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聖女の秘密  作者: 日街小町
序章 覚醒
3/7

2.弟


 それから数日後、お医者様からもう大丈夫だと言われてから、私はとにかくこの屋敷の間取りを把握する為に屋敷内を動き回ることにした。理由は至極簡単、この素晴らしい屋敷を見学して回りたかっただけだ。

 しかしあまりにも広すぎてこれでは迷ってしまう。どこか高いところから屋敷の構造が見れたら……窓から外を見ると奥の方にはおあつらえ向きの良い感じの大木があった。あそこを上ったら屋敷の構造が理解できるかもしれない。


 自慢ではないが幼少の頃は木登りはもちろん、川遊びに秘密基地作り空き地を占領してるガキ大将退治と、ありとあらゆる子供時代の遊びを完全網羅したのだ。その後女優を目指すようになりその手のことは一切しなくなったのだが、なあにあれから10年は経つが体は覚えているだろう。

 本来貴族令嬢がそのようなことしてはいけないのかもしれないが、そんなこと知ったことではなかった。

 

 うきうきと玄関ホールにある2階の踊り場を軽やかにスキップをしていると物陰から何やら視線を感じた。

 その方向を見るとそこにな高そうな壺が置かれているだけだった。私はその壺に近づきゆっくりと品定めをする。別に壺に詳しいとか壺の知識に明るいとかそういうわけではないが、この壺はきっと想像もしない値段なんだろうな。

 そもそも何で金持ちってのは家に壺だとか絵画だとかを置きたがるのだろうか、私は顎に手を当てて睨みつけるように、舐め回すように壺を見る。何か金持ちを引き寄せる不思議な魅力があるに違いないのだが、残念ながら貧乏育ちの私にはその魅力は通じなかった。


 そんなことを思いながら経つこと約30秒、何故かその壺はカタカタと動き出した。

 驚いて後ろに後退りしてその壺の様子を遠くから見る。壺がひとりでに動き出すことなんて果たしてあるのか。

「……!」

 壺の中に何かがいた。それは私と目が合うと壺の中に隠れ、そしてまたカタカタと震え出す。

「ちょっとイリス……貴方何で壺の中に入っているんですか?」

 私は意を決して壺に声をかけた。その壺には弟であるイリスがすっぽりと中に収まっていた。

「ぼくは……」

「イリスも私と一緒に行きます?」

 今にも泣きそうなイリスの言葉を遮るようにして言った。イリスはすごく驚いた表情をした後、顔を赤らめて何故か嬉しそうに小さく頷いた。


 その後私はビクビクするイリスを連れて部屋に行き、オペラグラスと紙とペンを取りに行き、ついでに厨房で何かイリスが食べるおやつを貰いにと行くと、シェフは外に行くことを察したのか、バスケットの中に焼き立てのいい香りのするクッキーとカップ2つに紅茶をポットで入れて持たせてくれた。

 厨房の気の良さそうな手伝いのおっちゃんはウィンクをして親指をたてて白い歯を見せて笑ったのを真似して同じポーズを取り、イリスはぺこぺこと礼儀正しくお辞儀をした。


 外に出ると雲一つない青い空で、心地いい風が頬を掠める。ちょうどいい気温で絶好の日和だった。

私よりも一回りは小さい手を握り、目的の大木まで早足で進んでいく。


 目当ての大木までつくと、木陰になっているところにハンカチを敷き、バスケットをイリスに手渡してここでクッキーを食べて待っているようにと言った後、おサルのように木に登る。


 安定感のあるところまで登り、そこに腰を下ろしてバックからオペラグラスを取り出して家を覗き込む。そして紙とペンを取り出して外観から見える窓の数などを書いた簡易的なマップを作っていく。

 あーなるほど、ここがいきどまりになるのか、あそこに窓があるな、ふんふんなるほどなとああでもないこうでもない独り言を言いながら書き記す。

 下積み時代、探偵と一緒に館へ行きとある島に行き、急に天気が崩れクローズドサークルの状態で殺人事件に巻き込まれた時にその館のマップを作ったことがあるので得意なのだ。

「おねーさまー」

 下ではピョンピョンと飛び跳ねて泣いているイリス、そろそろ本格的に泣きそうになるので私は木から飛び降りた。

「おねえさま!? そんなとこから飛び降りたら……」

 かっこよく着地を決めて、スカートの木くずを払う。きっとこの木から飛び降りる美しさを競う競技があったとしたら満点の出来だったろう。

 

 私は予備のハンカチをイリスにと敷いていた隣に敷いて座る。

 横目でイリスを見ると恐る恐るといった面持ちでちょこんと静かに隣に座った。それを確認してバスケットの中にあるポットを取り出してカップに紅茶を注ぎイリスに手渡す。

 イリスはそれを嬉しそうに受け取ると、ちびちびと飲んだ。


 しばらく沈黙の時間が続いた。私は紙とペンを取り出し記憶を頼りにペンを走らせ、イリスはカップを両手に私の書いているものを不思議そうに見ていたり、ひらひらと舞っている蝶を眺めたりしていた。

