5 正体
小十郎がはつを伴い戻ってくると阿梅が慌てて建物から飛び出してきた。
「おはつっ。どこへ行っていたのです。心配したではないですかっ」
「申し訳ありません。姉上」
阿梅は改めて小十郎に振り向いた。
「殿にも心配をおかけして、……申し訳なく」
「いや、阿梅殿、気になさるな。元は私の短慮のせいだ。この子に槍の稽古を提案したのは私だし」
「そんな」
「阿梅殿」
小十郎は困っている阿梅に問いただした。
「何故、おはつ殿に槍を禁じたのです? どうしてそこまでお怒りになられた」
「それは」
阿梅は困ったように俯き頭の中で理由をあげていった。
「江戸の目にとまったら事ですし、……」
「そんな事を気にすることもありません。第一、おはつは女ではないですか? 男だったら少し面倒になるかもしれないが」
「女ではないのです」
小十郎の言葉におはつはすぐにはっきりと言った。それに小十郎はすぐに認識できなかった。
「おはつっ」
阿梅が慌てておはつの口を封じようとした。
今、何か言ったか?
小十郎は眼を丸くしておはつを見つめた。
「姉上、もうよいでしょう。ここまでよくしてくださった片倉家に嘘をつくのはよくないことです」
ひどく狼狽している阿梅にはつはまっすぐに見据えて答えた。
「それはどういうことだ、おはつ殿。それよりもそなたはそこまで喋れたのか?」
随分変な言い方だが、今まで引っ込み思案で言動が乏しかったおはつはどこか大人しめで凛としていた。
「はい、姉にそうしろと言われたので、いつまでも人見知りで喋るのが苦手な少女を演じてきました」
「何故、そうする必要があった」
「私が女じゃないからです」
同じことをもう一度聞き、小十郎は考えた。
女じゃない。ということは……。
あたりまえのことであるが、それを尋ねた。
「男なのか?」
小十郎の問いにはつは頷いて答えた。
「はい。私は、真田幸村の二男・大八です」
「ああ」
阿梅は頭を抱えその場に崩れ落ちてしまった。
「おまえはなんということを……」
せっかくここまで隠し通していたことをここですべてダメにしてしまうとは。
「このまま大きくなっても男が女だと誤魔化すことはできません」
おはつ、いや大八は苦笑いして阿梅に言った。
おはつは女ではなくて男で、しかも真田幸村の正室腹の真田大八。
要点をまとめながら小十郎はまだ実感がわかなかった。
「いや、その……」
混乱してどういっていいのかわからなかった。
人払いした部屋に小十郎と阿梅、阿菖蒲、おかね、そしておはつと名乗っていた大八が向き合って話をした。
ようやく話がまとまって落ち着いた小十郎が口を開いた。
「いや、しかし、驚いた。おはつが男だとは全く気がつかなかった」
考えれば槍の捌き方には幼い少女の枠を超え、武家の男児と比較してもひけはとらなかった。むしろ女にしておくには惜しい腕だと本当に思っていた。
本当に男だったとは。
「真田大八は死んだと聞いたが」
確か大坂夏の陣が終わった頃、京にて彼の死体が見つかったという情報が入った。
「それは京で死んだ行き場のないまま死んだ孤児の死体です」
華の都といわれる都には大勢人が集まる。
そうした所の影には乞食、孤児が端っこで静かに生きているのは珍しいことではなかった。
京でなくても人の集まる場所の端っこにはきまってそういった光景がある。しかし、誰も気にせず眼にもとめない。
「京の川辺には死体が転がっている場合があります。しかも、大坂で戦があったというからさらに物騒で、死体が乱雑に転がっている場所があります。父に仕えていた忍びの者がその中で私によく似た背格好の子供の死体を見つけ、顔を石で潰し、私の着物を着せて私の死体だと偽ったのです」
「印字打ちの石合戦で死んだという噂はその顔を誤魔化すためだったのか」
大八はこくりと頷いた。
情報によると、あの死体の懐には刀がさしてあったと聞く。六文銭の紋のついた見事な脇差しが。
それがあったため徳川の者は真田大八の死体だと信じ込んだのだ。
「あの脇差しは偽物だったか」
「あれは本物です」
大八は悲しそうに笑った。
「徳川の眼をごまかすためどうしても本物を死体の脇に差す必要があった。けど、幼い私はそれを拒んだ。あの脇差しは父から頂いた唯一の宝なのです。でも」
大八はちらりと恨めし気に姉たちを見つめた。
それに阿菖蒲が付け加えるように説明した。
「私が無理に脇差しを引き離したのです。大八の危険が少しでも減ればと思い」
おかげで徳川の目を誤魔化すことに成功した。
「このままどうするつもりでした」
今は幼い子であるが成長すれば男とばれてしまう。
「成長前に仏門に入れようと考えていました」
阿梅の言葉に小十郎は納得した。
「しかし、随分思い切ったことをする。男を女と偽って」
「申し訳ありません。恩のある片倉家に嘘偽りを言うなど」
阿梅はかしこまって頭を下げた。
それに倣い妹弟たちも一斉に額を床にこすり付ける勢いで頭を下げた。
「いや、怒っているわけではない。むしろ感心しているのだ」
阿梅の大胆さに改めて感じ入ってしまった小十郎であった。