プロローグ
かなり昔の作品改稿して投稿していきます
「さっすが瑠衣子様! どの角度から撮っても美しいね〜」
たくさんのカメラに囲まれて私は自分が美しいと思うポーズを決める。そうするとカメラマンはまた褒める。
しかし彼女は何も反応はしない。彼女は何も言わずにただ言われたモチーフ通りにポーズを次々とっていくだ。自分がどう映ればより美しく見えるのか、誰に言われなくても彼女自身が一番理解しているからだ。
——相馬瑠衣子そうまるいこ、この日本にいて知らない者は居ないくらいの超人気女優。
今でこそ日本でも指折りの実力派女優であるが、ずっと順調できたわけではないようだ。
下積み時代は本当に血の滲む努力でここまで這いあがってきた。やれることなら何だってやってやるというその根性、女優になりたいという女は総じて根性のある女が多いものだが、彼女も勿論例には漏れなかった。
「それじゃあ次は椅子に座ってください」
そんな彼女は今、雑誌の撮影の為の写真を撮っているところだった。カメラマンのアシスタントが忙しなく動いて椅子を用意する。
「それじゃあ次はこのカメラ見てくださいね〜」
間延びしたカメラマンの声に合わせ彼女は言われたようにカメラを見つめる。S字曲線を意識し足を揃える、顎を少し引き口角を少しつる。
面白くもないのに笑うなんていうのもおかげ様でもう慣れた。最初こそ撮影の度に表情が硬いだのと言われ、家の鏡でずっと練習をしたものだが。
昔のことを思い出して苦笑しそうになるが、それは表情には出さない。
心ではそう思っていてもどうしようもないことは分かっている。だから私は心とは裏腹に優しくカメラに微笑む。
そしてカメラマンは満足そうに頷いてシャッターをきろうとする。
――――どくん……どくん……
自分の鼓動がえらく早く感じる。いきなり動悸が激しくなったのかと病気を疑うが、違うのだということはすぐ分った。
私の鼓動が早くなったのではなく周りが遅いのだ。何故か体は動かないので目だけで周りをぐるりと確認するとスタジオにあった掛け時計は動いていなかった。
そう、動画のスローモーションを見ているようなそんな感じだ。そんなような映画も何年か前に撮った。危機になる度スローモーションに見える主人公の役。
完全に普通とは違う状況なのに何故か考える余裕があるというのはとても不思議な話だ。
普通ではないこの状況にどんどんと心臓が高鳴り、心の危険信号がすごい早さで点滅する。
ちょっと待って、そのシャッターをきらないで嫌な予感がするから! そう言いたくても口が開かない。
私はシャッターがきられるその瞬間を作り上げた笑顔で待ち構えるしかできなかった。
カシャッ
「ちょっと待っ……」
それは時間的には一瞬のことだったのだろうが、私には一生にも思える時間をあの止まった時間にいたのではないかとさえ思えた。
言葉を口に出せたときには体も動かせるようになっていて、勢いよく立ち上がったので椅子を倒してそのカメラマンを止めようとした。
「ル、ルル様大丈夫でございますか?」
目の前にいたのは根本が黒く伸び切ってしまい、せっかくの金髪がプリン頭へと変身してしまった残念な頭の若手のカメラマン……ではなかった。
前にいたのは丸い眼鏡をかけ、頭に赤いベレー帽を被り、皺が刻まれた顔を伸ばし驚きの表現を最大限出し、黒の脚立の上に置かれたカメラを大事に持っている高齢の男性の姿だった。
「は?」
お前随分と老け込んだな、と笑い飛ばすことはできなかった。
カメラマンはどこからどう見ても日本以外には血は入っていませんよと言わんばかりの容姿だったが、今前にいる高齢の男性は日本のにの字も当てはまらないお顔をしていたからだ。
「ルル様、何かこの者が無礼なことをいたしましたか?」
その声に振り替えるとそこにいたのも日本人とは似ても似つかない、妙齢の髪を束ねた女性だった。しかもその女性はメイド服を着ていた。
