えわんげりうむ02:古書と猫と新生活
「お邪魔します」
いぶはそう言って伏美邸へと入る。
「遠慮しなくていいんだよ。これから君の家なんだから」
「凄い……段ボールじゃない……!」
「普通はそうだよ。ああ、これからここがふたりの愛の巣となるんだな。うきうき新婚ライフの始まりだ」
「あの、伏美様。私もいるんですが」
と斉木。
「……お前今日でクビ」
「……ならしょうがありませんね。私の隠しフォルダーにあるあなたの秘蔵写真をお母様にリークしますか」
「ごめん僕が悪かったそれだけはほんとにやめて」
伏美の両親は未だに子煩悩なのである。
「本が沢山ありますね……」
いぶは部屋にある本棚を見て言った。
「本は嫌いかい?」
「いえ……好きです」
「……もっかい」
「好きです」
伏美は何かをポケットから取り出す。
「頂いちゃいました! 目覚ましにしよっ!」
レコーダーだった。
彼女はごそごそと本棚を物色し始める。
「何か気になる物でもあった?」
「男の人の部屋には女性が肉体美を晒した本があると聞きます。それが無いのかと」
「生憎だが僕は君以外興味無いよっ!」
すると何かの気配を感じ、いぶは身構える。正体は黒猫だった。
「……猫? ……あ」
驚いた拍子に手に取っていた本のページを破いてしまった。
「あーいいよ、古い本だからしょうがない」
「すみません」
「古書も結構ありますからね」
斉木も一冊手に持つ。ビリッ。
「あ……」
「おいてめー何しやがんだぶっ殺すぞ!」
「何この差」
「この子はペットのⅣ代目くろおでぃあす・慈英・くろふぉおど」
「くろ……何です?」
「三代目くろおでぃあす・ジョンソウル・しろふぉおど・ぶらざあず」
「何です?」
「ゴダイゴ……何だっけ。誰だよこんな長い名前付けた奴!」
「あんたや」
「とにかく、くろって呼んでやって」
「ニャー」
「うふふ……可愛いですね」
いぶはくろの頭を撫でようと近付く。
「シャー!」
「……」
「珍しいな、人見知りはしない子なのに」
「ニャー」
「斉木にでさえなつくのに」
「あんた私をどんだけ見下してるんですか」
「ニャー」
「くろ」
斉木が猫の名を呼ぶ。
「ニャー」
「くろ」
続けて伏美も。
「ニャー」
「……くろ?」
いぶも呼んでみる。
「シャー!」
「……」
「シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー! シャー!」
「……」
「尋常じゃないくらい威嚇してるね」
そのまま窓から飛び出していくくろ。
「待って下さい!」
いぶは追いかける。
「ほっといてもその内帰ってくるのに……」
「でも、猫に好かれようとするいぶめちゃめちゃ可愛くない?」
「可愛いです」
「殺す」
「誘導尋問!」
ぼろぼろの神田の町を走るいぶは類稀なる脚力ですぐにくろに追い付いた。黒猫は野良犬に絡まれているのだった。
「わんわん! ばうばうわん!」
「ニャー」
「わんわんわんばうわう!」
「ニャー」
「わふぉ? ……ばうばうわんわん!」
「ニャー」
「わわんわんわんわわんわんわん!」
「ニャー」
「わん!」
「ニャー」
「わわうわうわお!」
「ニャー」
※訳:
「おいてめえよくもそんな堂々と俺様の縄張りを
走れるな」
「そ、そんなの僕の自由じゃないか!」
「うるせえ! 飼い慣らされた肥え猫が!」
「ちゃ、ちゃんとジムに通ってるよ!」
「何こいつ! さらりとセレブアピールしやがっ
て!」
(※台詞の数が合わないとか言わない)
くろに襲いかかろうとする犬に、いぶは道端の小石を投げ付けた。それは見事犬の体に当たり犬は10mほど吹っ飛ばされてしまう。
「はっ! つい力の加減を……!」
いぶの肩力は類稀なる物だった。くろは茫然と立ち尽くしていた。
数分後、いぶの帰りを待っていた伏美達の前に彼女がくろの首根っこを掴んで現れる。
「ただいまです。仲良くなりました」
「持ち方っ! いぶ持ち方!」
「ね? くろ」
「ニャッス!」
「うふふ。可愛いですね」
「ニャッス!」
(くろが今まで聞かせた事が無い声を出して見せた事が無い敬礼の仕草をしている……)
こうして、くろと仲良くなれたいぶの新しい生活が始まったのだった。
「ふふ。くろはもふもふして、撫でると気持ちいいですね」
「ビクニャッス!」
「喜んでる」
「ニャ……ニャッス!」
(撫でられて緊張する猫っているのだろうか…)