4.気持ち
主人公の名前を諸事情によりルイーズからルルへ変えました。
この家の食器はセンスがいいだの、この国は気候が良いだの、どうしてあんなに壺を置くのかだの、庭に咲いている花が綺麗だのと、そんなとりとめのない話からしていくことにした。
お父様は最初、単語だけだったり短い返事だけだったのが、色んな質問をしていってるうちに口数が一言ずつ増えていった。
この食器はお父様が厳選に厳選を重ね選んだんだということ、気候は四大精霊の風精霊様の加護があるから安定はしているが、ここ最近は不安定で荒れる日も多いということ、壺は権力者のステータスであり、スウィンフォード家では代々壺を大量に置くことを義務付けられていると冗談交じりに言い、私とイリスは笑い、お父様も笑った。ダイニングには穏和な雰囲気が漂う。
「あの庭の花壇はローザが大事に世話をしていたんだ」
その言葉に私はお父様の方を凝視した。お父様は目元を少し下げ困ったような照れているような表情をしている。
正直驚いた、お父様が自らローザ……お母様の話題を出すとは思っていなかったからだ。
「ルルがここまで頑張ってくれたのに逃げるなんて情けないだろう?」
そう言いお父様は深呼吸をすると言葉を続けた。
「ルルに厳しくするようになった理由はローザと丁度話していたんだ失踪する前に、どこに出しても恥ずかしくない立派な淑女にしようと。冷たくするようになったのは少しでも話すと自分の覚悟が揺らぐと思ったから……いや、違うなこれは言い訳だ。ローザが失踪したのは俺のせいじゃないのかと糾弾されるのが怖かった、何よりそんなことを考えている情けない父親だと思われたくなかった……だからお前たちと距離をとってしまったんだ、お前たちも不安だったはずなのに本当に申し訳ないことをした」
そう言って力なく項垂れるお父様。その様子はあの凛々しくて堂々としたお父様の姿はなかった。
「お、お父様がなさけないなんておもうはずありません!」
イリスが大声を張る。いつもならすまなそうに謝るところだが、今はしっかりとお父様の方を見据え、強い意志を感じる。
初めて聞くイリスの大声、それはお父様を窘める言葉だった。
「全くもってその通りです、仮に情けなかったとしてそう思われるのは嫌なはずなのに正直に話してくれたお父様が情けないなんて私もイリスも思いません」
「…………ありがとう」
そういうとお父様は少し涙声になりながら目頭を擦ってテラスの方へと背中を向けた。
少しだけ微笑ましくなったが何か物思いに考えている様子のイリスに向き直り声をかける。
「……イリス、貴方は何か言いたいことはありませんか?」
「……ぼくは」
ちょうどその時、ダイニングにあった柱時計が時間を告げる。軽快なオルガン調のミュージックと共に人形細工が飛び出してきた。紫の髪をした女の子、金色の髪をした男の子、漆黒色の髪の男性、金色の髪の女性の人形だ。その4人は可愛らしい家から出ていき、しばらくクルクルとダンスをした後家の中に入っていった。
勿論その人形のモデルは私、イリス、お父様、お母様だろう。その間ダイニングにいる私たち三人はその柱時計を眺めていた。
「こわかった」
音楽が終わり、人形細工がピタリと止まると同時に声が聞こえ、振り返るとイリスは柱時計を見ながら涙を流していた。
「おかあさまがいなくなって、おとうさまとおねえさまがお話しなくなったのは、さびしかったしおねえさまと一緒にあそぶことができなくなったり、ぼくをきらいと言うのはすごくさびしかったけど、でももう二度とかぞくでおはなしできなくなることがこわかった……!」
それがイリスの、小さい子の本当の本音だったのだろう。
お父様はもとより私も何も言うことができなかった。そして気が付いたら勝手に体が動いていた。それはお父様も同じだったのだろう。
私もお父様もイリスの方へ走っていき、抱きしめていた。この体が勝手に動いたのは私のイリスに対する母性がそうさせたのか、ルルがそうさせたのかは分からない。
けれどその時の私は確かに自分が誰であるのかも分からない状態でイリスを抱きしめた。
その日から私が幸せにする相手はサーシャだけではなく家族も加わった。絶対にこの家族に害が及ばないように私が守ろう。
そんなこと今まで誰にも思ったことがなかったのに不思議な感情だ。
