パンツ見られた。
世の中には不思議なこともあるものです。
パンツを見られてしまった。
ここは王立魔法学園のすぐそばの坂道。
季節は春。天気は晴天。わたしの周りには朝の登校の道を黙々とあるく女子生徒達。
去年は胸膨らまし夢をカバンに積めてスカートをふわりふわりとはためかせ登ったこの坂道も、非情なる学生生活に一年も身を沈めてみれば進級の階段からずり落ちてからの落第からの退学への恐怖の影に日々恐れる日々。めぐりめぐる季節は一人の初心な一年生をやさぐれた二年生にしてしまっていた。
それはともかく。
パンツを見られてしまった。
坂の下を通る道をあるくおっさんに。
いけないのは誰?
あんぐりと口をあけたおっさんか? はたまた気まぐれな春の風の精?
それとも大海を超えた向こうで一羽ばたきをしたゴージャスな蝶のせい?
なんか坂を上っていたら、急に風がぶわっと吹いてきて制服のスカートの前の方がぶわっとまくれて、押さえつけたらお尻のほうがぶわっとまくれて、自分のしっぽを追いかける子犬のようにわたわたとスカートを押さえまくっていたら。
あんぐりと口をあけているおっさんと目が合ってしまった。
見られた?見られていない?
いや……見たなっ!
わたしの目がきらりと光ってそう目で問いかけたら。
おっさんは顔をぎこちなく反時計回りに巡らせた。
絵に描いたような挙動不審にわたしは確信する。
このオッサンの脳みそのシナプスの森の中にわたしのパンツの仮象が息づいている!
ちなみに「仮象」とは昨日読んだ小説に書いてあった単語だ。
覚え立ての言葉を使うのは素敵なことね。
わたしがそう朝起きたらベットの下でぐしゃぐしゃになっていた単行本のことを思い出していたら、おっさんに動きがあった。
反時計回りに巡らせていた顔がぴたりと止まり、一瞬だけ坂の上のわたしと視線を交差させた後、くるりと回れ右をした。
そして、ダッシュ。
年の割には非常に短距離走のフォームでスーツを翻してアスファルトの道を走り出した。
絵に描いたような逃亡。ちゃんと通りすがりの主婦にぶつかり、車の前に飛び出し急ブレーキ音とばかやろーと言葉を浴びせられるのを忘れない。
堂に入った逃亡ぶり。
だからわたしは。
「むぁてー!」
と叫んで追いかけることにした。
◆◇◆
どれくらい走ったのだろうか?
おっさんは案外足が速く、また体力も人並み以上あったらしく…‥いやこの体力とあの身のこなしは少なくともわたしが知っているおっさんではない。
走っているうちにどんどん学園とは反対側の古いビルが立ち並ぶ旧オフィイス街の中に入り込んでしまった。ここは太陽がビルに遮られて年中薄暗い場所だ。たしか一つ向こうの通りはいわゆる夜のお店が連なっているはずだ。
普段は魔法学園の制服でこんなところなんか来ない。というか普段着でもこんな所には来ない。
なぜここにいるのか。おっさんが逃げ込んだからだ。
はっ!
殺気というか臭気のようなものを感じ、後ろへのバックステップに合わせ視線を上に向けると。
全裸のおっさんが降ってきた……。
いろんなものが見えた。
ビルの屋上からビル間の隙間を飛び移りながら、時たまフェントを駆けながらこちらに向けて一瞬で迫ってくる。
わたしはそのフェイントに体勢が定まらず、動けない。
やばいっ!
