ALL BY LOVE
※ 「シーズ・ソー・ビューティフル」から約四年後の話。
エドが十年以上もの間付き合っていて、ずっと事実婚状態だった恋人アンナとようやく結婚することになり、馴染みのライブハウスを貸し切って結婚祝賀会を行うことになった。
元々は富裕層出身なのに「格式張ったお堅い感じは嫌いなんだよ」と常日頃言う彼らしく、ドレスコードも特に決められてなく、「礼装でも普段着でも好きな格好で来ればいい」とのことで、会場に集まった人々は思い思いの服装をしていた。
エドは、正式なメンバーとしてドラムを叩くのはブラックシープだけと決めていたが、フレッドやルーにそれぞれ子供が出来たことで以前より活動頻度がぐっと落ちたため、今はいくつかのバンドで手伝いをしていることや、彼のドラマーとしての技量に憧れる若い音楽家達がいたりする縁で、祝賀会には大勢の音楽仲間達が参加していて、フレッドとも顔なじみの者が多数いたのだった。
「フレッドさん、お久しぶりです!!」
「フレッドさん、ご無沙汰してます!!」
フレッドが会場に着くと何人かの音楽仲間が彼に近づき、挨拶をしに来た。
「皆、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
彼の、アマチュアとは思えぬ才能やカリスマ的な存在感に一目置く若手の音楽家は数多い。そのため、彼の姿に気付いた仲間達がどんどん周りに集まっていった。
「……ところで、フレッドさん。その子は、もしかして……??」
集まってきた人々にすっかり怯え、先程からフレッドのスーツの裾を固く握り締めて彼の後ろに身を隠す、娘のフィオナのことを仲間の一人が遠慮がちに尋ねてきた。
「……俺の娘だよ。ほら、フィオナ。ちゃんと皆に挨拶するんだ」
フレッドに促され、フィオナは不安そうに彼の顔と周りの人々を交互に見比べながら、おずおずと皆の前に出てきた。ブルネットの髪色と、切れ長の瞳に鼻筋の通った、幼いながらに整った顔立ちはフレッドによく似ていて、柔らかい髪質とエメラルドグリーンの瞳の色はスカーレット譲りだ。
フィオナは緊張で身体を強張らせながら、小さな声で「……フィオナ・オールドマンです……!四歳です……!」と挨拶すると、すぐにまたフレッドの後ろにササッと隠れてしまった。
「……皆、悪い。見ての通り、娘は極度の人見知りで……。少し前までは知らない人間を見ると『怖い、怖い』とひたすら大泣きしていたくらいで、これでもマシになった方なんだ……」
フレッドは申し訳なさそうに弁明するが、仲間達はフィオナにすっかり心奪われてしまったようで「フレッドさんの娘さん、すっげー可愛い!!」「天使だ天使!!」と騒いでいた。
ふと、フィオナの方を伺うと、切れ長のエメラルドグリーンの瞳でフレッドの目をじぃーっと見つめてきた。これは、抱っこをして、と、せがんでいるのだ。
「何だ、抱っこしてほしいのか??……ったく、しょうがないな」
フレッドは、フィオナを抱き上げる。
「……すっかりお父さんが板に付いてますね……」
一見、冷たそうで近寄りがたい雰囲気を持つフレッドが家庭的な父親と化している姿に、仲間達は違和感を感じているらしい。そんな周りの戸惑う視線に構わず、フレッドは相変わらず父親の姿勢を崩さない。
「……フィオナ、お前、お姉ちゃんなのに随分と甘えん坊だな。エイミーに笑われるぞ??」
「え……、もしかして、もう一人お子さんがいるんですか??」
「あ??一人しかいないとは言っていないが??」
そんなに自分は家庭持ちのイメージからかけ離れているのか、と、苦笑するフレッドに向かって、「お父さーーんーーーーー!!」ともう一人の娘、エイミーが勢いよく駆け寄ってきて、フレッドの足に飛び付いてきた。丁度、脛に思い切り体当たりされたため、思わずよろけそうになるも何とか踏み止まる。
「……エイミー。脛に飛び付くのは色んな意味で危ないからやめてくれ……」
エイミーは、脛の痛みに顔をしかめるフレッドをきょとんと眺めていたが、すぐに皆の方に向き直り、「こんにちは!エイミー・オールドマン!二歳!」と、にっこり笑って元気よく挨拶した。エイミーは、髪色や顔立ちのみならず髪質も瞳の色もフレッド似だったが、 笑った顔はスカーレットそっくりだった。
「……しっかしまぁ、二人共お前に似過ぎだ。どんだけお前の遺伝子は濃いんだよ」
「……そんなこと、俺が知るかよ」
いつの間にか、今日の主役、エドとアンナまでやってきた。
「エドさん、アンナさん、ご結婚おめでとうございます!!」
仲間達は口々にエド達に祝福の言葉を述べる。
「エドおじさん、アンナお姉ちゃん、おめでとう!!」
フィオナとエイミーも声を揃えて祝福する。
「おぉ、二人ともありがとうな!……って、おいフレッド。何で、アンナはお姉ちゃんなのに、俺はおじさんなんだよ??」
「三十六にもなりゃ立派なおっさんだろ」
「俺がおっさんなら、同い年のお前もおっさんってことだぜ??」
「そんなもん、とっくに自覚してるさ」
「……って、アンナ。笑いすぎだ!!」
二人のやり取りをエドの隣で見ていたアンナは、お腹を抱えて笑っている。
「だって、君達のやり取り相変わらず面白いんだもん」
