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えわんげりうむ08:古都神田の激闘

 秋も深まる頃。古都神田解放区の食堂は今日も子供達の声で賑わっていた。いぶはすっかりその輪の中に溶け込み、彼らも彼女をはなに次ぐ第二の母として慕い始めていた。

「はーい次ー」

 野菜を取り分けていたはなが馴れた声を出す。彼女の呼びかけに対して大抵はやんちゃな声が返ってくるのだが、今度は反応は何も無い。はなが顔を上げると見知らぬ老人が立っていた。

「あら、おじいちゃん初めてね」

「ああ、よそ者は駄目かな? お金ならあるが……」

「お金なんて結構よ。いぶちゃーん、お吸い物入れてー」

 いぶに指示を出す。それを聞いた男がぴくりと反応した。

「……いぶ?」

「はいおじいさん、お待たせしました」

 間を置かずに現れた黒髪の少女を見て彼は目を見開く。

「おお……いぶ……!」

 彼はいぶの手をがしりと握った。

「いぶ……いぶじゃないか……! こんな所におったのか……!」

「……? あの、こぼれちゃいます……」

「いぶ! 私だ! 倉嶋だ!」

「……あの、私は乙姫様では……」

「違う! 浦島ではなく倉嶋! ……まさか、覚えとらんのか……?」

「もしかしておじいちゃんいぶちゃんの知り合い?」

「知り合いも何も、私は……」

「チェストオッ!」

「ぶはっ!」

 言葉の途中で横から伏美の鉄拳を受け、倉嶋は道路に倒れ込んだ。

「こんの色ボケくそじじいがっ! 僕のフィアンセに何してやがるっ!」

「そんな、先生ったら私のために……もう、こんな人前で……恥ずかしい……ぽっ」

「違うはな、君のためじゃない。いぶ、怪我は無いかい。それとも外科医?」

「くそつまんないです伏美さん」

「斉木め……余計な切り返しを覚えさせやがって」

「なっ……何をするっ! 突然!」

 倉嶋が立ち上がった。

「あなたがマイスイートハートをナンパしてたからでしょう」

「何だとっ……!? 私は……! おや……? まさか、ひろと君か?」

「……? あなたは……倉嶋博士?」

「そうだ、倉嶋きいちだ! いやあ、久し振りだなあ、ひろと君」


「私はいぶを捜していたのだ」

 食卓に着いた倉嶋は話し始めた。

「……どういう事です?」

 向かいに座る伏美が尋ねる。

「いぶは私が作ったのだよ」

「……? 作った……? まさか」

「そう、この子は新人類、ぜのいどだ」

 倉嶋は彼の隣に座るいぶを見て話を続けた。ばんっ! と伏美は突然机を叩く。

「そんなっ……倫理はどうした!」

「倫理などはこの際置いておいた」

「なぜっ!」

「だってこの作品ギャグだし」

「……それもそうだ」

 倉嶋の言葉を聞き彼はすっと冷静になり再び席に着く。

「あの、先生。ぜのいどって何?」

 倉嶋の横にいたはなが質問をした。

「簡単に言うと、従来の人間とは似て非なる遺伝機構を持つ全く新しい人間だよ」

 倉嶋が答えた。

「……難しい」

「要するに僕達はみんな人間1号。いぶは人間2号って事」

「今年の初め、私といぶは京都を旅行していたんだが、清水寺に行った時に彼女とはぐれてしまってな」

「はあ……でも、何でいぶは記憶を?」

「……恐らく、だが」


~回想~

「きいちゃん、私、大舞台から飛び降りてみたいわ」

「はっはっはっ、そんな事したら大怪我するから駄目だよいぶ」

「も~うっ、きいちゃんの意地悪っ☆」

「おっと、ちょっとトイレに行くからここで待っておくんだよ」

~回想終わり~


「そしてらトイレから戻ったらいぶの姿は消えていた。恐らく私がいない間に舞台から飛び降りたんだろう。捜そうにもあの人混みだ。思う様に動けず、完全に見失ってしまった」

