おおかみと ありし日の月明かり
ふわふわで可愛い狐の子に、変わったないでたちの猿坊主、なんだかヘンテコな奴らだが、自分しか知り合いのいなかった凛が友達を作って仲良く出来ているのを見て少しホッとした。
「おいお前ェ〜あいつ彼女なんだろ〜ほっといていいのかよォ〜」
とやや間延びした口調で話しかけてきたこいつは中学からの友達である白根悠介といい、まあなんというか、いつもちょっと軽い調子のやつで、こいつは鳥人って呼ばれる、両腕に翼を持つ種族で、ついでに言うとカラスらしく、変なところで頭が切れる。
凛は彼女というには……少し元気すぎる。むしろあいつは親友なんだ。
だが、あいつは自分しか知り合いがいない……何故なら凛は鬱蒼とした山の中、一人で暮らしていたからだ。
僕が中学生の時、修学旅行のイベントとして山登りに行ったんだが、この山が割と本気で、結構ハードだったのだ。岩肌むき出しの細い足場とか、「落ちたら死ぬ」とかいう看板があって、中には道と奈落の底が膝くらいの高さにロープが張られて区切られているだけの区間もあった。この危険な場所から早く離れたいという焦りと、鬱蒼とした木々が落とす影で薄暗くなった森の中というのが相まって、うっかりコースを外れてしまったのだ。先生の作った地図は大雑把で、携帯も圏外だったのでどちらも役に立たず、仕方がないから小さな小川を辿って山を下ろうと思ったんだ(後から知ったんだが、小川を下るのは急に滝になったりするから危なくて、むしろ頂上に向かって登っていった方が他の人と合流しやすいこともあるとか)。
その時だった。少し開けた川のほとりに、一糸纏わぬ姿で凛が立っていたのだ。
すらっとした身体にやや小ぶりな胸、そして何より水を吸ってもさもさした尻尾がすごく印象的だった。凛はやや怪訝な顔をして僕に近づいてきて……
「えと……おきゃくさん?」
「い、いや……」
僕は目のやり場に困ってしまった。山の中で暮らしているから運動しているのだろう。余計なものなどないスラリとして引き締まった身体に、しなやかな筋肉が鍛えられて備わっていて、年は自分と同じくらいなのに逞しくみえた。ただそれだけならいいのだが、上に方に目をやれば胸が少し膨らんでいて、その上に少し大きめのピンクのでっぱりがちょこんとのっかってて、慌てて下の方を見ればキュッと絞られたお腹と幅広のウエストとのギャップにちょっと毛が生えた以外は何にもないところ……
まあとにかく、身体は鍛えられているようで、どこを見ても女の子で、それに加え、すごく興味深々に目を爛々と輝かせてこちらを見つめてくるので、すごくドキドキして参ってしまった。
「迷ってしまって……」
二の句を継ぐのに少し時間がかかった。
「それは大変だったね。だいぶ疲れているみたいだから、うちで休んでく?」
「え、いいの?ありがとう!」
初めて会ったばかりなのに家で休ませてくれるなんて。
彼女の家はそう遠くは無いと言っていたが、少し高い所を選んで住んでいるらしく、道のりは坂が多かったので休み休み歩くことにした。
「ねえ、キミってなんていうの?」
「僕は青木敬之って言うんだ。」
「へえ、タカユキ……かあ。わたしはリン、リンっていうの。」
リンと名乗る彼女は頭のてっぺんに耳が、お尻からは尻尾が生えている。人間のようで少し違う種族なのだろうか……と考えていると、
「なあに、ジロジロ見て。」
なんか訝しい目で見られている気がする。僕そんなに見てないよッ!
「あ、気になる?気になるんだココ…」
えっ……!?
「はい尻尾!ちょっと水吸っちゃってるけど、乾くともふもふだよ〜。」
見事な艶のある黒色の毛に覆われた尻尾を、股の間から前に出して見せてくれたのだが……
「あ、びっくりした?尻尾……人間には無いもんね〜」
いや、大事な所が丸見えなんだヨ!!やばいって!!