そう思って顔の前で腕をクロスさせて、目をぎゅっとつぶった。
なんか色々と想像したくないものが自分の身体に触れてしまう……というか、まず最初にすごく痛いだろうなぁ……。
「危ない、エリカ!」
いろいろと身体的にも精神的にも身構えていたわたしは、しばらく待ってもなにも衝撃が加わってこないことに不思議にも思いながら、ゆっくりと目を開いた。
「あ、あれ……
あっ! 幼なじみで今は別の学園に通っている間真一君!」
「お、おぅ…っ、なんかいつも通りだな。」
目を開くとわたしの前の前に独りの私服姿の男子がおっさんと対峙していた。
おっさんの両手を間君の両手ががっぷりと押さえ込み、たまに繰り出されるおっさんのキックに堪えていた。
「あ」
その背後にトートバックが落ちている。
中身が一部地面にはみ出していた。
派手な真っ赤なドレスと、ブロンド長髪のウィッグ。
ここは「夜の街」から一本奥に入った薄暗い通り。
立ち並ぶビルの一室では、夜な夜な私たち乙女には想像がつかない秘め事が営まれていることだろう。
愛と欲望の形はいろいろある。
「……そう、だったんだ……」
「は?」
「シンイチ、わたし応援するから。
果てしないオカマ坂を駆け上がるキミを……」
おっさんの攻撃に耐えながら足下に向いている私の視線を追っていく間真一15歳。
トートバッグからはみ出た物体を見てぎょっとなる。
「違う! これはそんなんじゃ‥‥へぶっ!」
おっさんからいいパンチをもらい時事面に転がるシンイチ。やばい、わたしをガードするものがなくなってしまった。
どうしようか、と思うとオッサンはその場でシャドウボクシングを始める。どうやらパンチの余韻に浸っているらしい。
「誤解だ‥‥…それは誤解だ。エリカ」
地面に転がりながら呻くように声を漏らすシンイチ。
「え、だって……」
わたしは全裸でシャドウボクシングをしているおっさんを視界に入れないようにして、地面に落ちたトートバッグからはみ出た金髪ウィッグと真っ赤なドレスを見た。
「あれは俺のじゃない。
……親父ものなんだよ」
必死のシンイチの弁明にエリカは固まった。
「……ソウナンダ」
無表情と棒口調で返すのが精一杯だった。
「いや、いや違うっ!
あれは親父が愛人に着せるために持っているもので、けして親父にそんな趣味があるわけでなくて……、親父衣装にこだわる派だから……、あ、愛人といってもだな、オレはあの人のこと認めているし……あの人とても優しいんだ。母親と違って、オレのことをちゃんと理解しようとしてくれていている……なんか、尊敬できる人なんだ……でも母親のことも嫌いじゃない、ただあの人オレを愛しすぎているから……」
「シンイチの家庭が複雑だってことはよくわかったよ」
もうちょっと放っておけばもっといろいろ暴露してくれるかな、と思ったが状況が状況なので止めにした。
全裸のおっさんはシャドーボクシングを中断して、やれやれいう風に肩をすくめた。わかるぜ少年、世の中ままならないなと語るかのようなその表情は、イラっとくるを止められない。キャント★スットッピング★イラットクル。
「あ、ありがとう……」
シンイチがおっさんに思わずお礼を言うと、おっさんはいい笑顔で返した後、さてもうひと仕事とでもいう風に、ビルの壁面を駆け上がっていった。
確認するが、おっさんは全裸だ。
「逃げられた……?」
◆◇◆
「勝負パンツって、知ってる?」
「はぁ?」
「たとえば、こんなの」
「ばか、スカートを捲ろうとするな」
二人はおっさんのケツを見失った後、行き先に心当たりがあるとの妙に自信ありげなエリカを先頭にして朝の商店街を歩いていた。朝のこの時間、開いている店はまばらだ。
例のトートバックは私服姿のシンイチの肩に掛かっている。
「いやー、実物見せた方が早いかなーって。もう大丈夫だと思うし」
「こんな人の目のあるところでスカートまくり上げて何が大丈夫なんだよ。
言葉だけなら知ってる……なんかスゴイんだろ? ウッフーン的に」
「うん、スゴイと言えばスゴイかなぁ……」
シンイチは何かに気づいてぴたりと足を止める。
「……ちょっと待て、いま履いてるのか?」
「そうだよ」
振り返ってエリカ。スカートも心なしかふわりと翻る。
「そうだよって……いま、エリカの通っているのは女子部で……いや、教師?
