ネヴァー・イズ・ア・プロミス(前篇)
「ネヴァー・イズ・ア・プロミス」
フレッドとスカーレットが週に一度、食事を共にするようになって三ヶ月が経過した。
その曜日に仕事を終えた後、すぐにフレッドは近くのカフェ兼バーまで足を運ぶ。すると、ひと足早く仕事を終えたスカーレットが先に席に着き、カプチーノを飲みながら彼を待っている。
スカーレットは縫製工場で働いており、始業時間と終業時間共にフレッドの仕事より一時間早いので、仕事場から店までの移動時間を含めても、どうしても彼女の方が彼を待つことになる。
「別に俺に気を遣わずとも、先に料理を注文して食べていればいいのに」
「食事は誰かと一緒に食べる方が美味しいのよ」
そう言って、スカーレットは微笑む。
フレッドは席に着くと丁度通り掛かったウェイトレスに声を掛け、自分とスカーレットの料理を注文する。しばらくして、シェパーズパイとマカロニ・アンド・チーズ、ギネスシチューが運ばれてきた。この店のマカロニ・アンド・チーズはブルーチーズを使用しており、チーズ好きなスカーレットがいたく気に入っている。 料理自体はどこにでもありふれていて特別美味しいと言う訳じゃないのに、彼女と食べているとなぜか旨いと感じる。自分がまだオールドマン家に住んでいた頃、家族達との夕餉を囲んでいた時を思い出す。
寄宿制の高等学校に入学したのを機に、フレッドはオールドマン家を出た。
以来、家族の様子を伺いに時々は帰省をするものの、十五歳の時から一人暮らししている。たまにメアリやエド、ルーが家に飲みに来る時以外、いつも一人で味気ない食事を摂る。
ナンシーと付き合っていた時は彼女とよく食事を共にしていたが、彼女と別れてから特定の恋人は作らなかったし、割り切った遊びの女なんかとわざわざ食べに行くなど有り得ない。一人でいるのも、もうすっかり慣れきっているので、別段寂しいとかなどは思わない。
しかし、スカーレットと食事するようになってからたまにふと、寂しいような虚しいような、何とも言えない気持ちに陥ることがある。歳のせいなのか、はたまたスカーレットがいないことに物足りなさを感じるのか、フレッド自身も考えあぐねる。
人懐っこく思わず笑ってしまうようなユーモアがあれど、スカーレットはお喋り自体は得意な女性ではない。対してフレッドも、無口ではないが饒舌な男ではない。しかし、スカーレットといる時の自分は、気付くとよく喋り笑う。そして、時折、誰にも話さないようなことを話す。
「スカーレットと話をしていると、秘密や、他人には中々話ずらいことをつい打ち明けてしまいたくなるような、不思議な気持ちに駆られる」とメアリが言っていたが、フレッドもそう思う。
「彼女なら、どんな話をしても受け止めてくれそうだし、秘密を守ってくれそう」だと思えるのだ。
スカーレットは人の心をごく自然に開かせる力を持っている。全ての人間に通じる訳ではないが、少なくともフレッドは完全に気を許してしまっている。
「何??」
知らず知らずの内に彼女を凝視していたようで、グラスを両手持ちで口元に近づけたまま、スカーレットは首を傾げる。その仕種は幼い子供みたいだ。
小柄な体格で地味な顔立ちといい、子供っぽい表情や仕種といい、スカーレットは「あの人」にどこか似ている。もしかしたら、無意識で「あの人」の姿を重ねているのかもしれない。一方で、「あの人」には感じなかった安心感や包容力、時折見せる陰のある表情など、所々の部分でフレッドは彼女に気を引かれた。
「いや、何でもない」
怪訝な顔をしながら、スカーレットはグラスに口をつける。仕種や表情は幼いのに、グラスの中身は度数の強いウィスキーの氷割りとくる。そう言えば。
「あの人」は、酒が一滴も飲めない下戸だった。
「最近、スカーレットと仲良くしてるみたいね」
週明けの休日(この曜日は図書館が休館日なので確実に休みになる)、メアリが働くカフェにフレッドは久しぶりに訪れた。この曜日の昼過ぎから夕方に掛けては客があまり来ないので、メアリと話がしやすい。