よくドンホとかに売っていた安っぽいコスプレ用品ではない。それこそ私が初めて舞台で役を貰えたときに貴族の屋敷に使えているメイド役で着たような……
不可解に思うところをしらみ潰しに少しずつ解決へと持っていく。そう、冷静に。冷静になるのよ瑠衣子、冷静さを欠いて良い思いしたことなんて一度もないでしょう。
私は小さくため息をついて心を落ち着けてから目を瞑りもう一度開ける。
しかしそれでも何も変わりはしなかった。
私は意を決して声をかけてきたメイドさんに話かけた。日本語で通じるのかは疑問には思ったが深くは考えなかった。
「あの、失礼ですがここはどちらでしょうか?」
するとメイドさんは目を剥いてまるで恐ろしいものを見たかのような表情で私を見た。口からは声にならない悲鳴のような息遣いを感じる。
言うならばそう、神様に遭遇したような、宇宙人に遭遇したようなとにかく普段生活していればまず出会うことはないものを発見したときのような顔だった。本当に驚いたときの顔ってこうなるのか、私は心のメモ帳にそっとメモをした。
しかしいつになっても返事は返ってこない。さすがに痺れを切らし再度話しかけようとした瞬間メイドさんの時間が急に動き出した。
「しょ、少々お待ちくださいませ」
パタパタと忙しなく部屋から出て行ったメイドさん、それを見て前にいた高齢の男性も「旦那様にお伝えしなければ」と言いながら丸いお腹を揺らしながら出て行った。
この部屋にはついに誰もいなくなってしまった。
しかしまあ見れば見るほど素晴らしい装飾品だ。この照明にしているこの豪華なシャンデリアをはじめ、私の今座っている椅子、絨毯、壁紙、全てが豪華という言葉でしか言い表せられない。そして壁に掛けられている肖像画。
「この女の子見たことがあるような気がする」
一番右側にある少女の肖像画を見たときにふとそんな感想が漏れた。
まるでラベンダーのような薄紫の綺麗な髪がふわふわと巻かれていて、瞳は深い深い瑠璃色。とんでもない可憐な美少女だ。しかし一つ難癖をつけるなら気が強そうなのがありありと見えるところだろうか。
気の強い女は好まれるが気の強すぎる女は好まれない。昔母がそう言いながら包丁を研いでいたことを何故か今思い出した。
そんなことよりこの少女は一体どこで見たのだろうか、すごく身近な……かと言って毎日会っているとかではなく……
「ルル様どうかなされましたか」
肖像画の前で唸りながら考えていると使用人が複数人入ってきた。それを従えていたのは小柄な小学生くらいの見目麗しい男の子だった。
その少年は美しい銀色の髪に翠色の目、そして雪のように真っ白で綺麗な焼けていない肌。人形のような美しさで思わず息を飲む。
まだ成長しきっていないこの時期の一番美しいとも言われる外国の男の子。そんな作りもののような美しい少年は、しかし目は虚ろで濁って終始無表情のままだ。
そこがまた美しいとも言えるが人間味がなく怖いとも思えた。そしてこの少年も肖像画の少女のようにどこかで見たことが絶対にあった。
「ねえ、これはドッキリではないのよね」
少年は一瞬困ったような顔をして使用人達と目配せをし、それに対して使用人も困惑した顔で首を振っている。
そして男の子は小さく咳払いをして淡々とした声で言った。
「ドッキリという言葉は私には理解できない言葉です。申し訳ございません」
男の子は謝罪の言葉と一緒に小さく一礼した。
そう、これはドッキリではない。そんなことは分かっていた。ということはこれは現実ということだ、写真を撮っていたら全然違う世界に来てしまった。信じられないがそういうことらしい。
私は鼓動が早くなるのを聞き、それと比例して自分の頭が冷静になっていくのを感じる。そんなことも生きていたらあるのかもしれない、案外こんなことは不思議でもなんでもないのかもしれないと。