そもそもエリカに彼氏とかいたか?……、いや……固定観念に捕われてはダメだ……
パートナー、そうパートナー……愛とは……愛って何だ」
ぶつぶつ何か独り言を言った後、うむと頷いた後。
シンイチはエリカの肩を何かを悟ったような顔でぽんと叩いた。
「ともかく、相手が法律とか条例の餌食になるような事は止めろよ」
「よくわからないけど、
シンイチが何かを勘違いしていることだけはよくわかったよ」
エリカはジト目だ。
「だいたいさー、見せる相手って女子校の同級生だしー、
たまに上級生にも見せることあるけどさー」
ノンノンと指を左右にふるエリカ。
「……性獣?」
「そこからいい加減離れろ」
ぱしっとエリカがシンイチの額を叩く。
「だいたいさー、これって魔法学園女子部の伝統的な慣習だしー、
みんなやってることだしー」
ミンナヤッテイル。
「……やっべ、何か興奮してきた」
ぱしぱしぱしっとエリアはシンイチの額を叩く。三回。
「んー、どこから説明したらいいか」
こめかみを指先でぽんぽんとたたきながらエリカは再び歩き出す。
シンイチはその後を追いかける。
「できるだけわかりやすく頼む」
シンイチの額はちょっと赤くなっていた。
「女子校ってさー、女の子同士で下着の見せ合いとかするんだよねー」
「ああ、漫画で読んだことがある」
「カワイイネーとか、ウケル―とか、ツヨソーとか、サイガイーとか
言い合いっこするの」
「へぇーそうなんだ。……サツガイ?」
「でね、
……戦争が始まるの」
「あ?」
「パンツに封じられた魔物を使役して
乙女の戦いが始まるの」
「ははっ、
付いて行けねぇー(笑)」
「魔法学園女子部被服専攻科は元々は王宮所属の特殊部隊『満抗』の暗器開発工房を祖とする。有史以来彼らが創り上げた魔術工学と被服秘術を組み合わせた数々の暗器は何人もの王族貴族の命を奪いまた救ってきた。歴史の裏舞台の主役であり、また歴史の闇に封じられた秘術集団『満抗』。魔法学園の創設メンバーにその『満抗』の関係者がいたという。その秘術は被服科の生徒に密かに受け継がれ、闇をまた赤く染める時を待っているのだ――」
「付いていけねぇーって言ってるだろっ!」
「ってのは嘘で、三年ほど前に徹夜続きの先輩が
『パンツに召喚魔方陣を埋め込むのってイケるやんっ! ついでにバトルや!』って」
「妙なハイテンションでやっちまったんだろうな……」
「それが学校行事に組み込まれてちゃって」
「ははっ」
魔法学園ならやりかねん、とシンイチは思った。
「今日がその日なんだけど、
わたし楽しみだから家から召還魔方陣入りのパンツはいてきちゃった」
「プール授業日の小学生かよ」
「でも1つ問題があったの……」
「なんだよ」
「パンツを裏表反対にはいてきちゃった」
「うわっ、恥ずかしー」
「だから、パンツを見る人に召喚獣が乗り移ることに……」
シンイチはエリカの告白に頭を抱えた。
「説明しろ。わかりやすく、簡潔に」
「普通はね、パンツと皮膚の間に魔獣が召喚されて『こんにちわ』するんだけど
あっ……あっちゃんとか『女子のポケット○ンスター』とか言ってるかな、
でもでも、ふーみんの『男の娘』っていう一発芸も捨てがたいかな、
でも、もさっとするのは嫌だからデリケートゾーンのお手入れはみんな真剣だね、
あはっ、やだぁ男子の前で恥ずかしー」
「簡潔に話せって言ったろ!」
「あのおじさん、パンツに封じられてた魔物に乗り移られちゃった……(汗)」
「(汗)じゃねぇよ!、どーすんだよ!」
「落ち着こうよ、シンイチ」
「お前こそもっと焦ろよ!」
「トートバックから金髪ウイッグがはみ出てる」
「はっ!」
シンイチは慌ててトートバックの中にウィッグを押し込んだ。
エリカは立ち止まり、すぅっと息を吸った。
「おじさんに乗り移ったのは……バジリスク」
「うん?」
トートバックを再び肩に担ぐシンイチ。
「だから、見た者を死をもらたす凶暴な大蜥蜴……
その姿を見ただけで人はショック死するを言われるわ」
「たしかに全裸のオッサンに出くわしたらショックだろうな。
……というか乗り移られたから全裸になったのか」
死にはしないと思うが、目の前に突然現れたら精神的なトラウマになりそうである。
「アレは人間には止められないわ」
「止めろよっ!