「女遊びをしなくなったのは、あの子が関係あるの??」
「は??別に……、あんたに言われたように、もう三十だし、いい加減潮時だと思ったからだ」
確かに、スカーレットと二人で会うようになってから、女性から誘いを掛けられてもフレッドは断るようになった。
「……まぁ、貴方が女に刺される可能性が減るなら、何でもいいけど」
「何だそりゃ」
「私は心配してるのよ??」
「……そりゃどうも」
彼女の身長を追い越しても(メアリが一七二㎝、フレッドが一七六㎝で若干高い)年齢を経ても、フレッドにとってメアリはいつまで経っても姉のような存在だ。 時々、お節介が過ぎると思うことはあれど、彼女の包み隠さないはっきりした態度は潔くて好感が持てる。
「……で、スカーレットの部屋には、まだ変質者が訪れるの??」
メアリには、スカーレットがブノワに付き纏われていることを少しだけ話した。 ただし、相手がブノワだと言うことまでは話さず、変質者と言うだけに留めている。
「……さあな」
「……さあな、…って。その男から守るためにスカーレットと会ってるんじゃないの…?!」
「勿論、そうだが??」
あれから三ヶ月経った今、まだブノワが訪ねてくるかどうか一度確認しなければいけないのに、フレッドはそれをズルズル引き伸ばしている。
「一体、何を考えてるの??」
「あ??他意はないが??」
「本当は分かってるんでしょ??」
「何がだよ??」
わざと遠回しな言い方をするメアリに、次第に苛立ってくる。
「その気がないなら、期待させるようなことはしないであげて」
「…………」
どうやら、メアリも気付いているようだ。
スカーレットが、フレッドを一人の男性として意識していることを。
誰にも話していなさそうだし、もしかしたら彼女自身も自覚していないかもしれないが、誰から見てもスカーレットが彼を見る目には好意以上の気持ちが表れているのは明白だった。だからこそ、メアリは警告したのだ。
スカーレットの気持ちに応えるつもりがないなら、気を持たせるようなことはするな――、と。
「分かってると思うけど、あの子は人一倍繊細で傷つきやすいの。だから……、スカーレットを故意に傷つけるような真似をしたら、いくら貴方でも許さないわ」
メアリの店から帰る道中だけでなく、家に帰ってからもフレッドはメアリの言葉を反芻しては考え込む
(……俺は一体、スカーレットをどうしたいのだろう??彼女とどうなりたいのだろう??)
フレッド自身もスカーレットに惹かれている。正直な話、彼女を抱きたいという思いに駆り立てられることもしばしばある。同時に、触れたら壊してしまうかもしれない、という恐れもあった。
彼女を壊れ物を扱うかのように大切にしたいと思う反面、めちゃくちゃに壊してしまいたくもなる。一人の女性に対して、こんな矛盾した思いを抱いたことが今までなかったため、彼は自分にひどく戸惑いを覚えていて、先へ進むことも道を閉ざすこともできずにいるのだ。
だが、自分の悶々とした想いはどうあれ、彼女とブノワの問題はどうにかしなければいけない。フレッドは、スカーレットに電話を掛けた。
「もしもし。あ、フレッド??どうしたの??」
「スカーレット、ブノワの件で話がある」
フレッドの話としては、ブノワがまだスカーレットの元へ訪れるのか確認するために、来週は食事に行くのをやめよう、ということだった。
「……あんたにとっては、精神的にきついと思うが……」
「…………」
スカーレットは躊躇ってるのか、無言でいる。
沈黙は中々途切れない。
「……どうしても無理か……。そうだよな……、やはり他の方法を考え……」
「…………無理……じゃない…………」
フレッドの言葉に被せる形で、スカーレットは答えた。声を震わせながら。
「……一つだけ……、……お願いがあるの……」
「何だ??」
「……傍にいて欲しいの……、……一人は怖い……」
