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聖女の秘密  作者: 日街小町
序章 覚醒
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3.家族会議



 お父様の予定を聞き、明日空きがあるということが分かるや否やほとんど無理やりその時間に家族会議を行うことを一方的に告げ、さっさとお父様の部屋から離れ眠った。

 何かするときに日にちを先延ばしにすると大体良いことにならない、そしてあのお父様のことだ一方的に話をしないと適当な理由をつけて逃げられてしまう、そう判断したのだ。

 翌朝、私を起こしに来たサーシャに昨日お父様の部屋に行ったこと、そして家族会議をすることを簡潔に伝えた。

「家族会議ですか」

 そんな大げさなものではないですけど、と言いながらドレッサーの前に座るとサーシャが髪を丁寧に梳かしてくれる。小さい頃に憧れていたシチュエーションだ、私は鏡越しのサーシャを凝視してその光景を焼き付ける。


 自分からタッチなんて無礼なことはしない、サーシャの全ての動きを心のフィルムに焼き付けるのだ。

 王子様、いや違う。もはや神だ。神に自分から触れるなんて愚かな真似はしない。

 一つも取りこぼしがないようにサーシャの一挙手一投足をできるだけ瞬きせずに見る。

 とにかく全てが美しかった。

 つまりパーフェクトだ。

 

「……それではダイニング当番の者にはその時間までに掃除するよう伝えておきます、会議中は人を立ち入らせないという旨も」

 誰か人がいると本音で話せなくなるかもしれなかったので、元より人を寄り付かせないようにと頼むつもりであったが、言わなくても察してくれて助かった。

 そしてもう一つお願いがあるのだが……サーシャは聞いてくれるだろうか、いや聞いてはくれるだろうサーシャなら。

 しかし願いを求めるのは自分の中のタブーとでも言うか……と私は自分自身と葛藤していた。

「どうかいたしましたか?」

 不審な動きにさすがに声をかけた方がいいとでも思ったのか、サーシャは淡々としたいつもの表情のまま言った。

 私はしばらく悩んだが、意を決して

「あ、あの……もしよければ応援の言葉を頂けませんか?」

 と言った。

「どうかなされたんですか?」 

「実はお恥ずかしなら緊張していて、この家族会議が失敗すればと考えるだけで不安なんです。サーシャの言葉があれば、頑張れそう……なんて……」

 私は素直に思っていたことを口に出した。自分の言ったことを思い出してみるだけれ恥ずかしい。顔が赤くなりそうになるが、ここは根性で下積み時代に極寒の地に野菜栽培をしに行ったことを思い出し回避した。

 鏡越しにサーシャの視線が突き刺さるが、頑張って見つめ返す。が、やはり美しさの前では無力、先に目をそらしてしまったのは私だった。

 しばらく重い空気が流れる。こんなことになるならやっぱり言わなければ良かったと後悔してももう時すでに遅し。

 サーシャは顎に手を当ててしばらく考え込んだ後、ついに口を開いた。


「ルル様が成功いたしますようサーシャはお祈りしております」

 と、いつもの淡々とした美しいお顔で言っていただいた。

「うふっ……んん、失礼。ありがとうございます」

 我慢したがやはり駄目で気持ち悪い笑い声が漏れてしまい咳払いで隠そうとするが、顔に熱が上がるのを感じ両手で顔を隠す。

 こんなに照れたこと多分今まで生きていて無かったかもしれない。私は何とか極寒の野菜栽培を思い出してもこの照れには勝てなく、しばらくその状態から動けなかった。

 冷めた後、すぐに姿勢を正し、真顔に戻り取り繕った。

 

 それにしても自分のことをサーシャと呼んでくれるあたりも観客サービスを忘れていない。さすがだこれで今日の家族会議もきっと頑張れる。



 ヘアセットとサーシャからの激励いただいた後、サーシャは一礼だけしてさっさと部屋を出ていき、私は朝食を食べるためにダイニングへと向かった。

 ダイニングにはまだ誰もいなく私は一人で先に食べ始めた。今日はクロワッサンとスクランブルエッグとヴィシソワーズ、どれも大変美味で夢中で食べていたら気づいたら無くなっていた。

 私が食べ終わって食後の紅茶をいただいてもダイニングにはお父様もイリスも現れなかった。

 

 私はゆっくりと朝食を味わった後、イリスの部屋を訪れた。

 部屋の前にはドアの向こうを心配そうに見ているイリス付きの使用人スーザンさんがいた。

 スーザンさんの年齢は未だに判断がつかない。年若い女性だと言われても納得はできるし、はたまた子供が2人いると言われても納得できるし、しまいには孫がいるなんて言われても納得はできる。