「……それでいぶは記憶を失いさ迷いながら横浜へ辿り着いたのか……とりあえず、僕のいぶとイチャイチャしてたみたいですし、殺していいですか」

「何だと……? いぶはそもそも私が作った子だ。私の物だ」

「いーや僕は前前前世からいぶを捜し始めたんだ。ぶきっちょな笑い方を目がけてやって……」

「それ以上はやめい」

「私が生み出した理想の女性、それがいぶだ! いぶには私の元に帰ってきてもらう」

「人拐いとはこの犯罪者め!」

「ブーメランって知っとるか」

「いくらあなたがパパの知り合いだからって、僕だってそう簡単にいぶを渡す訳には……はっ! 待てよ!」

 伏美はある事に気付いた。

「いぶを作り出したって事は、つまり……お義父さん、娘さんを僕に下さーーーーいっ!」

「君にお義父さんと呼ばれる筋合いは無い! って何を言わせるのだ!」

「ちょっと嬉しかったくせに」

「……! とにかく、娘は……じゃなかった、いぶはやらん!」

「そんな、私の事で争うのはやめて! 先生、おじいちゃん!」

「元から君の話は全くしてないよ」

「だったら……私を賭けて勝負してもらうしかありませんね」

 いぶがにやりと微笑んだ。

「そうするしかない様だね……って何で君が提案してるの? どっちでもいい感じなの?」

「ちょーっと待ったーっ!」

 すると誰かが話に割り込んできた。

「そ、その勝負、僕も参加させてもらう!」

「荒野」

 野球小僧、荒野である。

「べっ……別にいぶにいて欲しいとか思ってる訳じゃないんだからな! 面白そうだから参加するだけだからな!」


「それでは! いぶちゃん争奪バトルロワイヤルを開催します! 実況は私はな、解説はいぶちゃんでお送りします!」

「よろしくお願いします」

 いつの間にかマイクやスピーカーが準備されており、古都神田の路上でははながうきうきしながら喋っていた。

「出場しますはこちらの3人! まずは我らが……いや、私の伏美ひろと先生!」

「いや僕の全てはいぶの物だから! ……負けないよ!」

「続いていぶちゃんのお父さん、倉嶋きいちおじいちゃん!」

「はっはっはっ、いぶは私がもらう」

「最後はツンデレ荒野!」

「ツンデレじゃねーし!」

「さあ、それでは早速試合を始めたいと思います! 第1回戦は……」

「野球だろ!」

「筆記テストです!」

「まさかの!?」

「女の子を守るには知性が必要。従ってこれから3人にはキュー大入試レベルの問題を解いてもらいます」

「く……いぶに関するテストなら100点取れる自信があるのに…!」


 そして。

「得点発表! 先生88点! おじいちゃん92点! 荒野2点! よって1回戦の勝者はおじいちゃん!」

「くっ……僅差で負けた……!」

「くそっ、野球なら勝てたのに!」

「続きまして第2回戦!」

「野球だろ!」

「早押しクイズです!」

「またクイズかい!」

「いぶちゃんがこれから問題を読み上げるので、答えがわかった人はおてもとで机を叩いて答えて下さい!」

「あ、ボタン無いのね。割り箸なのね」

「それでは第1問! ででん!」

「パンはパンでも食べられないパンは……」

 荒野が即座に机を叩く。

「荒野!」

「野球だろ!」

(何でやねん)

「ぶっぶー」

「ちっ!」

「間違えた荒野にはこの問題の解答権はもうありません! それではいぶちゃん、続きをどうぞ」

「はい。パンはパンでも食べられないパンはフライパンですが、私が好きなパンは何でしょう」

 今度は倉嶋が叩く。

「おじいちゃん!」

「フランスパンだ」

「ぶっぶー」

「何? あんなに好きだったじゃないか!」

(しめた! いぶは記憶を無くす前の事は覚えていない! 僕の勝ちだ!)