「………………」
フレッドは答えに詰まった。いくらブノワから彼女を守るためとはいえ、一人暮らしの若い女性の部屋の中に上がり込んで、夜遅くまで共に過ごすのはさすがに気が引ける。ましてや、スカーレットは彼の恋人ではなく、あくまで音楽仲間でしかない。
しかし、彼はすぐに迷いを捨てる。
「……分かったよ」
「……ありがとう……」
自分が傍にいることでスカーレットが安心できるなら、それでいい。ブノワがやって来なければ、こんなことは最初で最後になるだろうし。フレッドはそう自分に言い聞かせた。
次の週、約束通り、フレッドは仕事後にスカーレットの部屋に訪れ、ブノワの来訪の確認をするために午前零時近くまで彼女と過ごした結果、彼は来なかった。
「三ヶ月以上経てばさすがに諦めるか、次の標的見つけるかするだろ」
スカーレットは、心底安堵した、というように大仰に胸を撫で降ろす。
「明日も仕事なのに、こんな遅くまで付き合ってくれて本当にありがとう……」
「別に俺は何もしてないけどな」
まだ油断はできないが、問題はひとまず解決できた。
「ただ、俺が帰った後に何か異変が生じたら、真夜中だろうが明け方だろうが電話をするんだぞ??いいな??」
「……うっ、何から何まで気を遣わせてごめんなさい……」
「いや、ここまでやっておいて何か起きたら……、俺の今までの労力が全て無駄になる」
フレッドはわざと素っ気なく言う。
「本当にありがとう……。フレッドにはいくらお礼を言っても言い足りないし……。ううん、ちゃんとお礼返したいって思う」
「そうか、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうか」
フレッドは整った顔に高慢そうな笑みを浮かべると、スカーレットの顎を掴み、彼女の目をじっと見つめた。
途端にスカーレットは、顔を真っ赤に染めて目をギュッとつむり、奥歯をきつく噛み締めた。
「……ふっ……」
スカーレットの必死すぎる姿にフレッドは噴き出し、手を放す。
「……冗談だよ。そうだな、いつでも良いが週末にでも食事に付き合ってくれないか」
「……そんなことでいいの??」
「充分だ」
次の週末、いつも行っているカフェバーではなく、スカーレット曰く「ミートパイが美味しい」と言う店で二人は食事をした。
ブノワとの問題から解放されたからか、フレッドの前で彼女は以前よりも更によく笑うようになった。そんなスカーレットの笑顔を見ながら、二人きりの時にこの笑顔を見るのは今回で最後なんだろう、とぼんやりと思った。
もしも、彼女に想いを告げたとしたら――、どんな顔をするだろうか。あの時の青年のように「女として見られていたと思うと、気持ち悪いと感じてしまう」だろうか。
恐らく、スカーレットは女として見られて求められるのが怖いのではなく、求められて応えた後のことが怖いのだと思う。最初から拒絶されるより、一度全てを受け入れられた後に拒絶される方が辛いからだ。それはフレッド自身も経験している。
一瞬、フレッドの中で傲慢で狡猾な考えが頭をよぎる。が、これをしたら、彼女を傷付ける可能性が大きい。あの青年の二の舞になりかねないが、やはり正攻法で進めるべきだと自身を諭す。そんなことを考えてるうちに、夜が更けていき、店を出る時間になった。
初夏にも関わらずこの時期は雨が降ることが多く、今日のように曇りがちなだけの日でも肌寒い。夜更けの今の時間だと、更に冷え込みが増す。
「……寒っ……」
五分袖で薄手のワンピースを着ていたせいか、スカーレットは外へ出て歩き出した途端、寒さで身を震わせる。
「長袖のカーディガンでも羽織ってくれば良かったな……」
「確かに冷たい手をしている」
フレッドは自身の左手でスカーレットの右手を握り締めていた。
「……はっ?!えっ?!……」
予想通り、スカーレットは真っ赤になってうろたえている。フレッドは少し虐めたくなり、彼女の指に自分の指をわざと絡ませた。