おっさんに人生を返してやれよっ!」
「……仕方が無いわね。
大丈夫、手はあるわ」
エリカはにこっと笑う。
「そんな善意の第三者ような……えっ」
何故かシンイチは身震いをするのであった。
◆◇◆
「あの魔物は学園でのバトルのために喚ばれたもの。
だから本能にあの場所に還ることが刻まれている……」
商店街を抜ける。
そこには。
「なんか悲鳴があがっているんだけど」
高い塀に囲まれた魔法学園女子高等部があった。
「そりゃ全裸おっさんが飛び回っているんだから」
「ああ、やっぱりそうなんだ……」
耳をすますと、わー、きゃーと女子特有の甲高い声が聞こえてくる。
高い塀に阻まれてなかをうかがい知ることはできないが、時々爆発音がするのは気のせいではない。
エリカは肩がけのバックの中をごそごそとやっている。
「警備員が……」
「無理無理。あのバジリクスがそんな弱いわけないじゃない」
「警察が……」
「無理無理。うちの学園、世間様に見せられないものいっぱいあるから」
「じゃ、軍隊……」
「無理無理、うちの警備員が軍隊からの引き抜きだから」
一周してしまった。
「じゃ、どーすんの?」
「それは……あった、あった」
自分のバックからなにやら取り出したエリカは、こほんと咳をする。
「お願い、リッチになって」
くぱぁ、とショーツの内側を見せつけるように広げるエリカ。
リッチ。それはアンデットの王の名。
ようするにすごく強いゾンビである。
ショーツ。それは下半身に着用する女性用・女児用の下着を指す名。
バックから取り出したところを見ると予備の下着らしい。
「断る」
「何故」
パンツの内側を見せつけるようにじりじりと近づくエリカ。
距離を置くように下がるシンイチ。
再度確認するがここは朝の女子校の前である。
「リッチというこは死人だろ?
実際に死にはしないだろうがすごく嫌な予感がする」
「でもでも、使い魔の形にしないと女子部の中に入れないし」
「人を巻き込むことに躊躇のないお前が恐ろしい」
「幼なじみだから、仕方が無いよね」
「いつから幼馴染イコール奴隷になったんだよ」
「えっ」
「えっ」
「……とにかく、モンスターに対抗できるのはモンスターだけなのよ」
「お前も一種のモンスターになってるぞ」
「……ぐぬぬ」
パンツを構える女子と身構える男子。
商店街の店先からその様子をほほえましく見ている老人達。
婆さんや、時代は変わったのう。
いやだよーお爺さん、魔法学園の生徒はいつもあんな感じでしょうに。
そして、エリカとシンイチの間にある均衡が崩れる。
「……ちょっと、早く金髪のウィッグを拾ったら?
バックから落ちてる」
視線でシンイチにかつらが落ちている位置を知らせるエリア。
「んなぁ!」
当然シンイチはそのエリカの視線の先――彼の背後に顔を向ける。
キラリ、とエリカの目が光る。
「ああ、どこだ!?」
シンイチの視線の先には地面だけ。金髪ウィッグなんてどこにもない。
そのとき一瞬だけ世界が薄暗くなってように彼は感じた。
一瞬にして彼はその薄暗くなって原因と、罠にはまったことに気づく。
ウィッグなんてどこに落ちてはいない。おそらくトートバックに収まったままだろう。
それをエリアは視線と表情であたかも落ちているように演じた。
何故か。答えは簡単。
エリカから視線を外させるためだ。
彼女は商店街の中で彼がウィッグに関して大きく動揺し冷静さを失うのを見て、奥の手として使えると確信していたのだ。
やめろ。シンイチはそう言おうとした。
彼に影がかかっていた。
それはパンツを頭上に掲げておおきくジャンプして彼を襲うエリカの影。
勝負は一瞬。
「ゲットだぜぇぇぇぇぇぇ!」
商店街の老人達の鼓膜にエリカの雄たけびが響いた。
◆◇◆
そして魔法学園女子高等部の正門受付に一人の女子生徒が現れる。
もう授業が始まっているので生徒通用門は閉まっているのだ。
