5.調査
また今日もサーシャに身支度を整えてもらうと廊下に出る。部屋の掃除から身支度まで全てやってもらうことは、やはりいつまで経っても恥ずかしい。
美しい男の子に世話をさせることに満足感を覚える人もいるというが、信じられない。なんだか申し訳ないような犯罪をしているような気持になってしまう。
いや、それがいいのだろうか。
お母様の部屋の鍵を先に使用人室に取りに行くと、ちょうどお母様の部屋の掃除の時間帯で非常に都合が良かった。
その人にも話が聞きたかったのでちょうどいい。
部屋につきノックをすると、穏やかな声で返事が返ってきた。ルルであることを伝えるとすぐにドアを開けて微笑んだ。
確か母と一番仲が良いというクオリャさんだ。年齢は40頃だろうか、不思議と安心感のある女性だ。
「ローザ様の部屋を見に来たんですか?」
「ええ母がどういう人だったか知りたくて……」
そう言って少し俯き加減に少し詰まらせて言うと、クオリャさんは心配そうに私の肩を撫でてくれる。ちょっとした演技であるので罪悪感がすごい。
罪悪感はあるがそれに知らんふりをし、私ははにかみながら涙を堪える……演技をし、本題にはいった。
「……すみません、質問なんですがお母様は失踪する前に何かおかしな点などはありましたか?」
「そうですね、特に何かあったということはは……あ!ローザ様宛の手紙が増えていましたねぇ」
うーんと唸りながらクオリャさんはしばらく考え込み、そして大きな声を出した。
「手紙?」
「ええ、確かに届いていましたよ、宛先はチラッと見ても分からなかったのですが、ローザ様はその手紙がきていないかよく聞きにきておりました」
「その手紙、お母様が失踪後も届いていますか?」
「いいえ、あのことがある数か月前からパタリと止んでおりました」
その手紙とやらが何か関わっている可能性が上がった。それだけで十分だった。
「あ、あの……ルル様?」
クオリャさんはしゃがんで私の目線にまで体を落とし、私を心配してくれていた。
「大丈夫です、お仕事中ありがとうございました」
そう微笑むとほっとしたのか、鍵をサーシャに預け終わったら使用人室に戻してくれという旨を告げると一礼して立ち去って行った。
「サーシャはその手紙見たことありますか?」
「ええ、一通だけですが」
小さな声でサーシャに確認すると肯定した。そういうことならもし手紙を見つけたら分かるだろう。
「そうですか、それでは調べましょうか」
そう言い後ろに控えていたサーシャがはい、と言うとドアノブを回して部屋へと入った。
内装はルルの部屋よりも落ち着いてはいるが、ちょうどいい可愛らしさを残し、女性が好きそうだなと思えた。
そんな部屋は失踪してから1年は経つというのに、綺麗に保たれている。
「私もあの一件があってから一度も立ち入っていないのですが、物の位置は変わっていなさそうですね」
「え、位置まで覚えているんですか?」
つい驚いて大きな声で言ってもサーシャは動じなく、おおまかな位置だけですがと続けた。
きっとクオリャさんをはじめ、使用人さん達はいつお母様が帰ってきても安心できるように、そのままにしていたのだろう。
それにしてもそんな位置まで覚えているとはさすがパーフェクトサーシャである。
私はまず手始めに机を見てみることにする。
机の上は綺麗に整頓されていて、小さなマスコットや可愛らしい花やペン立てかけていた。
そのペン立ては手作りなのだろうか、その他の高級そうな家具に比べチープさがあった。
机の引き出しを開ける。
中にはノートと本が入っていた。とりあえずパラパラと本の方に目を通してみる。
この世界の文字は読めるらしい。文字をしっかりと見たことが無かったのでこれは新発見だ。言葉が理解できた以上あり得るとは思ってはいたけれど、これは非常に助かる。
改めて本を読むと、そこには精霊という文字が多く見られた。
「精霊……」
この漫画の世界観に精霊は切っても切り離せない関係だ。
主人公が強力な精霊と契約をしたことが全てのはじまりで、
しかし精霊はこの世界には確かに存在するが、視ることができる人はほんの一握りということだったはずだ。
勿論私ことルルも特別であることはなく、視ることはできなかったはずだ。
お母様は見ることができていたのだろうか。
「お母様は精霊魔法使いだったとか?」
「いえ、どちらかというと勉強をしていたのかもしれませんね」
本棚を調べていたサーシャは本を何冊か持ち、こちらにきた。
中身をパラパラと捲り本の中身を確認すると私の方が少しだけ背が高いので、少し踵を上げ私に見せて説明してきた。
その動作が可愛すぎて悶えそうになるがもちろんポーカーフェイスを貫く。