家族会議が終わりダイニングから出てしばらくしたところにある螺旋階段の付近で使用人さんたちが、心配そうにこちらを見ていた。
お父様は苦笑いしながら、今度また骨董品屋に行くことにした、勿論ルルとイリスと一緒に。というと使用人さん達はまるで自分たちのことのように喜んでくれた。
お父様とイリスには本当に良かったと涙ぐんで微笑む使用人もいた。そして私に述べたのは礼の言葉だった。
何故貴方たちがそんなに泣いてお礼をするのか聞いたところ、ただ微笑むだけだった。
なんだか気恥ずかしいようなむず痒いようなそんな気持ちになったときあのリレーで優勝を逃したことをまた思い出した。
あの失敗した後私はいつもより早く自主練をしていた。自分の足がもっと速ければ、もっとミスなんて気にならないほどに圧倒的だったなら、そう一度思うといてもたってもいられない。
すると練習を始めようとしたときにその失敗してしまった子が来ていた。私は唯一彼女を庇わずに何も言わなかったので彼女は所在なさげにしている。
しかし無視するわけにはいかなかったからなのか、彼女は練習早いんですねと聞いてきた。
私はもし誰かが失敗してもそれを上回る力を出して物語のいいスパイスになったね、って笑えるくらいになりたい。
そう言うと彼女は驚いたけどその後に笑い、ありがとうと言った。
その表情と同じ表情をこの使用人さん達はしたのだ。
これは一体どういう表情なのかは分からないけど、なんとなく気恥ずかしい。
そして……そうだ、そのことをまたあいつに話したんだ。そうしたらあいつは、やっぱりあんたは誰かと一緒に走るタイプじゃないよ、風よけの為に誰よりも速く走って導くんでしょ、誰かのために。
それは買いかぶりすぎだとその時は言った。人のためなんかに私は動かない、そう言ったけどあいつは腹立つ笑みを浮かべながらそうかい、とだけ言った。
今でもその性格は変わっていない。優先順位はいつでも自分だし、その他は全て一緒くたにどうでもいい……はずだったのに。
今はそれがはっきりとは言えない。自分の優先順位がどんどん下がっている気がする。
それが自分でも気づいていなかっただけで、元々そういう性格なのか、ルルという娘の性格がそうさせているのかは分からなかった。
「お母様が失踪とは自分からいなくなったということですか?」
その夜、寝具の準備をして貰うついでにサーシャにお母様がいなくなったことについて聞いてみた。さすがにあの後にお父様に聞くのは憚れたので。
「そうですね、私が騒ぎを聞き駆け付けて来たときは既にローザ様はいらっしゃらなく、術式しか見てはおりませんが、あれは確かに自らが行った転移魔法でした」
魔法に関しては今の私には全く理解できないので、そこの理屈はとりあえずは置いておく。
「お母様が自ら失踪する理由などに心当たりはありますか?」
「当主様とローザ様の関係も良好ではありましたし、ルル様とイリス様も大変可愛がられておりましたし、近々旅行に出かけると楽しそうにしておられました」
旅行を楽しみにしていた。
「実は不満を持っていた……とかは」
そんなことはあり得ないと頭では思っていても聞いておきたかった。何せ私はお母様とは一度も会ったことはないのだ。
「私の主観でよろしければ申しますが、考えられないです。ローザ様は裏表のない人間だと確信して言えます」
サーシャは出自が特殊であることから人を見る目はピカイチだった。今のところはとりあえず信じられるだろう。
「ふむ、現場はお母様の部屋でしたよね」
こくりと頷く。
「それならば明日お母様の部屋を見てみたいのですが、サーシャ手伝ってはくれませんか?」
そういうとサーシャは目を見開いてこちらを見ていた。サーシャの観察眼はあてになるとは思ったのだが、やはり仕事が忙しいに決まっているか。
「お仕事がありますものね、無理を言って申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ」
サーシャはしばらく考え込んでからすぐにOKした。
「うふふ、ホームズとワトソンのようですね」
「ほーむずとわとそんとは何でしょう」
「探偵と助手、私の右腕ということです」
私は上機嫌に鼻歌を歌って窓から外を見た。星は満天に輝いており、そのどれかが流れていったような気がした。