「ん? ああ、もう授業は始まってますよ。
そちらは? ああ、使い魔ですか。一応このゲストカードを見えるところにつけて……いや、そこじゃなくて普通に胸ポケットのほうに。
ああ、遅刻理由書をもっていってください……」
初老を迎えた警備員は制服の下のみなぎる筋肉をぴくぴくと動かしながら、遅れてきた生徒を受け付けた。そしてその使い魔にゲストカードを渡す。
生徒と使い魔が門を通り過ぎると警備員はおおきくあくびをした。
こうして、頭に女子用花柄ショーツをかぶったシンイチはエリカに連れられて女の園に入ることができた。エリカの使い魔という身分を得て。
彼は泣いていた。
体が勝手に動いているのだ。エリカの命令のまま動いているのだ。でなければ変態スタイルで女子高なんぞに入るものか。
自由意思の一部死亡。これが死者――リッチになるということか。
欠けた理性と体中を渦巻く魔力波動とパンツが放つ洗剤の香りが混ざった内世界に翻弄されながら彼は歩く。
涙は頬を伝い顎に達する。
その口元はちょっとだけ吊り上がっていた。
◆◇◆
校舎内はさながらベットのない野戦病院のようだった。
廊下には幾人もの女子生徒が倒れていた。
ある者は廊下に臥し、ある者は壁にもたれたまま呆然と座っており、ある者は隣の女子生徒の胸をもんでいた。
その中を厳しい顔で進むエリカ。
「おい、大丈夫なのか?」
エリカの後をひょこひょことメルヘンな足裁きであるくシンイチ。かなり場違い。
口だけは動く。
「バジリスクにあてられたようね……魔力をすっかり使い果たしている」
「どうして反撃しないんだ?
ここの生徒なら魔法の1つや2つ……」
「考えてもみて。
バジリスクに対抗するにはパンツに封じたぐらいのモンスターでないと無理なの」
そこでエリカはふぅとため息をついてシンイチの方をみた。
シンイチはパンツを被っている。
「……見ず知らずの変態親父の前でスカートを捲ってパンツを見せるなんて
そんなはしたないこと乙女な魔法学園女子ができるわけないじゃない……」
「おまえさっき、自分からスカートまくって見せようしたよな」
シンイチのメルヘンな足取りがさらに軽やかになる。
このままエレクトリカルパレードに乱入して叩き出されることができるくらいだ。
ヤメロー、ヤメローッテイッテンダロ。
妙に甲高いとぼけた声でシンイチが抗議する。
「……いったいどこにいるのかしら」
甲高い声は無視してエリカは廊下を見る。
するとその廊下の向こうから一人の女子生徒が駆けてきた。
「エリカ―、先輩が早く来てって!
変態おじさん、エリカじゃないと無理だってぇー!
……あっ」
となりにいる使い魔のシンイチをみてその女子生徒の足が急ブレーキをかけえる。
「……変態がもう一人」
!?
その言葉を聞いたとき、シンイチの中の魔力波動が大きく波を打った。
なんだ? ……これがオレの力?
「エリカー、この人パンツ被りながらシリアスな顔してるんだけどー」
恐る恐る近づいてくる女子生徒。
エリカは苦笑しただけだった。
◆◇◆
女子生徒に連れられてはやってきたのは体育館だった。
「包囲網を崩さないで!
あれはエリカのモンスターだからエリカにきっちりカタをつけさせるのよ!」
スカートの両端を持ちながら指示を出すメガネとボブの委員長スタイルの女生徒。
はいっ、答える十数人の女生徒。某歌劇団のような歌声のような返事だ。
なんだか体育会系演劇部の部活のような雰囲気だ。
実際宙を飛んでいる生徒もいる。
「ごめんシンイチ、今日体調悪く学校休む……」
「ニゲルナヨー」
因みに女生徒の輪の中に例の全裸おっさんがいる。
どう猛な野獣のよう垂れ下がった瞼奥の目を光らす。
「いい、フェイントよ。フェイント。
見せるようで見せないパンチラガード『パンツはいてない』メソッドを徹底させるのよっ!