「……ちょっ!……は、恥ずかしい……。すっごい恥ずかしいんだけど……」
「あ??俺も恥ずかしい」
「……嘘、絶対嘘でしょ?!」
「おい、暴れるなよ」
フレッドは一瞬繋いでいた手を放すも、今度は右手と右手を絡ませ、左手でスカーレットの肩を抱く。さっきよりも密着した態勢にスカーレットは軽くパニックを起こしつつも、あることに気付く。
「……フレッド、貴方はどこへ行こうとしているの??」
明らかに、スカーレットの住む部屋への帰路とは違う道へ進んでいる。
「……俺の家だが??」
いつもの冷静な顔をして、フレッドが答える。
「嫌なら、今すぐ言ってくれ。そしたらここから引き返して、あんたを部屋までちゃんと送り届ける。勿論、中には入らない」
これはフレッドにとっても、大きな賭けだった。
スカーレットは顔を俯かせて黙り込んでしまった。唐突に、こんな風に誘われたりしたら、誰だって戸惑う。経験の乏しいスカーレットなら、尚更だ。もしかしたら、傷付けたかもしれないし、見損なわれたかもしれない。
そんな危険を冒してでも、フレッドは彼女を欲しいと思ってしまったのだ。彼もまた、女性経験の数は多くとも真剣な男女交際の経験は一度だけ、それも十年も前の話ですっかり擦れていて、彼自身もまた、気持ちを素直に伝えることが上手くできずにいた。
「…………嫌……じゃない…………」
俯いたまま、絞り出すように、か細い声でスカーレットはようやく答えた。
「……そうか、わかった……」
フレッドは彼女の肩を抱いたまま、家路へと歩みを進めたのだった。
十五分程のち、自宅に着くと玄関の扉を開き、中に入る。
鍵を閉めると同時にフレッドはスカーレットの唇を奪い、そのまま壁に押し付け、しばらく彼女の唇を執拗に味わった。スカーレットは極度の緊張と僅かな怯えにより、身体を強張らせている。
フレッドの左手の親指が彼女の下唇に触れ、一瞬開いた隙を逃さず、舌を差し入れた。スカーレットはビクッと身体を震わせ、思わず舌を奥に引っ込めるが、構わず後を追うように絡める。やがて慣れてきたのか、徐々に拙いながらもフレッドの動きに合わせて舌を動かし始めた。
(……必死すぎだろ……)
ひそかに薄目を開けて彼女を観察していたフレッドは苦笑を漏らしそうだった。
唇の動きは止めず、フレッドは右手を壁に付けた状態で左手でスカーレットの右膝に触れ、そのままスカートをたくし上げ、内股を撫でた。彼女の肌はとても柔らかく、上質な絹のように滑らかな感触をしていて、情欲を駆り立てられたフレッドが更に上へと手を動かそうとした時だった。
壁に後ろ手で身体を支えていたはずのスカーレットの右手が、彼の左手の動きを止めるようにそっと添えられたのだ。
(……少し、性急だったか……)
フレッドは、唇と左手の動きを止める。すると、スカーレットは壁にもたれながらズルズルと力が抜けたように座り込む。吐く息が思いの外荒く、熱を帯びた瞳はかすかに潤んでいる。スカーレットの目線の高さに合わせるように、フレッドもしゃがみ込む。
「……すまない。手荒なことをした」
スカーレットは、そんなことはない、とでも言うかのように、首を左右に振り、ぽつりと呟いた
「…………ここじゃ、嫌…………」
「……?……」
スカーレットの視線の先を辿る。
(……あぁ、そういうことか……)
どうやら、壁に押し付けられた状態で事に及ぶのではなく、寝室の中で抱かれたかったようだ。
「……そりゃすまなかった」
フレッドは立ち上がると、座り込んでいるスカーレットを強引に立たせ、抱き上げる。
「そこまで言ったなら、もう嫌だとか言ってもやめないからな」
事が終わりしばらくまどろんだ後、フレッドは半身を起こし、煙草に火をつける。それにつられて、スカーレットもゆっくり起き上がる。
「……痛っ……」
下半身に鈍痛が走り、スカーレットは思わず顔を歪めた。
「……痛むのか??」
