おおかみと はじめての学校
俺たちが今日から通う高校、野々村高校は山の中腹に位置し、正門は市街地に面しているが、裏には深い森が広がっているようだ。
正門の前の長い坂を登る。最近の運動不足もあって息があがってしまうが、凛のへっちゃらな顔をみて、少し情けなくなった。週末は運動しなきゃだな。
野々村高校は獣人が多く集まるだけあって、背が高い栗毛の髪をやや逆立てた馬っぽい奴や、金髪と黒髪のしましまメッシュで目の鋭い虎のような女の子とか、色んな奴らがいて、見ていて飽きない。
いろいろ見ているうちに昇降口が見えてきた。なにやら人だかりが見える。どうやらクラス分けが掲示されているようだ。
「敬之、あれ何?」
「あれは、クラス分けだ。」
凛はこの歳で初めて学校に通うから、そのシステムがよく分かっていないのだ。
凛は小中学校を出ていないのだが、父さんは学校のエラい人と面識があるらしく、入学できるように手配してくれた。
俺は凛にクラスについて説明をすると、凛は早速自分のクラスを探し始めた。
「あ、あったよー! 2組みたい!」
「俺は何組だ?」
「敬之は…2組だよ!」
「なんだ一緒か。」
凛はなんだか嬉しそうに一緒だねと笑っているが、すこし心配だ。なんたって凛は僕と父さん以外の人間とは殆ど話したことがないのだ。
新しい友達とか会う機会を自分が一緒にいることで不意にしてしまうんじゃないだろうか、そんな心配をすこししながら退屈な入学式を過ごした。
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学校というところは、どうもクラスというまとまりで過ごすみたい。教室に入ると、既に多くの人たちが群れを作っているが、もともと知り合いの人が多いみたいで、自分はどうもうまく溶け込めそうにない。
春先なのに陽射しが強くやや暑いためか、誰も座っていない窓際の席に座る。
燻んだ灰色のグラウンドと暗い森が見える。見渡す限りが森だ。しばらく外を見ていると、後ろ急に声が聞こえた。
「どないしたん?」
振り向くと、金髪というには少しマイルドだが、つやつやした髪に上に突き出たやや長い三角の耳の、自分よりやや小さい可愛らしい女の子がいる。スカートの裾からもっさりふさふさな尻尾が覗いている。
「ウチはここに越してきたばかりでな、あまり知り合いがおらんねん。あんた、なんか一人でボーッとしとるから、実はうちと同じなんやろって思うてな。ところで、あんた名前なんというん?」
なんか早口で聞きなれない言葉だけど、悪い人じゃなさそうなので答えておく。
「高槻 凛 よ」
「凛ちゃん、っていうんか〜。ウチは吹田 蓮っていうんや。よろしくな〜」
ふと目をやると、蓮のスカートの隙間からふわふわした黄金色の尻尾が風に吹かれた稲穂のように揺れているのが見えた。
「ん、なんなん?うちの尻尾になんかついとるか?」
「ううん、何でもない。」
つやつやしていて、つい見入っていしまった様だ。自分のガサガサな毛並みにがっくりきた。しばらくするとチャイムが鳴ってざわめきがやみ、前を見ると大人の女の人がいた。
「おはようございます。私は今日から、ここ1年2組を担当します、大垣 瑞希と申します。どうぞよろしくね」
長い亜麻色の髪の頭の上には三角の耳がツンと立っていて、優しそうでありながら怒ると怖そうな風貌は、なんとなく自分と同じ狼を連想させる。
その担任と呼ばれるその人は黒い帳簿を手に、クラスにいるのであろう人の名前を呼び始めた。
ひとりひとり「はい」と言う元気だったり気だるげだったりする声の間に何か違う歌のような、かけ声のような声が窓の外から聞こえてきた。
「ウッ キッ ウキ! ウッ キッ ウキ!」
窓の外に乗り出して下を見ると、この前敬之とテレビみた映画の音楽をヘンテコな調子で口ずさみながら、縦に伸びた配水管のよじ登ってくる小柄な男の子がいる!
制服を着ているから生徒なのだろう。こんな所をよじ登るなんて何やってんだろう
とびっくりしていると、その男の子はぐんぐんと登ってきて、わたしが今いる教室にあっという間に到達した。
「ウキキ……ミッションコンプリートッ! 今日も遅刻なし! なんてカンペーキでモハンテーキな素晴らスィー生徒なんだろうウキキ……」
と、履いていた靴を上履きに履き替えながらブツブツと何か言っているその男の子は、わたしを見ると、
「オレは今日ちゃあんと出席確認までに教室にいたよね。オレは今日教室に窓からなんて入っていない。いいね。」
と小さな声ではっきりといった。その後、ゆっくり、そろそろと椅子を引いて自分の後ろの席に座って頬杖をついている。まるで始めからいましたよと装っているのがなんか可笑しいなと思っていると、自分の名前を先生が呼んだので慌てて答えた。
この後ろのあやしいヤツの名前は吉田修斗というようだ。呼ばれた時に「ヘーイ!」と答えていたから間違いないだろう。
しばらくの間席はこのままらしい。窓際の一番後ろが吉田で、その前がわたしで、その前が蓮だ。日差しが暖かくて眠くなってきたようで、蓮は机の上に体を伏せている。敬之は中学校の友達と隣同士にしたみたいで、わたしとは席が離れている。
何はともあれ、先生の1年よろしくみたいな言葉でわたしの初めてホームルームは終わった。