こうすればあのおっさんの動きを封じることができる」
てきぱきと指示を出す委員長スタイルの女生徒。
「……ふふっ、こんなところで深夜アニメの知識が生かせるなんて……あっ! エリカ!」
その委員長の一言で、体育館内の女子生徒の視線が一斉にエリカに向けられる。
ついでにおっさんの目もエリカに向けられる。
身体の向きが半分出入り口の方に向いていたエリカはあわあわと視線を中にさまよわせた後、
「みんな待たせたわねっ!
もう大丈夫よっ!」
と、言い切った。
女子生徒の方に身体の向きを変えたエリカからは嫌な汗がだらだらと流れていた。
「ウワァ……」
シンイチはその豹変に引いた。
全裸のおっさんは呆然としている。
「どうしよう、変態の濃度が高くなってる……」
一人の女生徒がそう呟くと、女生徒たちはおろおろと顔を見合わせた。
おっさんは顔をぐりんぐりんしている。
「さぁアイツを倒すのよ!
シン……」
「ウワァァァァ!」
エリカが口にしようとした自分の名をかき消すように走り出すシンイチ。
もはやヤケクソだ。
応じるおっさんは体をパチパチと叩き気合いを入れる。
――戦いは壮絶を極めた。
なんていうか、視覚的に惨かった。
全裸おっさんの脂肪をぷるんぷるんさせた華麗なステップを上に繰り出される打撃と、
ヤケクソで構えもなにもあったもんじゃない力任せのパンツを被ったシンイチの打撃が
ペチンペチンと音を立ててぶつかりあっているのだ。
力だけがもの凄い子供のケンカだ。
見ているのが辛くなってくる。
「埒があかない……」
そんな光景をエリカは苦々しく見ている。
確認するが、こうなった元凶はコイツである。
「……リッチの濃度、死の濃度が低い?
もう、なにやってるの! シンイチ!」
全裸のおっさんと対峙していたパンツを被った少年はウワァァァンと雄叫びを上げた。
「エリカ、シンイチってあの真一君?」
女生徒の一人がエリカに近づいてくる。
「そう、わたしの幼なじみの間真一君」
ウワァァァン
涙を流しながら放ったパンチがおっさんにクリーンヒットする。
よろめくおっさんは慌てて距離を取る。
「えっ、あのパンツ被っている変態って第三小のシンちゃんなの?」
さらにもう一人女生徒が加わる。
「うん。わたしと小学と中学まで一緒だったけど、
魔法が全然ダメで普通高校に行った第三小のシンちゃん、
第二中のシンシンこと間真一十六歳が
あの花柄パンツを被って汗だくで全裸のオッサンとくんずほぐれずをやっている変態なの!」
ウワァァァァァーン!
シンイチのパンチとキックが徐々にオッサンの鉄壁の防御を破りつつある。
オッサンはたまらず両手を組み合わせてつきだし、魔弾を発射した。
シンイチは飛び退いてその攻撃を待避した。息が上がり、涙と鼻水でぐちょぐちょである。
「やはり……死の濃度が上がっている。
だからリッチとして能力が徐々に強くなっているのね……」
何かを合点したように、エリカは手を顎に当てて目を光らせた。
「死の濃度をもっと上げれば……もっと強くなる?
死、どうやって濃度を……はっ!」
全裸のおっさんは魔弾を打ち始める。かわすパンツ男。
体育館の壁に当たる度にそこが小破壊されている。
魔法学園の体育館らしく、何らかのアンチマジックの仕掛けが施されているようだ。
「みんな! スマホを取り出して!
