなが本棚や窓などを雑巾で拭き、いぶはモップで床を拭いていく。ダイニングテーブルの下にモップを入れると何かに引っ掛かった。
「くろ」
「ニャー」
くろおでぃあすが寝ていたのだ。
「……」
「床終わりましたよ」
「はやっ! ……さすが先生に選ばれただけの事はあるわね……!」
「よく取れるんですよ、これ」
いぶはモップを見せる。
「……凄い汚れてるわね……真っ黒……」
「……ニャ……ニャー……」
「くろおおおおおっ!」
「それじゃあ濡らして絞るので、雑巾がけ手伝いますね」
「ニャッ……ニィヤァァァァッ……!」
「やめい! はっ! ちょっと待っていぶちゃん!」
はなは濡れてしわしわのくろおでぃあすを見つめる。
「どうしたんですか?」
「……ああもうっ、先生の毛がどれかわかんないじゃない! あんた何で黒いのよ!」
散々である。
リビングの掃除を終えたふたりはとりあえずくろおでぃあすの開きを洗濯バサミで干し、キッチンへ向かった。
「シンクは私がしましょうか」
「しっ!」
「?」
「……ああ……先生の匂いが充満しているわ……タッパー持ってきてよかった」
はなが伏美の匂いを保存している間にいぶはシンクに洗剤をつけ、スポンジで丹念に磨き始める。水垢が落ちていき、綺麗になっていくのがわかる。成果が見えると嬉しいものだ。
「いぶちゃん、面白い事しよっか」
泡を水で流す頃はながそう言って手洗い用の石鹸を取り、水が流れっ放しのシンクに落としてスポンジを持った。
「ホッケーよ! 石鹸をシンクの相手側の壁に当てたら1点。10点先取で勝ち!」
「……望む所です」
ふたりのミニホッケーが始まった。石鹸がシンクにぶつかる音がガンガン響く。掃除の途中である事も忘れ彼女達は勝負に熱中していた。そしてはなが勢い良く石鹸を打ったある時、力が強過ぎたのかそれは宙に舞った。そのまま飛び、シンクの上に置かれていた皿の山にぶつかる。一番上の皿が床に落ちて割れた。
「あっ!」
「どうかしたんですか!」
音を聞きつけ斉木が階段を下りてくる音が聞こえる。
「ど……どうしましょう」
焦るいぶ。
「落ち着いて! ここは私に任せていぶちゃんは地下室の掃除に行って!」
「でも……」
「いいから!」
「はい……」
私の事は気にせずに行くのよいぶちゃん……はなは地下室へと急ぐいぶの背中を力強い眼差しで見送った。入れ違いで斉木が現れる。
「さっきの音は何だったんですか!?」
「くろが皿を割っちゃったの! 今罰として外に干してるわ!」
散々である。
一方、地下室に来たいぶは電気をつけた。どうやら地下は書庫の様で、本棚が奥まで並んでいる様だった。
「本……」
何の気無しに彼女は一番手前の棚へと歩み寄る。すると数多の本の中に一冊、不気味な物を見付けた。
背表紙に何も書かれていない。タイトルも著者名も何も。不気味なほどに真っ黒なハードカバーの本……。
「……? これは……?」
思わず手を伸ばした。
「何してるんだい」
伏美の声が突然後ろから聞こえる。
「……ここは立ち入らなくていいって言い忘れてたからまさかと思って来てみたら……」
「あ、伏美さん……気になる本があって」
彼女は怪しい本を棚から引き抜こうとする。
「ストップ」
彼はそれすらも制した。
「……触るのもいけないんですか?」
「……そうだね。それは簡単に触れちゃあいけない」
「……」
伏美の目はいつにもなく真剣だ。
「……わかりました」
いぶは手を引っ込めた。
「……かなり古い本なんだ。だからそれはほんとに触っちゃ駄目」
「……ごめんなさい」
「いいよいいよ。それより、さっさとここから出ようか」
「……はい」
去り際にいぶは伏美に尋ねる。
「あの……どんな本なんですか? あれ」
「……レシピ本だよ」
「レシピ本?」
「そ。すっごい昔の」
「……そうなんですか」
納得した様子で彼を残し彼女は地上への階段を上っていった。
「……ただし、載ってるのは単なる料理の作り方……じゃないけどね」
ひとり呟き伏美は地下室の扉を閉めた。