んな馬鹿なと自分でツッコむ。心の中の観客たちが笑う。一人コメディ劇場の始まりだ。
そんな陽気な心の中の自分たちを無視して私は冷静に次の質問を考える、そう私は一体……
「もう一つ教えて、私は一体誰なの?」
大体おかしいのよ、何でゲームや漫画でもあるまいに目が黄色だとか緑だとか青とかがいるのよ。髪だって薄紫やら白色やらピンクやら……ピンク!? あのメイドさん髪がピンクじゃない! どんなセンスしてるのよ! だけど似合ってるわ、さすが元がいいとどんな髪色も似あっちゃうのね。
ああいかん、頭がこんがらがってきたコングラッチレーションだ。何か頭がフラフラしてきたしこれは本格的にヤバ……
倒れるその瞬間までメイドさんやらの心配する声が聞こえる。そして一際目立ったのは私の真ん前に立っている作りもののような顔と無表情が特徴の美しい少年だ。
その少年は作りものの表情を歪めて叫ぶ。私に向かって『ルイーズ様』と。
そうか、私は『ルイーズ様』なのかそういえばさっきも呼ばれていたな、ルル様とも……ルル、ルイーズ……
『あたくしの名前はルル・スウィンフォード、下女如きがあたくしに触らないでくれます? 鳥の餌にするわよ』
小さい頃に大好きだった漫画の一コマを何故か私は思い出していた。あの漫画のタイトル……ああ、ダメだあんなに大好きだったのに、私の毎月の楽しみだったのに、単行本も全て持っていたのに思い出せない。
【恋降る迷宮doll】
誰かが心の中でそう囁いた。
そうだ、恋降る迷宮doll通称ルドルフ。よく分からない略し方だけど、これが公式公認の略し方だった。
今まで全く思い出せなかったのに一度思い出すとドミノ式にパタパタと思い出す。
あの見目の麗しい美少年……あれは、私の初恋の存在、サーシャだ。しかもただのサーシャではない、漫画でのサーシャはとにかく美しい美青年だった。
漫画でのサーシャという少年は、恋降る迷宮dollの主人公を虐める悪役の側近の使用人として登場する。無表情で無感動ないつでも悪役の後ろにピッタリと構えている美青年だ。
私の初恋、初めて素敵だと私の王子様だと思った。主人公が悪役にいびられるとき、表立って行動できない彼はさりげなく主人公を助ける。しかしそれは全てヒーローのしたことだということにされていた。
まるで人魚姫の物語だ。そう、サーシャは私の王子様でありお姫様だったのだ。そのエピソードが月刊誌で発売された日、居てもたってもいられなくなって同じサーシャ好きの同級生と近所の少年少女らを引き連れて出版社に乗り込みに行こうとしたことは今となってはいい思い出だ。
さてここで突拍子もない仮説をたててみる。
ここは恋降る迷宮dollの世界でその舞台の何年前かにやってきてしまったのではないか。
あまりにも突拍子のない話だとは思うが、逆に考えてみよう、これは突拍子の無いはなしなどではない、こんなことはよくあることなのかもしれないと。
何でメイド服を着た女性達が蔓延っているのか、髪色がファンシーなのか、憧れの王子様がいるのか、
そりゃ漫画の中の世界だもんね、ファンシーにもなるさ。つまりはそういうことなのだ。
考えるのが面倒くさくなったとかそんなことでは断じてない。
そして次、相馬瑠衣子で無いとするなら私は何者なのかって話になる。
いや、わかっているんだ。本当は分かっていた、でも認めたくないだけだったんだ。
ルル様と呼ばれ、サーシャが近くにいるということから答えは一つしかないだろう。あの肖像画に描かれていた薄紫色の髪色をした小生意気そうな子供。
恋降る迷宮dollの唯一の悪役であるルルに女優相馬瑠衣子がなってしまったんだ。
いいや、まだ分からない! まだ私のターンは終わっちゃなんかいない。
目を覚ましたら……そうだ、これは夢かもしれないんだ、そうきっと目を覚ましたらスタッフが心配そうな顔で待ち構えていることだろう。そう結論を出して私はついに限界だったのか意識を手放した。