写真アプリを立ち上げてっ!」
エリカが大声を出して体育館中の女生徒に呼びかける。
「エリカ、なにを!」
スマホを取り出しながら委員長スタイルの女生徒は呼びかける。
「こうするっ!」
右手を突き出してオッサンと対峙するシンイチに向ける。
手の甲に紋章が浮かび上がる。
「キャスト・オフ!」
女生徒がエリカが何をするのかを理解して、全員マジで?!という顔をする。
理解していないのはオッサンとシンイチだけだ。
シンイチは虹色の光に包まれた。
女生徒達はスマホを構え、写真アプリを立ち上げる。
準備は整った。
すぱーん。
「あ、あ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
解かれるリボンのように服がはだけ、シャツがはだけ、トランクスがはだけ―――。
―――それ以上は何もなかった。
「裸っ……!」
委員長スタイルの女生徒は無意識のうちに写真アプリの撮影ボタンを押していた。
ピピーン、カシャーッ、という音がなった。ちなみにピピーンはオートフォーカス音、カシャーはシャッター音だ。
レンズの向け先は何故か頭に被ったパンツだけが残った全裸のシンイチ。
それにつられるように他の女生徒のスマホからもピピーン、カシャーという写真アプリの音が。
音の為ないアプリの使い手もいたが、それは今は些細なことだ。
「みんな、シンイチを撮って――え、ええ? もう撮ってる?」
自分の指示よりも先走った女生徒たちに戸惑うエリカ。
「エリカ、これに一体どんな意味が?」
委員長スタイルの女生徒が問いかける。ただし撮影キーを押す動作は止めない。
エリカはすっとシンイチの方を指さす。
全裸のオッサンは自分と同じく全裸になったシンイチに戸惑ったようだが、気を取り直してもう一度魔弾を打ち出す。
シンイチは避けることもせずにその攻撃を受けた。
オッサンは驚愕した。シンイチの身体には傷一つ付いていないのだ。
再び連続して打たれた魔弾に対しても無傷のままのシンイチ。
「何が……?」
「死の濃度が上がったの。
……シンイチは完全に死んだの。パンツを被って全裸になった姿を大勢の女性とに撮られることによって。
――シンイチは社会的に完全に死亡したのよ。
もう誰も彼を止められないわ」
委員長の問いかけにエリカはドヤ顔で答えた。
しつこいようだがもう一度確認しておく。全てコイツが原因である。
魔弾は絶え間なくシンイチに対して打ち続けられ、さすがのバジリクスおっさんも息が上がってきてしまった。
爆煙が晴れる中、ゆらりゆらりと歩いてくるシンイチ。
彼は泣いていた。
もはや人間とは思えない深い闇をたたえた目から、赤色の涙を流しながら。
おっさんは初めて恐怖した。
いろいろなところが縮み上がった。
ピピーン、カシャー。ピピーン、カシャーと女生徒たちの写真アプリの音は止まらない。
「マホウガクエンパーンチ……」
シンイチは何気ない呟きのような声と共に、握りしめた右手を何もない空間に軽く突きだした。
その右手から膨大な魔力があふれ出して束となり。
そのままおっさんに向けて発射された。
オッサンは驚愕に目を見開いたまま、身体にその魔力を打ち込まれた。
そしてそのまま後ろに吹き飛ばされてしまった。
後に残ったのは、破壊された壁とその中にうずくまる意識を手放したおっさん。
うぁぁぁぁ!と女生徒達は勝利の歓声を上げる!
エリカは近くにいた女生徒に抱きつかれる。
だけどエリカの表情は硬いままだ。
シンイチが意識を失ったおっさんを一瞥した後、ぐるりと顔を回しエリカの方を見る。
「シネ……」
エリカの防御魔法の生成と、シンイチが発する魔弾が打ちこまれるのはほぼ同時だった。
「暴走?!」
女生徒は状況の急変にわけがわからず、悲鳴をあげて体育館の出入り口に殺到する。
その間にもエリカはシンイチからの魔弾を受け続けた。
「何故なの? シンイチ!」
「そりゃ普通怒るでしょ……」
防御魔法を張るエリカの後ろの出入り口に避難した委員長から冷静な言葉が入る。
一拍間を置いてふぅーと息を吐くエリカ。
「何故なの? シンイチ!」
「……」
どうやら、触れるなということらしい。
「シネ……シネ……」
何度も魔弾が撃ち込まれるが、エリカはそれを全て防御する。
「過ぎたる力は身を滅ぼしてしまうのね……」
「原因あんただけどね」
「どうしよう……」
「とりあえず何か着せるように命じたら?