だが露骨に目を逸らすのは良くないし……見なきゃ……いや見ちゃいけない……
結局尻尾を触らせてもらうことになったが、ふさふさ触ってるうちに「あっ……」とか「やっ……」とか「うはは、くすぐったいよぉ〜」とか声を上げるので凄いドキドキして落ち着けなかった。
しばらくしてリンはお茶を持ってきてくれた。なんでも裏の小さな畑から採ってきたようで、たまに山に山菜を採り、うさぎなどを狩りに行くらしい。
リンは思ったよりも良くしゃべるので、話が面白くてどんどんと時間が経っていった。しかし、リンは一人でここに暮らしているようだが、寂しくないのだろうか……
なんてことを考えていると、日が暮れてきた。
そろそろ道を尋ねて、帰り道を教えてもらおうとしたら、今日は帰らず休んだほうがいいよと言われたので、お言葉に甘えて泊めてもらうことにしたのだ。
しかし寝るときもリンはすっぽんぽんだった。寝床はちょっと狭かったので、ふにふにとした柔らかい身体が背中に当たって、ふとんのあったかさ以上にリンの体温を感じる。
なんだかリンがぴとっとくっついてくる……腕をまわしてぎゅっとしてきて……背中になんかふたつのふくらみが……
ふと耳元に小さな囁き声が聞こえた。
「おとうさん……行っては……行っちゃだめっ……」
その夜なんか複雑な気分であまり寝付けなかったのもあるが、ごうごうという風の音に目が覚めてしまった。
真っ暗闇の中、目を凝らすとドドドドと激しい水の流れる音が聞こえてくる。
雷の音も聞こえてきて、暗闇も相まってとても心もとなくなってきた時、リンが隣から声をかけてくれた。
「雨が強くふってて、さっきの川があふれているみたい。でも大丈夫だよ。この時期はいつもこうなんだ。」
リンは何時ものことのいうが、今の説明にぞっとした。リンに会わずに沢を下っていたら今頃どうなっていたのだろうか……!!
夜が明けて、昨日の雨が嘘のようにからっと晴れ上がり爽やかな風が吹いている。
お世話になったお礼にと、リンに、何かしたいことってないかって訊いてみた。
「そうだね……わたし、ちょっと街に行ってみたいな〜
でもわたし着るものないし、掟みたいなのも全然知らないし……」
確かに今のなりだと色々といや沢山の問題があるので……
「じゃあ、この服をあげるよ」
といって、上下のウィンドブレイカーを差し出した。
「え、それ……ないと困ったりしない?」
「大丈夫だよ、これ上着だから。ちょっと寒いけど、君を見てたら気にならないよ」
「え、いいの?やったあ!ありがとう!」
きゃっきゃとはしゃぐリンは何だか子供みたいで可愛いい。
でもよく見るとリンはしゅんとしたように耳が垂れている。
「あの……もし、また会えたら、このお礼はきっとするね」
「別に気にしなくていいよ、君は僕の恩人だから」
「今は帰らなくちゃいけないけど、また来るよ」
二人は再び会うことを約束して別れを告げた。
「おいおい、ぬああぁにぼうっとしとるんじゃあ!!」
「うぉおっ!!」
「お前、なんかぼーっとしてると思ったら顔赤らめたりして、なんだなんだァ!?」
どうやら昔を思い出しているときにぼーっとしていたらしい。
「もしかして……凛ちゃんのハダカでも……思い出してたのかなァ?」
「い、言うなーっ!!」
「カカカカ!的中しつぁったぁ!俺様TENSAI!」
まあ、凛は今でもたまにリビングで風呂上がりのまんまのカッコで寝ている事があるから困る。父さんもその状態で凛とコーヒーで飲みながらおしゃべりしている事があるから大したもんだ。
「そういや凛ちゃんとお前って同居してたよなァ。お前ら二人、なんか無いの?
「なんかってなんだよ!?」
「なんかはなんかだよ。お前ら互いにネンゴロなんだろ。俺はねーちゃんとなんかあったがな」
「エーーーーッ!!ウソだろオイ!!」
思わずびっくりして声を上げてしまった……
「……青木くん、我輩の授業に二人揃って興味が無くって、それでコソコソと喋っているというシチュに、その声量はふさわしくないのではないか?喋るならもっと蚊のような声でコソコソとしゃべりたまえ。」
#
「ねーちゃんとあったって、お前んちヤバいな……」
怒鳴る先生よりよっぽど恐ろしい先生の授業が終わったと思ったら、青木の方が少しドン引きしたような目でこっちを見ている……
「あったって、え、あるだろ……」
「ねーよ、僕一人っ子だけど姉とそのヤるなんてあり得ないだろ!?
それってキンシンじゃん!!」
あーなるほど、やっとわかったわ。
「そんな事をするわけねーだろ。あ、洗いっこだよ、その……うん……」
あー口に出すとあの地獄が思い浮かぶ。3人のねーちゃんに互い違いにアチコチゴシゴシされるという……脇の下とかめっちゃくすぐられて、笑い殺されそうになってヤバかったんだ。あと他には……カレシにあげるからって謎温泉卵の味見させられたり(良妻である事のステータスなんだってさ)、女装させられてなんか色々弄られたりした気がする。
「あ、洗いっこか。それならやったことあるなー」
「やっぱそうだよな」
「ああ、いつか忘れたけど田んぼで遊んでたら二人泥だらけになっちゃって、このまま帰ると絶対叱られるからって、そばにあった川で互いに洗い合ったんだ。」
あーっ、クソッ、いいな……俺も洗いっこなら彼女としたかった。いねーけど。
しかしこんなに仲良いのに、どうして放ったらかしにしているんだろうという疑問を、窓から差し込む光の中に淡くけぶらせながら、退屈な授業の狭間を過ごした。