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乙の子  作者: ariya
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4 出奔

 小十郎はいつものように屋敷に戻るとそこで困ったような顔をしているおかねの姿があった。


「何があった」

「殿……」


 おかねが慌てて膝をついた。そこまでしなくてもよいと小十郎はおかねを立たせる。


「何があったのだ?」

「その……」


 青ざめたおかねは言うべきか言わぬべきか迷った。


「言わねばわからんぞ」


 小十郎はずいっと前に出ておかねに何があったか再度尋ねた。真面目な表情で小十郎に問われおかねはつい答えた。


「はつが……」

「おはつ殿がどうした」

「はつが時折殿と人気のないところで会っていると家中で噂になっておりました。二人はただならぬ仲ではないかと。姉様がはつに問いただしたのです。はつが殿から槍を習っていることがばれて、姉様が怒り出して。はつが怒っていなくなってしまったのです。どこを探してもいないので……」


 おかねは震えながら両の眼に涙をため出した。


「家の者はこのことを知っているのか?」


 おかねは首を振った。


「いいえ、言ってはおりません。私たち姉妹だけで探しております」

「何故いわない。そなたら三人だけでは見つからんだろう。どこを探してもいないということは、外に出ているやもしれん」

「ですが、これが江戸にばれては殿に迷惑がかかります」


 小十郎はそれを聞き笑った。青ざめるおかねの頭を撫でてやった。


「まだ幼いお前たちがそれを案じる必要はない」


 ここで騒ぎになって江戸の徳川に広まっては姉妹に危険が及ぶ。まだ徳川による大坂方への捕縛命令は緩められていないのだ。


「お前たちは気にするな。江戸には何とでも誤魔化してみせる」


 安心させるように言うが、それでもおかねはふるふる首を振り続けた。


「なるべく騒ぎにならぬように探す。心配するな」


 そういい小十郎はおかねの傍を離れ、事情を知っている信頼できる家臣や侍女に言い探させた。門兵に聞いた家臣が戻って小十郎に知らせた。おはつは堂々と門を抜けたのだという。


「何でも奥方様のお使いとかで……」


 それで通したというのだ。小十郎は家臣の数人に命じ捜索に出た。


「よいかなるべく騒ぎにするなよ」


 真田の娘を匿っているということが江戸にばれては事だ。

 家臣たちは頷き、散り散りに城下を探し回った。

 街中でおはつに似た人相の娘を見たという者がいた。

 その者の話を聞くと街を出て南の方へと向かったという。

 急いで馬を駆け、彼女を追った。

 道の向こうでようやくおはつを見つけた。おはつは歩をとめ道の脇にある川をじっと眺めていたようだ。


「おはつ殿っ」


 おはつは振り向き、驚いた。


「何をしている。危ないではないか。まだ幼い娘が遠くへ出ては危ない」


 すでに戦のない世の中になったとはいえ、まだ物騒なのだ。夜になると夜盗も当然現れる。


「どうか私に構わないでくださいっ」


 馬を下り、おはつの手を握ろうとしたらおはつはそれから逃げた。


「殿とあのように噂になるなんて思いもせず、でも、よく考えればそうなるとわかっていたのに、自分の短慮さが情けないです」


 おはつの喋り方が今までとは違い明らかにすらすらしたものであった。


「気にするな。あれは私のせいだ」

「いいえ、おかげで殿と奥方様にあらぬ心配をかけたのでやはり私はここにいてはならなかったのです」


 小十郎が近づこうとしてもおはつは後ずさりをして逃げる。


「戻ろう。姉たちが心配している」

「殿、どうか姉上たちをお願いします。私はこれ以上迷惑にならぬよう消えます故」

「消えてどこへ行こうというのだ。まだ幼い子供がどうやって生きる」


 さらに近づこうとして、おはつがまた逃げる。そして。


「あ」

 おはつは足を踏み外し、後ろへ倒れていった。後ろには先ほどまで彼女が眺めていた川が流れていた。


「おはつっ」


 小十郎が急いでおはつの腕をとったのだが、間に合わず二人ともそのまま川に落ちてしまった。流れはかなり緩やかなものであり、二人が溺れるということはなかった。


「大丈夫か、おはつ殿?」


 小十郎の腕にはしっかりとおはつを抱え込んでいた。おはつは恥ずかしそうに顔を赤らめて、叫んだ。


「も、申し訳ありませんっ。殿を川に……」

「いや、そなたのせいではない。ちゃんと引っ張れなかった私に落ち度がある」

「落ち度とかそんな、そもそも私が落ちそうになったから殿が助けようとして」


 申し訳ありません。と何度もかしこまっておはつは謝った。


「申し訳ないと思うのなら、共に片倉家へ戻ってくれるな?」


 小十郎はにっこりと笑っておはつは困ったように言う。


「私はまた殿に迷惑をかけるかもしれません。噂のことも。今のように川に落としてしまったり」

「気にするな。噂は私のせいだ。よく考えればあんな人気のないとこへそなたを連れ込めば誰でも変に思うだろう」


 小十郎はそう笑いはつの髪をなでて優しくささやいた。


「帰ろう」

「でも……」

「気にするな。それとも私が嫌いか? 片倉の家がそんなに嫌か?」

「そんなことはありませんっ」

「なら」


 帰ろう。


 小十郎はぎゅっとおはつを抱き絞めて笑った。

 おはつはこくりと頷いた。

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