目のやり場に困るから。アレ」
「うう……」
魔弾をサブマシンガンのように打ち込むシンイチは全裸であった。
真っ正面から見て改めて意識したエリカの顔は真っ赤だ。
「とりあえず、服を着ろぉぉぉぉぉー!」
「エリカ、それって……」
エリカがとりあえず投げたもの。
それはシンイチのトートバックに入っていたもの。
金髪のウィッグと真っ赤なドレス。
それらが虹色に輝き、
またシンイチの身体も虹色に再び輝く。
◆◇◆
―――悪い夢を見ていたのでしょうか。
おじさんが救急車の中で目覚めたとき、そう語ったそうだ。
自分が職場に向かう途中で倒れたと聞いたときは、残業続きでついに過労が祟ったかと思った。ストレスが過剰すぎて、ついにストレスを感じることができなくなったとき、体が悲鳴を上げたのだろう。
通りすがりの魔法学園の女子生徒が介抱と救急車を呼んでくれてして助かったのは幸運だった。
ちょっとゆっくり休みますよ。
妻も娘も心配していることだろうし。
その言葉を聞くと、救急車に付き添いで一緒に乗り込んだ魔法学園の女教師はやさしく微笑んだ。
その笑みは、学園内の生徒の不始末で変態にされ、かつ体育館内で吹き飛ばされた哀れな被害者を「無かったことにする」仕事をうまく完遂できたことがもたらした笑みだった。
決して労りの笑みではない。
―――悪い夢を見ているようだ。
ピピーン、パシャー。ピピーン、パシャー、という聞き慣れた音によって目覚めたシンイチは、自分の姿を見てまた夢の世界に戻ろうとした。
シンイチは感覚でわかってしまった。自分は金髪のウィッグを着て、真っ赤なドレスを着ていることを。なぜならそれはとても慣れた感覚だからだ。
暴走状態になったシンイチはエリカによってウィッグとドレスに融合させられた。
着せられた、とも言うことができるが。
不思議なことにそのことで彼の暴走は止まった。
「ヤバイ……こんなモデルの人いそう」
シンイチは丸められた体育用マットに半身を預けるように座っている。
その顔の前を女生徒がメイクセットとともに鼻息を荒くしている。
こんな時自分は何を言えばいいんだろう?と彼は自問した。
とりあえず笑おう。そして言葉は自然と付いてくるだろう。
彼は笑った。
そして言葉が口からあふれてくる。
「キャシーですっ♪」
メイクセットを持った女生徒の鼻息が止まった。
その後ろでエリカはああ、と何かを納得したように手をぽんと叩いた。
現在、学園中に引き釣り回され女生徒たちと記念撮影大会になっている。
生徒とパシャり、教師とパシャリ、食堂のおばちゃんとパシャリ。
この写真はこの学園の思い出として彼女たちの心に永久に残るだろう。
「この男の娘ヤベェェェェェ」という決して消えない思い出として、あるいはこの学園の伝説として語り継がれていくだろう。
シンイチの恥ずかしい姿は永遠となった。
幼なじみのエリカはシンイチの耳元で囁いた。
あのドレスと金髪ウィッグで、なんか測ったようにシンイチのサイズにぴったりだったよね。でもでも、それってシンイチのものじゃないんだよね。わかってる、わかってる。そういうことにしたいんだよね? 暴走状態だったシンイチが女装することでプロ意識に目覚めてそれが暴走を止めたなんて馬鹿馬鹿しいことなんて無いってことだよね。わたし聞いたことがある。風俗業に勤める女性は店の勝手口の前でリアルの自分を捨てるって。それと同じ事が商売服を着けた源氏名キャシーに起ったなんてありえないよね、わかってる。誰だって秘密の一つや二つ持っているもんだし、ね。
わたし、シンイチのこと理解しているからっ。
―――シンイチの心は気持ちよい音を立てて完全に折れた。
◆◇◆
一方、応急処置を終えた体育館では女生徒が集まっていた。
「―――さて、皆さん。
遅れましたが今日の試合を始めましょう。
今日は残念なことにエリカさんは欠席ですが……」
委員長スタイルの女生徒は体育館の壇上に上がって宣言する。
暗幕が引かれた体育館にはかすかな光しか入ってこない。
数十人の生徒達はこくりと頷き、足音を立てながら輪を作りように散らばった。
ポジションが定まったことを互いに確認し、皆で互いに一礼をする。
そして、制服のスカートの端を持ち上げ準備を完了する。
魔法学園女子高等部。
今日もスカートの下の戦いがはじまる――。
自慢ではありませんが、これまでの人生で私は一度もパンチラを見たことがありません。