「あのなぁ……」
コロコロと笑い声を立てるアンナに、フレッドとエドは呆れていた。
「ちょっとエイミー!勝手にお母さんから離れちゃ駄目でしょ!!」
エイミーを探していたスカーレットが、メアリと共にフレッド達の元へやってきた。スカーレットの姿を目にしたエイミーが、「お母さん!」と駆け寄る。
「スカーレット、また痩せた??ちゃんと食べてる??」
アンナは心配そうな顔をして、スカーレットに尋ねる。
フィオナの出産を機に体質が変わったせいか、スカーレットは子供を産む度に痩せていき、結婚前は程よく肉付きのあった身体つきだったのが嘘のように華奢になってしまった。
「うん、しっかり食べてるよーー。家事とか、アルフレッドとフィオナとエイミーの世話しなきゃいけないから、体力いるしね」
「……今、さりげなく俺の名前も並べただろ……」
「だって本当のことじゃない」
「…………」
「お前、いつの間にやら形勢逆転してるぞ」
エドの指摘により、一同がどっと笑い出す。
「ねぇーねぇーー、お母さん、抱っこーー!!」
エイミーがスカーレットに抱っこをせがむ。途端にフィオナが「エイミー、ダメッ!!」と先程までの小さな声からは考えられないような大声で叫ぶ。
「……フィオナ、耳元で大声出すんじゃない。煩い……」
フィオナを抱き上げているため、諸に声が耳に響く。人一倍耳が良いフレッドには尚更堪えただろう。
「お母さん、お腹に赤ちゃんいるから、抱っこはダメなの!!」
フィオナの言葉で、全員がスカーレットに注目する。
「……スカーレット、本当なの??」
問い詰めるメアリに、「……あーー、……うん……」とスカーレットは気まずそうに歯切れの悪い返事をする。
「貴女、さっき一言もそんな話してなかったじゃない」
「……まだ三日くらい前に分かったばかりだったし、二ヶ月目に入ったばかりだったから、もう少し経ってから話そうかと思ってたの」
「そっか。そういうことなら納得ね。何にせよ、おめでとう」
メアリに祝福され、スカーレットは恥ずかしそうに笑う。
「今日は俺達だけじゃなく、フレッドとスカーレットに三人目が出来たことで二重にめでたい日だな」
アンナとエドの言葉で、フレッドとスカーレットも皆から口々に祝福を受ける。 幸せそうな二組の夫婦の様子が伝わったのか、フィオナとエイミーも微笑んでいる。
「あのね、お父さんとお母さん、仲良しなの」
最近、急激に言葉の覚えが早くなったエイミーは、よく喋る。喋るのはいいが、時々、とんでもないことを口に出すのが困り者だ。フレッドは嫌な予感がした。
「お父さん、お仕事から帰ると、いつもお母さんにチューするの」
「エイミー!しっ!!」
スカーレットは顔を青くして、慌ててエイミーの口を塞ぐが、時すでに遅し。フレッドは頭がクラクラしてきたが、フィオナを抱いているので何とか堪えた。
「フレッド、貴方、そんな甘々なことしていたの。意外だわ」
「そりゃ短期間ですぐに三人も子供が出来る訳だ。この勢いだと一ダースくらい出来るんじゃね??」
「…………」
メアリとエドの容赦ない口撃にフレッドは無視を決め込む。フレッドの意外な素顔を立て続けに見た仲間達は目を丸くするばかりだ。
「何だ、皆で勢揃いしちゃってさ」
ついには、ルーまでがベンジーとロビンを引き連れてこの場にやって来た。ベンジーとロビンは、ルー譲りの大きな丸い瞳とメアリ譲りの黒髪が特徴的な一卵性の双子で見分けが中々つかない。しかし、よく見ると目の色がベンジーは黒、ロビンはヘーゼルとそれぞれ違う。
「ベンジー兄ちゃん!ロビン兄ちゃん!!」
エイミーがスカーレットの腕の中から抜け出し、二人に駆け寄る。
「エイミー、僕達と一緒に遊ぼっか??」
「うん!!」
エイミーはベンジーに付いていき、ロビンはフレッドに抱っこされているフィオナに話し掛ける。
「フィオナも僕達と遊ぼうよ。知らない大人に囲まれてるより、僕達と遊ぶ方が絶対楽しいよ??」
「…………」
フィオナは少し迷っていたが、「……皆と遊んでくるから降ろして」とフレッドにお願いし、ロビンと共にベンジーとエイミーの元へと向かった。
「……ルー、息子の天然たらし振りはあんたに似たな……」
「は?!何を言ってるんだい?!うちの息子達にヤキモチやいてるのか……」
ルーの言葉に、再び一同が笑い出す。
「……何だか今日は、貴方は笑われてばかりね」
スカーレットは苦笑しながらフレッドにそう言う。
「……全くだ。……まぁ、めでたい日だから、今日のところは我慢してやる」
フレッドは僅かに眉間に皺を寄せるもすぐに戻し、エドとアンナに向き直る。
「エド、アンナ。本当におめでとう。月並みなことしか言えんが……、二人とも今まで以上に幸せになれよ」
フレッドからの祝福の言葉にエドはこう返す。
「……あぁ、ありがとうな。お前らのように、俺も温かい家庭を作れるように頑張ろうと思う」
「あんた達二人なら出来るだろ」
「俺もそう思うよ」
フレッド、エド、ルーは顔を見合わせながらニヤリと笑い合い、そんな三人をそれぞれの妻達が微笑まし気に見つめていたのだった。
(第二部 終)
(長々と駄文にお付き合い下さり、ありがとうございました。)
青月