 伏美が勢いよくおてもとを打ち付ける。

「先生!」

「いぶが好きな人は……この僕だ!」

「ぶっぶー」

「はっ! しまった! つい問題を間違えた!」

「正解は、はなさんが作ったパンでした」

「いぶちゃん……!」

「え、唐突なユリ?」

「さあ、第2問!ででん!」

「く……」

 まだほとんど問題文が読まれていない段階で誰かが机を叩いた。

「はい荒野!」

「いや無理だろ!」

 ツッコむ伏美。

「野球だ!」

「ぴんぽーん!」

「9人対9人で競う、ボールとバットを使うスポーツは何でしょう、という問題でした。正解は野球です」

「くっ……荒野め、運のいい奴だ……!」

「2回戦はこれまで! 勝者は正解数1の荒野! 続いてファイナルラウンドです!」

「え、もう!?」


「女の子を守るには何より力が必要! という訳でこれから3人には肉弾戦をしてもらいます!」

「急に武闘派だな!」

「このファイナルラウンドの勝者には大逆転間違い無し! 500ポイント贈呈!」

「ポイント制だったっけ!?」

 もう何が何やらである。

「それでは……ファイッ! カーン!」

「ふっふっふっ……今こそこの特製ドーピング剤を……」

「死ねえっ!」

 倉嶋が注射器を出している間に伏美は全力で彼の顔を殴った。

「ぶはあっ!」

「おじいちゃんダウン!」

 瞬殺である。続いて伏美と荒野の一騎討ちとなる。

「荒野……子供だからって容赦はしないよ」

「おう! いくぞ伏美!」

 伏美に向かい走り出した荒野の手からすっぽりとグローブが抜けた。それはそのまま重力に逆らい、彼の顔面に激突する。

「ぶっ!」

 荒野は倒れ気絶してしまった。自滅である。

「ふふ、荒野、悪いが神の力を使わせてもらったよ」

「おおっと! 超能力で荒野をノックアウト! 勝者は先生……! いや違う!」

「!? 何!?」

 しかし、勝利を確信し油断していた伏美の後ろから起き上がった影が彼を襲う……!

「なっ! 倉嶋博士!」

「ふっふっふっ……負ける訳にはいかんのだ……」

「おおっとおっ! どうやらおじいちゃんはまだ倒れてはいなかった様です! ひとりの女の子を賭けて闘う男達……燃えますね、解説のいぶちゃん!」

「そうですね……わっ!」

 その時マイクで話すいぶの手元に突如くろが飛び込んでくる。

「ど、どうしたのくろ」

「ニャー!」

「え? ……きゃっ!」

 くろを追って大型犬がいぶ目がけてダイブしてきた。この黒猫、また絡まれていたらしい。

「! いぶっ!」

「! ひろと君!」

 伏美は倉嶋を無視し彼女の元へ向かった。

「あ、伏美さん。もう、このワンちゃんびっくりしました」

「持ち方! いぶだから持ち方!」

 だが心配無用、いぶは類稀なる反射神経で犬を難無く避け瞬時に首を掴み上げていたのだった。

「さ、お行きなさい」

 大型犬はいぶから解放されると怯えた様に逃げていった。

「……ひろと君」

「あ……博士、すいません。続きを始めましょうか」

「いや……私の負けだ」

「え?」

「いぶの類稀なる運動能力ならあれしきの事など何ともないとわかっていた」

「……それが?」

「だから私は全く動じなかった。だが気付いたのだ。本当に愛する者ならそれでもすぐに駆け付けようとするべきだったと……いぶは君に預けよう」

「……博士」

「……時々、会いに来てもいいかな?」

「……はい、もちろん」

「いぶ」

「! はい」

「ここでの暮らしは楽しいかい」

「……はい」

「そうか……では、私はこれで失礼する事にするよ。邪魔をしたね」

 服に付いた砂埃を払い、荷物を持つと手を振って去っていった。

「パパ……」

 倉嶋の背中を見送るいぶの声は少しだけ淋しそうにも聞こえた。

「……これでお義父さんの許可も得たし、あとはもう結婚するだけだね!」

「む~! そんなの私が許しませ~ん!」

 はながぷんぷんと不機嫌な顔をして伏美を引っかき回す。それを笑いながら身を守っていた伏美はこう思っていた。残念ですが、僕達はもう二度と会えないんですよ、博士……。

 この世界は、もうすぐ壊れてしまうんですから。


 そして、群衆の中から戦いの様子を見ていた青年がぼそりと呟いた。

「神……」

 次回急転直下の最終回。

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