 とにかく不思議な女性だ。しかしイリス付きの使用人になるくらいだ、ある程度年齢は高いのでは? というのが私の予想だ。

 と思いきや、若いメイドの子たちと立ち話をしているのを見たときは、恋愛小説の話で盛り上がったり、少女のような顔にも見えたり……

 それから考えることは止めた。そもそも女性の年齢を詮索するという行為自体が野暮だったのだ。



 スーザンさんはこちらに気が付くと駆け足で近づいてきた。

「イリスはいますか?」

「申し訳ありませんルイーズ様、イリス様は体調の方がよろしくなくて」

 きっとイリスに私が来たら会わないようにと伝えていたんだろう、スーザンさんは申し訳なさそうに言いながら部屋から遠ざけようとする。

 押されるままダイニングへと戻ってきてしまった。

 あのスムーズに有無を言わさず遠ざける手腕は只者ではないな、と私は感心しながらスーザンさんの後姿を見る。

 そんなことを思いながらもう一つの策を行使することにした。


 私はもう新たな相棒になりつつあるショルダーバッグから昨日作成した屋敷の地図を取り出して確認をする。

 そして玄関ホールから外へ飛び出し外を走る。目的の部屋の窓の前まできた。そう、イリスの部屋だ。

 イリスの部屋はこの2階にあり、見上げると窓は換気のために開けていた。実に都合がいい。

 そしてこの家の壁には蔦が巻き付いており、足場には困らない。さてと。

 私はひょいっと蔦に捕まりロッククライミングの要領でたやすく登っていく。下積み時代によくやらされたものだ。

 部屋の窓の縁へ手を掴み、なるべく物音をたてないようにこっそりと中の様子を盗み見る。


 そこにはベッドで丸まっているイリスがいた。タオルケットで顔を隠しているので残念ながら顔色を窺うことはできなかった。

 私は窓を叩き、「伝言を伝えに来ました」と言うと、窓の縁に飛び乗りそのままイリスの部屋へと入った。

 それは完全に不法侵入で犯罪者のそれであったがそんなことはどうだって良かった。


 窓側に置いてある棚の上をふと見ると、写真立てが大事そうに置かれていた。その写真は笑っているお父様、イリス、ルル、そしてブロンドの綺麗な女性、お母様だ。


 写真を見るのをやめてイリスの方を見ると、案の定怯えているのか驚いているのか、目を白黒させながら自分状況を整理している。しかし私には整理させてあげる時間も惜しかったので端的に言った。

「今日のティータイムにダイニングで私とお父様、そしてイリスで家族会議をします。イリスも絶対に来てください」

 私は窓辺に座りながら言った。あまり人に見せられる上品な姿ではないが今更だろう。

「あ、あの……何で」

 そのような方法でわざわざ伝えに来たのか、言伝を頼むだけではダメだったのか? と目が語っていた。

 しかしその答えはとても単純明快で、私は少し微笑みながら答える。


「大事なことなので目を見て直接伝えたかったんです」


 そう言って私は窓から飛び降りる。ここは2階、そんな高くはないと言ってもケガは覚悟しないといけないだろう。私は着地する寸前に蔦に掴む。

 そうしてそのままの勢いで降り、そのまま走っていった。








「家族会議と言ったな、何を会議する必要があるんだ」

 それから約数時間後、時間になりダイニングに入ると既に優雅に足を組み、ダイニングの円卓の上座に腰を下ろしティーカップを傾けているお父様と、居心地悪そうに座り小さく震えながらティーカップを持っているだけのイリスがいた。

 私は3人で三角形になる互いの顔を見て話しやすい位置にへと腰を下ろした。近くで控えていたメイドさんが紅茶を注ぎに来たがそれを手で制する。メイドさんは一礼だけするとダイニングから消えていった。

「何でもです。私たちには何でも話し合いをするべきなんです」

 何でも? と反芻するお父様に私は何でも。と強く断言して答えた。

 私は手を組みなおしさっそく本題に入る。

「私は残念ながら記憶をなくしてしまいました、生まれてから最近までの記憶を、一切」

 嘘はついてはいない。私が知っているルル・スウィンフォードは少女漫画がはじまったときしか知らない、この家族たちとどう過ごしてきたかなんて私には知る術はないのだから。

 私がはっきりとそう言うと、お父様もイリスも 直接記憶喪失と言うことは初めて本人の口から聞いたためかなんと表現したらいいのか、そんな表情を二人はしている。


「しかしここ数日一緒に過ごしていて何となく、ええ、本当に何となくではありますがどういった方達なのか分かりました。すごく優しい方達なのだと、ただどこかで捻じれただけ、そう感じたんです。

それを執成すのは誰でもない記憶喪失という他人である私だと思ったんです」

 そう言うとお父様もイリスも私の方を睨みつけた。これ以上言ったら許さないよと言わんばかりに。そう、この通りとても優しい方達なのだ。

「申し訳ありません自虐が過ぎましたね」と言うと二人は少し表情を緩めた。


「何か思うところがあるなら言葉にしなければ伝わらないものもあります。こう思っているのだろうなと察することは今の私にはできます。けれどそれは本当の気持ちとは言えません。直接目と目を合わせて大切なことは伝えたい、それこそ家族なら」

 

 お父様は顔を思い切り上げた後また俯いてしまった。イリスも未だにコーヒーカップを持つ手が震えている。

 さて、どう話していこうか、私は手を組み替えながら考えるのだった。

 



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