 沈黙がもう気まずくならなくなった瞬間、私はイリスに声をかける。

「何で壺の中に入っていたんですか?」

 さっきはあのまま聞いても答えられなさそうだったので深くは聞かなかったが、少しはリラックスできた状態で聞くことにしたのだ。

「あ、あの……」

 目を泳がせて機械の壊れたおもちゃのように同じ言葉ずっと続けて言っている。涙を滲ませているのか時折鼻をすすっている音も聞こえる。

 私はあえてイリスの方を見ずにペンを走らせたまま声をかけた。

「ゆっくりで良いので自分の言葉で言ってみなさい」


 私は昔から人を励ますとか宥めるという行為が苦手だった。一番覚えているのが小学校のリレー大会、本番にバトンパスを失敗して優勝を逃したことがあった。その失敗した子はひどく泣いて私にもたくさん謝ってきた。

 でも私にはその子に何も言ってあげることはできなかった。いくら励ましたところでその人の気持ちにはなれないのだからと思っていた。

 そのことを同じルドルフ好きのあいつに言ったら笑いながら「あんたはマラソンで誰かと一緒に走ることができないだけだよ」と何でもない風に言った。

 私は優しくない人間と言いたいのかと詰め寄りそうになったが、その言葉は正しい。私はその時、柄にもなく気落ちしていたが、その様子を見てあいつは大笑いする。

 何か言い返してやりたい、そう思ってもそれでも私には一緒に並走してあげる優しさはない。自分は優しくない人間なんだなと思ったのはそれが一番最初だった。


「おねえさまの後をついて回っていたんです……」

 私はペンを止めてイリスを見る。

「今……なんて言ったのかしら」

 ボーっとしていたから聞き取れなかったから聞き返したというのが一つの理由、もう一つは今聞こえたことが幻聴ではないかという確認だ。

 私がそう言うとイリスはビクッと肩を震わせてから、小さな声で答える。

「おねえさまの後をついて回っていました……今日がはじめてではありません……本当にごめんなさいもうしません……」

 今まで泣きそうになりながらもしっかりと最後の一線は超えないように我慢していたイリスが大泣きしたのだ。


 私はどうしたらいいのか分からなくてその場であわあわと焦ることしかできなかった。

 もう慰めることをあきらめて私は自分史上一番優しい声で話を進めることにする。

「何でそんなことを?」

 そう言うとイリスはもっと声を詰まらせて泣いた。その声を聞くと尚更何とかしてあげたいのにどうすることもできない自分に非常に腹が立つ。

 今日だけではなく、今までもしていたのか……それは一体何で。

『おねえさまとまた一緒にあそびたかったから』

 私の耳元でそう聞こえた気がした。いや……確かにそう聞こえた。

 しかし目の前で泣いているイリスにはあんなにはっきりとした声が出せるわけがない。それならば一体誰が……私が辺りを見回しても何も無い。いるのは泣いているイリスだけだ。


「な、んでもありません、おねえ、さま、もうごめいわくは、かけません。今日は、ほんとうにあそん、でくれてありがとう、ございました」

 イリスは涙を手で拭い顔を上げ、悲痛そうにだけど取り繕うようにニッコリと笑うとそのまま屋敷のへと走っていった。

 私は追いかけようとするがすぐに足を止めた。今はダメだ。すぐに追いかけた方がいいのかどうか、分からないがイリスは私に泣き顔を見せまいとしたんだ。もう少し時間をおいてあげるべきだろう。


 私は誰もいない原っぱに寝転がって目を瞑る。さらさらと擽る風がとても心地いい。

「遊んでくれてありがとうございました、か」

 好きなように動き回っていただけだったけど、イリスにとってはあれは遊んでくれていたうちだったんだ。一緒に来ないかと誘ったとき、手を握って歩いたとき、紅茶を渡したときのイリスの嬉しそうな少し照れた笑顔を思い出していた。

 私はどうすればいいんだろう。きっと今日のように誘っていけば仲は良くなるかもしれない、表向きには。あんな小さな子供が遠慮をしている、言いたいことを自由に言える環境ではないということだ。


「よし、やるか」

 私は勢いをつけて跳ね起きた。

 


 


 その夜、私は戸締り当番をしていた使用人を捕まえてお父様の部屋の場所を聞いた。もう既に記憶喪失になったことは屋敷の人間なら知っていたらしく、部屋を聞いてきたことに対しては特に言われなかったが、何をしに行くのかという問いに「大事な話がある」と言うと使用人は驚いた顔をした。

 しかし今はそれに気にしている余裕はない。私は礼だけ言うとお父様の部屋を目指す。

 

 お父様の部屋のあるフロアは普段立ち入ることは滅多にないらしい。それこそお父様に用事ある者、お母様の部屋を掃除に行く者だけだった。

 静寂に包まれた廊下を一人だけ歩く。夜だということを差し引いてもここには住人はいないのかと思うくらいに静かだ。

 

 豪奢であるこの屋敷のどの部屋よりも豪奢な木製のドアの前にたどり着いた。私は深呼吸をして3回ノックをする。

 ドア越しからは「なんだ」と低い声が聞こえてきた。その声は間違いなくお父様のものでやはり無人ではなかったかという安堵、それを隠しながら淡々と「ルイーズです」と言った。

 しばしの沈黙の後、ドアが開く。綺麗な顔のお父様は無表情を装ってはいるが、予期せぬ来訪者に戸惑いを隠せていないのが丸わかりだ。

 私はしっかりとお父様の目を見てはっきりとした口調で言った。


「家族会議をしましょう」



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