「この本は精霊魔法の基礎の本です」
私はノートを開いて確認する。ノートには可愛らしい文字で難しく書いてある本を綺麗にまとめていた。精霊魔法がどういうものであるかは分からないけれど、あまり高度な内容では無さそうなことは見て取れた。
「精霊魔法を勉強しはじめていた……」
何故? そう考えるが勿論答えは返ってはこない。
一旦置いておき、別の場所を調べてみる。
しかし他に不審なところは私には分からなかった。クローゼットの中はドレスが大量にあり、シャワールームには石鹸などはきっとその時のままであったのであろう。中途半端になくなっているままだった。
シャワールームから出、メインルームへと戻ってきた。
「おかしいです」
机の上を見ていたサーシャは何かを探していたのか、はっきりとそう言った。
「何かありました?」
私は水気をハンカチで拭いながら机の前まで歩いていく。
「当主様、ローザ様、ルル様、イリス様で撮られた家族4人で写真がないんです」
やはりお母様は荷物を持って出て行ったということか。
しかしそうならばバス用品なども持っていくものだと思ったのだけど……
「その写真がいつぐらいに撮ったのか分かりますか?」
「正確には分かりませんが、おそらくそう昔ではないかと」
サーシャは目を閉じてそのときの記憶を思い出しながら言っている。
「…………あのクローゼットを見てほしいのですが」
クローゼットまで歩き、中を開きいてサーシャにドレスを見せた。
「この中に写真で着ていたドレスはありますか?」
手でかき分けながら一着ずつドレスを見ていき、最後のドレスまで見終わった後、「無かったです」と言った。
「ああ、でもそのドレスを着ていったということもありますね」
「……ローザ様が着ていたのを確かに拝見したドレスも数着なくなっておりました」
背筋に急に嫌な風がかかったような気がする。しかしそれは気のせいであると首を振って考えを消す。
まだこの結論にたどり着くには早いような気がした。
「いらなくなって捨てた可能性もありますしね」
「……そうですね」
嫌な予感がしてはいるがこれは絶対に聞かなければいけない。なんだか手足も冷たくなってきたが、震えそうになる自分を制してサーシャに聞く。
「……さっき言っていた写真立て、貴方が騒動のとき部屋に入ったときはありましたか?」
しばらくの沈黙の後、サーシャは小さな声で言った。
「…………はい」
――――この記憶力、本物のミステリー小説ならばタブーもいいところだ。
私たちはしばらく無言でお母様の部屋を見ていた。もう部屋の中は全て見たはずではあるけど、私もサーシャも出ていこうとは言わなかった。
それぞれ同じことを考えてはいるであろうが、そのことを共有しようとも別段しなかった。
掛け時計の音とたまに聞こえる互いの呼吸音だけが聞こえる。
「先ほどの手紙の件、サーシャはどう思いますか?」
気が付いたら私は窓から庭を見ながら話しかけていた。窓からは腰の曲がった庭師さんが忙しそうに庭を手入れしているのが見える。
「まだ分かりません、しかしその手紙が見つからなかった以上何か関係があると考えています」
その届いていたとされる手紙は残念ながら見つからなかった。お母様が持って行っていたのか、もしかしたら……
「私はこの後お父様に確認をしてきます」
「それでは私は仕事に戻り、他の使用人に手紙を見ていないか聞いてみます」
これ以上サーシャには手伝わせるのは申し訳ないとこの部屋に入る前は思っていたのだが、このことを一人だけで抱え込むなんて自分は嫌だった。
なんとかしないといけないのは私ではあるが、そのことを相談できる人物が欲しかったのだ。
このことをイリスに伝えるわけにもいかないし、使用人なんてもってのほか、お父様に伝えるかも考えあぐねていた。本来ならば伝えるべき事柄ではあるのだが……
こんなことをお父様が調べたらすぐに分かることではないのか、その疑問が頭をよぎる。
いや、知っていてあえて伝えていない可能性の方が高いか。私がイリスに伝えられないと思うようにお父様も私にもイリスにも伝えられないと思うだろう。
お父様が私たちと距離をとるほどに思いつめた理由もそれならば分かる。
そのことに関してもお父様に確認しなければならない。
「今日見たことや分ったことはくれぐれも他言無用に」
「心得ております」
お母様の部屋を後にした後、しっかりとサーシャがカギを閉めた。ドアノブを回して開かないことを確認すると、サーシャはそれではまた後ほど、と言い長い廊下を歩いて行った。
私も部屋に戻るついでに先ほど書いておいたメモをお父様の部屋のドアの隙間に差し込んでおいた。
内容はまた話がしたい、サーシャも含めてという旨のものだった。