「……久しぶりすぎて……、あ、でも、そんな大したもんじゃないからっ」
余計な気を遣わせまいと必死になって取り繕う姿に、さっきまで「女」の顔をしていたなんて到底思えない。
「ああぁぁ……」
「……今度は一体何なんだ……」
落ち着きのない奴だな、と呆れるフレッドに構わず、スカーレットはシーツに付いた鮮血の後を凝視している。
「……ごめん、汚しちゃったみたい……」
「……別に洗えばいいだけの話だ……」
「……でも、初めてじゃないのに、何で??」
(……いい加減、面倒臭くなってきたな……)
フレッドは煙草の吸い殻を、乱暴に灰皿に押し付ける。
(正直、癪に障るし聞きたくもないが、聞くしかない)
「……あんた、あいつと寝たのはいつの話だ??」
「……は??」
「いいから答えろ」
「……確か、二十歳くらいだったかな。あ、でも!彼とは一回だけしかしてな……」
そこまで言って、スカーレットは口をつぐむ。フレッドが最高に面白くなさそうな顔で憮然としていたからだ。
「……もしかして、嫉妬してるの??」
「……少なくとも、面白い話ではない」
「……うっ、でも、それからは誰ともしてないわ……」
「……じゃあ、身体が戻っただけだろ」
「…………」
「……俺じゃ嫌かも知れないが、上書きしておけよ。……あいつよりはいくらかマシだろ……」
「……えぇ?!……」
目を白黒させ、スカーレットは言われた言葉の意味を必死で考える。
「……あ、ありがとう……」
「……あ??……」
「だって、彼のことを完全に断ち切らせるために抱いてくれたんでしょ??」
「………………」
どうやら、スカーレットは完全に勘違いしている。これが他の女であれば、ベッドから叩き出すだろう。
「……スカーレット。俺が好きでも何でもないのに初な女を、お情けだけで抱いてやるような、優しい男に見えるか??」
「……えっ……」
「…………あんたのことが好きだから抱いたんだよ…………」
「………………」
「……って、この状況じゃ、説得力が余りになさすぎるか……」
「………………」
「……ここまで言わせたなら責任取れ、俺の恋人になって欲しい」
「………………」
「……順番が間違ったのは悪かっ……」
「……あざとすぎる……」
スカーレットは肩を震わせ、それぞれ色の違う両の目に涙を溜めている。
「……こんなことされて、好きだなんて言われたら……、頷くしかないじゃない……。狡い……。私がフレッドのこと好きって、分かっていたんでしょ……!」
「……あぁ。だから、絶対に逃げられないようにしたかった。あんたの言う通り、俺は狡猾なんだ。欲しいと思ったものは、どんな手を使ってでも手に入れたい。じゃないと、後で後悔する」
「……意味わかんない……」
「……それから……」
フレッドはこう続けた。
「……これからは、俺のことを『アルフレッド』と呼んで欲しい」
フレッドはスカーレットを抱き寄せ、赤毛の長い髪を優しく撫でる。耐え切れなくなったスカーレットは、彼の腕の中で大粒の嬉し涙をポロポロとこぼした。
「……泣く程のことかよ」
「……だって……。私が勝手に好きなだけだと思っていたから、嬉しくて……」
「……ったく。あんた、本当にどこまで可愛いんだ……」
自分でそう言っておきながら恥ずかしくなったのか、フレッドはスカーレットの身体を離し、ふいっと顔を逸らす。そんな彼を珍しいものでも見るように、スカーレットはそれぞれ色の違う両の目でジィーッと見つめる。
「……何だよ」
「……いや、可愛いなぁ……、と」
「……はぁ??」
フレッドは、思いっきり眉間に皴を寄せる。そして、スカーレットをベッドに押し付ける。
「訳が分からんこと言ってないで、もう寝ろよ。あんたと違って俺はそんなに若くないから、疲れたし眠いんだ」
「……五歳しか違わないくせに……」
「五月蝿い。いいから早く寝ろ」
フレッドは、スカーレットを半ば強制的に腕の中に引きずり込むと、シーツを引っ被り目を閉じてしまったのだった。